性的マイノリティの現実と社会

神奈川県・30代・男


自身が性的マイノリティである自覚をしたのは幼少期。はじめは自分が持っていない優れた能力に対しての憧れだったように思うけれど、皆が異性を意識しだす年頃には明らかな恋心を同性に対して抱いていた。

それを自分で自覚する一方で「これは普通ではない」「周囲に知られてはいけないこと」と本当の心を見せることを極端に意識してきた。

特に大切な家族、友人にはより強固にそれを意識してきたように思う。

学生時代から社会に出てからもそれは変わることがなく、時には自分の心に嘘をつき蓋をしてなんとか過ごしてきた。

社会生活の中で性別によって周りからの圧力がある。それは一般的な女性や男性でも感じること。けれど男たからという理由で望んでいなくとも責任ある立場に置かれることがある。そしてそれに応えなければならないという責任を自分自身で課してしまう。自身が望むことと求められることの隔たり。本当は大切な人を支え、穏やかな毎日を過ごしていきたいだけなのに。

全ては本当の自分のことを周囲に意識されないようにするため。

それでもインターネット普及の時代と共に同じような性的マイノリティである人と出会うことができ、恋愛をすることもあった。

しかしそこでも幼少期からの思考の癖で、本心をさらけ出すことへの恐れが邪魔しあまり上手くいった経験は少ない。

しだいにそんな自分に対して情けなさをかんじ、社会的にも自分の存在意義を見いだせずに日々をただ消費するだけの毎日。

無価値な自分。

感想1

幼少期からマイノリティであることを自覚し、そして隠さなければいけないと意識してきたのですね。今でも自分の本当の気持ちを表現することがむずかしいと感じていることからも、社会の中で性的マイノリティへの抑圧のメッセージが強いことを感じました。

私は個人的には普通であるかどうかを気にしなくていい社会がいいと思うし、男女二元論にも不自然さを感じます。でも「全ては本当の自分のことを周囲に意識されないようにするため」という部分を読んで、周りになにも思われないようにするには、「普通」とか「男性らしさ」というような振る舞いをあえてしなければいけない状況があることを改めて認識しました。そう考えると、そんなことしなくても大丈夫だよ、と無責任に言ってしまうことも、また暴力的なことのように感じました。

みんなが、だれもが生きやすく、自分を偽らなくても困ることがない社会には、まだほど遠い現実を感じます。でも、それでもその現実を少しでも変えられないだろうかと、考えています。そのためにどんなことがあればいいか、一緒に考えてみたいと思いました。

感想2

自分の本当のことは人に受け入れられないだろうという恐れが、経験談全体から感じられました。大切にしたい相手に拒絶されることほど、ダメージが大きいので、特に警戒するのも頷けます。

人に自分の本当の心を見せない、ということを強いられる状況は、それ自体も苦痛なことだし、見せられないがゆえに人に決めつけられて傷つくことも重なりそうだと思いました。一つのことを隠すためには、周辺にある情報も言ってはいけなくなり、人前に出せるものが少なくなりそうだと想像しました。

「自身が望むことと求められることの隔たり」が投稿者さんにとって辛いポイントなのだろうと理解しました。投稿者さんは自分自身が望んでいることをかなり明確にとらえることができるのかなという印象ですが、望みを持ち続けられるのも簡単なことではないかもしれないと思いました。

周囲の人は、性別で判断する前に、投稿者さんという一人の人間として見てくれたらいいのになと思いますが、性別で判断するということは無意識的にやってしまう場合が多そうなので、まずそれを意識していくのが私たち(社会)の課題なのかなと考えさせられています。