昔と今


昔から自分勝手で自分をよく見せようと出来もしないやれもしないことを言ってしまう癖や人とのコミュニケーションのとり方が壊滅的で追いかけ回したりじゃれついたりしたことがあり、それが原因で周囲からキレられたりいじめられていました。

学生時代は本当に地獄のような日々でもありました。暴力、陰口、仲間はずれ、病原菌扱いされ、手を差し伸べてくれた人、なにもおかしなことをしなければ今も仲良くやれたであろう人にも最初は良かったけど自分が取り返しのつかない事をし続けたせいで最後は手のひらを返したように冷たくあしらわれてしまう毎日。

今思えば状況は最悪なのに自分で自分の首を締めていったような事をしていたのに生きてこれたなと思います。

今はそんな体験があったからか自虐的で自己中心的、自分の最低な部分を自覚しつつ働いていますが、生きているだけで金のかかる時代、低収入で生きていくのは無謀の極み。

税金、国民保険料もろもろお国の為に金を払わないといけないし家のローンも払うときは払う払えないときは払えないそんな最低以下の生活、誰が好き好んで生きていたいと思うのか?

自分のせいでもあるけれどやっぱり安楽死したほうがはるかに良い。

感想1

学生時代の経験から、投稿者さんは人と関わりたいという思いがあるけれど、どのような距離感で関わればいいのかわからなくて、うまくいかなかったことが多いのかなと思いました。その経験から、「自虐的で自己中心的、自分の最低な部分を自覚しつつ」と書いてありますが、自分をコントロールできない状態にさせないように、「自覚」を持たなければいけないと感じているのかなと想像しました。

お金を払えなければ「最低以下」ということはまったくないと思いますが、生きていたくないと思うくらい生活することに苦しさを感じているのだなと理解しました。

投稿者さんにとってだれかとではなく、個人的に楽しめる時間や、リラックスできる場所はあるのかな?と気になりました。

感想2

読んでみて、投稿者さんが生きるのにいっぱいいっぱいになっているところを想像しました。人との関わりにおいて、自分で自分の首を絞めるようなことをしていたというのは、一つの自傷行為とも言えそうな気がしました。そして、周りからの「暴力、陰口、仲間はずれ、病原菌扱い」がそれに拍車をかけていったのかもしれないと思いました。

現在は生活費の面で苦しい思いをしていて、どうお金をやりくりして生きるかということを考え続けないといけない状況なのだと思いました。それ以外の何かに向けるキャパシティーもないほど追い詰められていそうだと想像します。

人とのコミュニケーションについては、今も難しさを感じているのかなと思いますが、周囲の人が投稿者さんのコミュニケーションの方法を理解して、できるだけ合わせることも必要なのではないかと思いました。投稿者さんが自分のやり方を否定して、全面的に他人に合わせるのは違うだろうと思うのです。あるいは、もう人と関わることを諦めてしまいたい気持ちなのかなと想像しました。過去に「自分が取り返しのつかない事をし続けた」などの記憶を持ちながら、あまり人と関わらずに生きていると、余計に自分への不信が募り、希望が見つからなくなりそうです。

色々な人と自分の癖について話し合って理解を深めたり、他の人の視点を交えて過去の再解釈を試みたりしていくことで、もしかすると今の「自分のせいでもあるけれどやっぱり安楽死したほうがはるかに良い。」という気持ちが動くこともあるのかなと考えました。