体に染みついている

関西・20代・女


日常的に暴力を受けて育ったわけではありません。どちらかといえば兄弟の中でも要領が良く、母とトラブルになることは少なかった記憶があります。

それでも普通ではない幼少期を、今も背負って生きています。

私が生まれてすぐに両親が離婚し、兄弟四人全員母に引き取られ貧しい生活を送ることになりました。

「お金がない」が口癖の母でしたが、お酒と煙草を止めることはなく、兄弟で食べ物を取り合うこともしばしばありました。食べ物ですら碌に食べれないのですから、当たり前ですが友人達が持っているような娯楽品を買ってもらったことはありません。

流行りについていけなく悔しい思いをしたこと、馬鹿にされたことは今でもよく覚えています。

また最近になって聞くようになったヤングケアラー問題にも耳が痛くなります。私は末の子なので世話をされていた側ですが、朝方まで帰って来ない母に代わり赤ん坊の世話をしていた3歳から7歳の兄達はとても辛かったでしょう。

家に不在なことが多いだけではなく、母は子供に独特な愛情を向ける人でした。母にとって大切な所有物のようなものなのでしょう、「私が産んだのだから、私には殺す権利がある」母の口癖です。

大人になった今、母の異常性に気付いていますが、当時の私は少し貧しいぐらいで他とそう大差ないだろうと思っていたのです。

兄が殴られることも首を絞められることも、他の家庭でもあることなのだろうと思っていたのです。また、たびたび変わる母の彼氏にも、思春期の当時は気持ち悪くて仕方がありませんでしたが、片親の家庭では珍しくないだろうと思ってもいたのです。

中学校までは逃げることもできず、狭い世界に押し潰されそうになっていました。

環境が変わったのは高校生になり、アルバイトをし始めた頃です。幸い子のお金に手を出すタイプではなかったのでアルバイト代は全て自分のものになりました。

携帯代に、貯金、学校用品なども全てアルバイト代からだったので大金は残りませんが、それでも自分が自由に使える初めてのお金はとても感動したのを覚えています。流行りの物や後々考えると意味がないようなおかしな物も買えることができたのですから。

三年間の貯金で逃げるように家を出た私は、真面目に働き、結婚し、親になりました。時々トラブルはありますが、平凡で幸せな日々を送っています。

日々の生活の中で、時々幼少期を思い出すのです。子供と接しているとき母に言われたこと、されたことを思い出しては泣きそうになることもあります。今の自分が過去に行けたのなら、まだ子供の私をたくさん甘やかしてやりたいと思うのです。

母と別れてもうかなりの時間が経ちました。母から逃げたつもりでも今だに心は逃げきれていません。幸せなはずなのに、時折過去を思い出しては辛く涙が出てしまうのです。

なるべく思い出さないように努力していても、忘れるのは母以外のことだけで、母の思い出だけは忘れることができないのです。

パートナーがいて、子もいる今、自ら命を絶とうとは思いません。けれど辛い、苦しい、死にたいという思いはこれからも続くのでしょうか。いったいいつになれば私は過去から逃げることができるのでしょうか。

感想1

「体に染みついている」というタイトル通り、過去の経験を自分の体の中にずっととどめてきていて、そのことに今でも苦しさを感じるのだろうと思いました。「母の異常性」と書かれていましたが、たとえ母親であっても、だれであっても、人を物のように扱うことはあってはならないと思います。

ただ、違う関わり方ができない状況で、ほかに関われる人もいなかったのだろうと思いました。その中で、子ども時代に「他とそう大差ないだろう」と思うのは、ほかの例を知らないのだから当然のことだと思いました。

また、大人になるにつれ、「狭い世界」が広がっていくにつれ、そうでないことがわかってくると辛さにより直面することもあるかもしれないと思いました。それは知ることが悪いということではなく、もしかすると当時は辛いということさえできなかったことが、やっと言えるようになったということなのかもしれないと想像しました。

投稿者さんは高校生の時からアルバイトをして、金銭管理をしてお金を適切に使っているようで、生活する力を持っている方なんだなと思いました。

自分が子育てをする立場になると、過去と比較できることも増え、思い出す場面も多くなるのかもしれません。完全に忘れることはなかなか難しいかもしれませんが、母親や子ども時代の記憶を思い出す以外の、くつろげる時間やほっと息をつける時間があるといいなと思いました。(子育て中はなかなか忙しいかもしませんが…)

また、死にトリで開設しているここチャットでは、お互いの持つつらさについて話すことができます。いろいろな経験を持つ参加者がいるので、よければ参加してみてください。

感想2

日常的に暴力を受けて育ったわけではないと投稿者さんは教えてくださいました。兄さんのように殴られたり首を絞められたりはしていないという意味なのだと私は理解しましたが、母親さんの発言や行動は、投稿者さんにとって身体的な暴力を受けたのと同じくらいの破壊力であり、心が傷だらけになったことだろうと想像しました。母親さんの元を離れた今でもなお癒えることのない傷があるのだと理解しました。

「私が産んだのだから、私には殺す権利がある」という母親さんの口癖から、「親は子に何をしてもいい」「子は親の所有物であるから」という意味に捉えました。十分に暴力的であり、人の主体性を奪う言葉であると感じます。

投稿者さんは、高校生の頃からアルバイトを始めて、計画的に実家から離れた様子がうかがえます。携帯代や学用品も自分で支払ったとのこと、貯金をするのは並大抵のことではなかったことと思います。投稿者さんは持続力や計画性という強みがある方なのだろうと想像しました。そして、自分で稼いだお金で買い物をしたときに感動したという部分にとても共感しました。買い物というのは、自己決定であると思うからです。自分の意志で選んで手に入れるという行為に投稿者さんは自由を感じたのだろうと想像しました。流行りのものや意味がないようなおかしな物も自分の意志で買うことができたという行為に価値があったことだろうと思います。

平凡で幸せな日常の中に、時折、母親さんの存在が現れるとのこと。心が逃げきれていないという表現から、「物理的に距離をとること」=「心の距離がとれる」ではないということを投稿者さんから教えてもらいました。物理的な距離と心理的な距離は異なると理解しつつ、母親さんとの過去が、カサブタになって、全身からポロポロと落ちたらいいのに、と思わずにはいられません。投稿者さんは自分の力で十分に逃げ切ったと私は思うからです(まだまだ私の理解が不十分で、安易に聞こえたらごめんなさい)。投稿者さんは誰からも傷つけられる必要がない、大切な生存者であると心から思います。