昔の記憶

埼玉県、43歳、男

小さい頃の記憶はあまりなく覚えていることだけ書いていきます。小さい頃は親戚の家で従兄弟家族達と自分と兄で暮らしてました!

当時はなんでかはしりませんでしたが、自分を産んだ母はその後すぐ亡くなったってことと父の仕事の関係上(多分)親戚に預けられて。、、たっぽいです。

父がたまに来るととても嬉しそうにしてたらしいです。

その後父と暮らせるとのことで多分喜んでました!ある日、父に連れられある家につき家に入ると知らない女性が居ました。何か紹介とかしたかとかは覚えてませんが、父と暮らせるのが嬉しかったからかとても騒いだみたいです。

そこで初めてあった女性にうるさいだかなんだかとりあえず怒られたのを覚えています。そこで自分はもう苦手、怖い、嫌い的になったと思います。

兄は小学生自分は保育園に通い迎えは兄が学校の帰りに来てたと思います。

父と義理の母は共働きだったのでそういう感じになってたのでしょう。

自分が小学生になると低学年3年生位かな?鍵っ子だったからか理由は思い出せませんが日々教室で暴れることが多くなりました。他の子とケンカばかりでしたね。駄菓子屋さんに行ったりする友達は居ましたが自分はお小遣いをもらってなかったので周りと同じように毎回好きな物を買うことは出来なかったです。

えっと順番がわからないのですが家では義理の母が厳しく毎日勉強の時間、門限等、さぼると怒られるし休みの日もほぼ勉強しなさい的な感じでした。

それから家出等するようになり最初は近所の人警察等探してくれました。でも、家出はやめられずその後も何回もしました!そのうち探すこともなくなり放置状態、先に言いましたが万引きなどかなりしてそれが見つかるとほうきの持つ方で頭背中と何回も何回も叩かれたりこの手が悪いと線香の火のついたのので手の甲にあてられたりもしました。包丁持って追いかけられた事もありました。

父は精神疾患の統合失調症(当時は知らなかったけど)になり病院に通いましたがある日1人で買い物に行ってくると言って家を出たけど隣の駅のマンション?ビル?から飛び降りたそうです。自分は1人で外で遊んでいて帰ったら誰も居ない状態でした。暫くたって電話がなり義理の母と仲のいい人からの電話で今すぐ行くから待っててねと言われ待ちその後義理の母が大泣きして帰ってきました。理解できないまま兄と一緒に知り合いの家に連れて行かれ今日はここで泊まろうねみたいな感じでした。

そこで父が亡くなったのを知り我慢せず泣いてもいいのよって言われたんですが本気で泣いたっていう感じじゃなかったです。

その後義理の母と暮らすことにはなったものの家出、不登校、中学生のときは1ヶ月くらいですしか行ってないと思います。

結果悪い仲間と出会い遊んで捕まり鑑別所に行き義理の母が面倒みれないとのことでそのまま教護院に行きました。中学卒業後高校は義理の母に行っても無駄って言われた記憶があり行かず住み込みで働き出しました!

しかし、長く続かなく色んなところ行ったりしてその間も色んな悪さや迷惑かけてました。

自分でも何故そういう事するのか何がしたいのかまったくわかりません。

ただ、人に迷惑かけて同じ事の繰り返し中学生のときは1年位家出してましたよ。

今、43とすっかりおじさんになりましたがあいかわらずまともな生活は出来てません。

法律を犯すようなことはしませんがまぁ夢も希望もない感じで精神疾患で生活保護の状態です。死にたいけど父と同じにはなりたくない

生きる意味?この年で?ちなみに兄はどこに住んでるかも連絡先も知りません。親戚には迷惑かけすぎて連絡してこないでくれと言われそれ以降連絡してません。父の墓参りはたまに行きます!そこで親戚に会いましたが気付かれませんでした。まだまだ書きたい事あるけど疲れたので終わります。

感想1

周りの環境、とくに大人からのまなざしの中で、投稿者さんは不自由な気持ちを感じることが多かったのかなと想像しました。ケンカや家出などは他にそれを表す方法がなかったということなのかなと思っています。怒られたことが「苦手、怖い、嫌い」に繋がった記憶を書いてくださっていますが、なぜ怒られたのかあまり伝わってこなくて理解できないままだと、怖いと感じるのも無理はないと思いました。

おそらく投稿者さんの周りの大人も、あまり余裕がないなどの理由があり、投稿者さんとゆっくり付き合える状況がなかったのかなと思いました。

「自分でも何故そういう事するのか何がしたいのかまったくわかりません」と書かれていたことが印象的でした。自分自身のことがわからないけれど、なぜか結果的には「悪さをした」「迷惑をかけた」ということになると、途方に暮れてしまいそうです。一緒に、それがどういうことなのか、どういう背景があるのか、どんな気持ちなのか…などを考えられる人がいるといいなと思いました。

また、投稿者さんが書かれていた「死にたい」についても、その後ろにある気持ちや感覚、考えをゆっくり紐解く機会があればいいなと思いました。(「死にたい」という言葉で表される気持ちも、人によっていろいろなので、簡単に「こうだ」と言い切ることはできない気がするなぁと思います)経験談の投稿ありがとうございました。

感想2

これほどの経験を思い起こし、言葉に置き換え、言葉を紡いで文章にして、自分の思いも振り返るという作業は、根気と勇気が必要だっただろう、と私は思いました。

今までに起こったことがらと、その時時の振る舞いや行いが、どうして沸き起こってきたのかを、経験談を書くことで自分と向き合う作業をされたのだろうと思ったのです。自分と向き合うには、逃げない勇気と向き合い続ける膨大な根気が必要だと思っています。そして向き合った結果としてもたらされるものには、心にダメージを与え疲れさせるものもあったのだろうと想像したのです。

向き合った結果には「悪さ」とか「迷惑」で言い尽くせない、そのようにせざるを得ない何かがあったのだろうと、経験談を読ませていただいて私は思いました。それも単純に投稿者さんだけの責任とは言えないような状況や事情が潜んでいるようにも思えました。

それなのに、「連絡してこないで」と拒絶されては、ますます力を削がれてしまうだろうなあと想像してしまいます。こうした現実と向き合い続けるためにも、投稿者さんの根気と勇気が枯渇しないよう、死にトリではどんなことができそうなのかを考えてみたいとも思いました。

投稿者さんは、「疲れたので終わり」と締めくくられています。

でも、まだまだ書きたいことがあるとのこと。続きを送って下さるのをお待ちしています。