将来への投資

私は幼少から精神的虐待、軽いネグレクト家庭で育っています。初めて自分の家が周りと違っておかしいということに気がついたのは中学生の時。家庭科の授業でした。そこで習うまではみんな自分と同じだと思っていたし、虐待は暴力を振るわれるものだという認識でした。中学生で気づきましたが、もちろん助けてと言える勇気もなく、先生方に家のことを話しても特に何もなく、ある時はみんなそうだよと言われて、家に帰りたくないと言っても帰らされ。私はどうすることも出来ず家で過ごし続けていました。ストレスで小学生の頃からリストカットをするようになり、中学の時に先生にバレ、その理由が家のストレスだと分かっていて、親には言わないとまで言われたのに親に勝手に連絡されたりもしました。そうして大人への信頼を失い、どうせ誰も助けてくれないと思い、中学生時に相談することをやめました。しかし、高校生になる春休み、初めてSNS相談というものを見つけ、相談しました。初めは信頼出来なかったけど、1回の相談ではなく、連絡を取り合って解決策を考えたいと言って下さって、別アカウントまで教えて下さり、頻繁に連絡をとってくださいました。その方には児相に連絡した方がいいと言われ、でも、勇気が出なかった私は別の理由をつけて児相への連絡を拒否しました。それからは連絡を取らなくなりました。しかし、高校生の時に到底自分には解決できない問題が起きて違う団体の方に相談しました。するとその方にも児相に連絡してと言われてその時、初めて連絡しました。今すぐにでも保護してあげるよと言われ、保護してもらうつもりだったのに、咄嗟にいつものように大丈夫ですと断ってしまいました。それからは誰にも家庭事情を話すことなく、耐えていました。しかし、3年生になって今にも自殺しそうなほど苦しくなり、再び前とは違う団体の方に相談しました。そこでも児相に連絡するよう言われ、限界だった私は17歳という年齢もあり、今度こそちゃんと自分の意思を伝えようと決意して連絡しました。そこでも保護しますよ、どうしますかと聞かれました。私はまた咄嗟に大丈夫ですと答えました。その理由は怖さもあったけど、この高学歴社会を生きていく上での損得が真っ先に浮かんでしまったのです。このまま家にいて我慢すればそこそこの大学に進学出来て、就職にも学歴で困ることはない。でも、施設に行くと今後どうなるか全く分からない。出欠が厳しい学校だったので欠席回数で卒業出来なくなるかもしれない、そうなれば受験してこの学校に入った意味がない。そう思ってしまいました。
そしてそのまま卒業、進学し、大学に通っています。ですが、根本問題と隣り合わせの状態で生きているため、死にたいという気持ちが和らぐこともなく、常に自殺のことを考え、時に行動に移そうとしてしまうような日常を送っています。その上、今までとは違い、いざという時に助けてくれる公的機関を失い、真っ暗な状態で希望を見出すことも出来ず日々苦しんでいます。私は今、とても後悔しています。将来への投資を選択し、自分を楽に生かしてあげるというチャンスを何度も自分から手離したことを。今更後悔しても全てが遅いですが、後悔して後悔して後悔しています。そして、そのチャンスを何度も自分から手放し、今がある。自業自得であり自分を責めても責めきれず、そんな私が助けてほしいなんて言うにはあまりにも烏滸がましく、非常識だと思うので、もう諦めようと思います。私が助けてと言う権利はもうないと思うから。

感想1
「精神的虐待、軽いネグレクト家庭」と書いてありましたが、精神的虐待やネグレクトの具体的な実態は様々で、まだ社会の理解・対応が追い付いていないのだと思います。小6からリストカットをしていたというのは、すでに精神的な限界を超えていたからだろうと想像します。中学2年で、自分が家でされていることが虐待だと気づいたときから、人に助けを求めて状況を変えてもいいんだ、という考えと同時に、自分が助けを求めて動かないと変わらないんだ、とも感じていたのかなと想像しました。そこには、勇気を出して伝えなきゃいけないけど理解してくれるか分からないし…という不安やプレッシャーも伴ったのかなと思いました。また、そもそも相手を信頼していいのだろうかという不信感、緊張感もあり、信頼することにも不安が付いてきたのだろうと思います。また、相談はできても最終的には自分で家を離れるか判断しなければいけなかったことが分かりました。児童相談所に保護してもらったらどうなるだろうという先の見えない不安とか、親からの精神的な束縛のために家を離れることへの罪悪感などがあるなかで、自分で決めないといけないのは、やはりプレッシャーが大きいだろうなと思いました。
また、この間に相談を繰り返す中で、自分の置かれている状況や気持ちを言葉にして整理し、望んでいることを伝えるのが洗練されていった、というのはあるのかなと思いました。だからか、経験談の文章がとてもまとまりがあって綺麗だと感じました。
あなたの強い後悔は、想像ができるつもりです。それは、保護してもらわなかったことによって、もっと家で傷つけられる経験が増える結果になったと感じているからではないかと思いました。ただそれは、あなたが選択を誤ったというわけではないと、私は思いました。「このまま家にいて我慢すればそこそこの大学に進学出来て、就職にも学歴で困ることはない。でも、施設に行くと今後どうなるか全く分からない。」と考えたのも、あなたがこれからの自分の身の安全を第一に考えようとしてのことだろうと思いますし、その時のあなたにできることをしてきたといってもいいのではないかと思っています。
そして、家庭環境の苦痛だけに目を向けるのはしんどいことかと思いますが、実際に家庭で苦しみ続けているのならそれについて考えることから逃れることもできないだろうと思います。ずっと自分を責めたり後悔したりしているのは、まだ逃れるための、環境を変えて生きていくための力があるということだと想像しています。そうであれば、年齢的に成人だからといって、社会の大人が手伝わない理由はないと私は思います。具体的に何ができそうかということは、これからも一緒に考えていきたいです。

感想2
「将来への投資」というタイトルが、今まで読んだ経験談にはあまりなかったタイプのタイトルのように思えて、どういうことだろうと気になりながら読みました。
読んでいて、これまで、自分の家庭環境のことでたくさん悩んできたのだと思いました。自分だけではどうしたらいいかわからないことをなんとか変えたいという思いが、相談につながったのかなと思います。
でも、その一方で、今の生活が変化し、違う生活になることは、未知の領域に入っていくことだとも言えそうです。それがどんなものか、想像しても確証は得られないもので、それに不安を感じるのも無理はないと思いました。「勇気が出なかった」と書いてあるのは、そのような未来への不安を感じたからなのではないかと推測しました。(違ったらすみません)
「将来への投資」という言葉、「この高学歴社会を生きていく上での損得」という言葉などを読んでいて、投稿者さんには未来をたしかなものにしたい(そうでなければ不安)という思いがあるのかもしれないと想像しました。もしかすると、着実に「投資」しなければ危ないと、これまでの人生で教えられてきたのかもしれないとも思いました。
だからこそ、今ある生活から抜け出したいという「自分を楽に生かしてあげる」ことへの思いと、未知の変化への不安の板挟みになっているのかなと想像しています。
ただ、それは投稿者さんが悪いとか「自業自得」だとかいうことではないように思います。人にはいつでも、苦しくて助かりたいときに「助けて」と言う権利があると思いますし、それは何度でも、いつまでも失われることのない権利だと思います。
経験談という形で、投稿者さんの思いを伝えてくださったこともありがたいです。投稿者さんが楽になる状況のために何が必要か、どんな機会があったらいいか、一緒に考えてみたいです。