ふと考えること

19歳、女


ちょっと過保護なくらいの愛情をもらって育ちました。頭は悪いけど生活には困らないくらいの学力はあります。
多分他の人が見たらすごく幸せそうだねって言ってくれると思います。実際、幸せなんだろうと思います。
でも何故か死にたくて仕方がありません。ずっと前から頭のどこかで死にたいが消えなくて、急に目の前に現れてきます。
楽しかった高校生活を終えて今年から新社会人になりました。家族も友達も周りの人がみんな「こんないい所、他に無いよ!」と言う会社に就職する事ができました。確かに高卒でこんなに良い条件なのは珍しくて、私も「そこがいいんだ!」と何の考えも無しに就職しました。それが間違いだったのだと思います。
私の性格はどちらかというとのんびりな方(率直に言えばとろい)で、かなりの不器用です。「自分、不器用ですから」が冗談抜きで言えるレベルで不器用です。大抵の人がパパっとできる作業もモタついてかなりの時間が要ります。着替えとか食事とか紐を結ぶのも苦手です。
職場はデスクワークというよりかは作業する場所で、スピードと正確さが重視されていて、私にはとても難しい事を要求されているような気持ちになります。どこの職場もスピードと正確さがいるのは分かっていますが…
自分がちゃんと理解するペースで作業をすると、「ちょっとこのままのスピードだと…」と言われてしまいました。だから急がなきゃ!と思ってペースをあげる時に限って確認を怠ったり、焦ってしまったりで大きなミスをしてしまい作業が数十分止まる…という事が何度もありました。まだ入ったばかりだから…と言ってもらえるような時期でもなくなってきているし、もっとちゃんと頑張らなきゃ…と思えば思うほどふと頭にネガティブな考えが浮かんできてしまうんです。
「私なんでここにいるんだろう…」と。
そもそもここに就職したのはなんでなんだろう。そもそも就職という道を選んだのはなんでなんだろう。そもそもなんで私は今生きているんだろう。考えても無駄な悩みがグルグルグルグル頭を駆け巡って涙が出そうになるのを堪えながら仕事を続けます。
本当はなりたかった仕事とかやってみたかった勉強があったような気がするけど、何事も深く考えないで本気になれない私がやった所で家族に負担をかけるだけなんじゃないかって諦めてしまいました。でもそれを言ったら今の仕事も同じ事で、本気になれないのになんで簡単に決めちゃったんだろうって後悔しかできません。
職場の人はみんな優しくて、会社自体も制度とか社員に気を配ってくれる良い会社だけど、私がやりたかったのはこれじゃなかったと思ってしまいます。今の仕事を辞めたいけど、その次の就職先は?と聞かれたら答える事ができません。何がしたいのかも分からないんです。
のらりくらりと怠けながら本気になれないままで辛い気持ちを抱えながら生きていくくらいならもう全てを捨てて逃げちゃいたい、でも一人で生きる生活力も頭もなくてきっとどこかで野垂れ死ぬ気がします。だったらいっそ飛び降りでも薬でもやって死んじゃおうか…怖い気持ちが勝ってそれすらもできなくて自己嫌悪します。みんなどこかで辛いと思いながら頑張ってるんだよ、と言われた言葉が胸に刺さって、相談したくてもこんな悩みなんかちっぽけだと思って相談もできません。私はこのまま生きていくしかないんだろうなと思いながら、今日までにやらなくてはいけない提出物をやっていない愚かな自分が憎くて仕方ありません。

感想1
楽しかった高校生活を終えて今年から就職をして働き始められたということで、その一方で「ずっと前から頭のどこかで死にたいが消えなくて、急に目の前に現れてきます」と書いてあったので、楽しかった学生生活の中にも理由のわからない「死にたい」があったのだろうと思っています。
それはどこからくるのかな?と考えながら文章を読ませてもらっていて、気になったのは「何事も深く考えないで本気になれない私がやった所で家族に負担をかけるだけなんじゃないか」という気持ちでした。
まず、「私」の前に「何事も深く考えないで本気になれない」とついていて、投稿者さんは日常的に自分に対して深く考えるべきで本気になるべきなのに、それができないという思いがあるのかなと想像しました。また、他の部分で「どちらかというとのんびりな方(率直に言えばとろい)で、かなりの不器用」と書いてあり、これは学生生活や日常生活の中で人に言われたり、人と比べて感じたりしてきたことなのかなと思いました。
そういうふうに感じているからこそ、どこか、周りの人たち(投稿者さんからみて、おそらくとてもよくしてくれている人たち)に対して後ろめたさを感じる場面がこれまでにも多かったのではないかと想像しています。
また一方で、今の仕事では焦らないペースで作業しようとすると、ちょっと遅いということになり、ペースを合わせようとするとミスが起きてしまったりして、ストレスを感じやすい状況だろうと思います。(私も自分にとって理解しやすいペースややり方でないと難しいことが多く、大多数と同じようにやることが苦手なのでとても共感しました)
私は、個人的には別に本気にならなければいけないということもないし、深く考えることだけが生活のやり方ではないだろうと思っています。
「みんなどこかで辛いと思いながら頑張ってるんだよ」という言葉は確かに嘘ではない気がしますが、「だから辛くても頑張らなければいけない」ということにはならないと私は思います。むしろ、みんながお互いに辛くならないようにどうしたらいいかを考えるべきだし、辛い時は声をあげるべきだし、辛さに優劣をつけてはいけないと思っています。
投稿者さんにとっては「多分他の人が見たらすごく幸せそうだねって言ってくれる」ということがむしろ後ろめたさになっているのかな?と想像しています。だからといって辛いことが辛くなくなるわけではないし、投稿者さんが経験談という形で、おそらくためらいつつも自分のしんどい気持ちを教えてくださったことはとてもありがたいです。
投稿者さんにとってどんな生活が自然なのか、どんな気持ちでいられたら安心なのか、一緒に考えてみられたらいいなと思いました。

感想2
ふと考えたことを書いて、送って下さり、ありがとうございます。読んでみて、「ふと考えたこと」と聞くと軽いような印象を受けますが、迷いや苦しみがこめられたリアルな文章だと思いました。客観的にこれまでの状況を振り返ったときに、恵まれていたり、幸せだったりするのかもしれませんが、あなたが感じている死にたい気持ちやネガティブな気持ちはそれはそれで、紛れもない事実ですから、そう感じることを否定することはないと思って読みました。
背景にはうまくいかないことへ歯がゆさや苛立ち、自分の選択への後悔、それがぜいたくな悩みなのではないかという後ろめたさのようなものを感じました。そうした悩みは決して、ちっぽけなものではなく、こうして表現したり、問い続けることで自分のことをより理解したり、生き方を考えたりする機会にもなりますし、それが周囲への理解や社会における自分の役割を見出すことにもつながる大切な経験なのではないかと思って、読んでいました。
私はこういうことはぜひ、相談してもらいと思いました。話すのが苦手でなければ、電話相談でもいいですし、SNSの相談もあります。ふと考えることを自分だけで終わらせずに、他の人と共有してみてください。一人で考えていては気付かない何かを一緒に見つけることができるかもしれません。