18年間昇進なし、線路に呼ばれる日々

東京、50代、女性

平成元年に企業に入社して34年目。ずっと性差別と戦いながら仕事中心に必死で仕事をしてきた。2004年に念願の課長に昇格したものの、その後18年、一切昇進することなく、社歴だけ増えていき、ここ4年は営業として上司からの無理難題や責任転嫁、売上責任追求のため、会議室閉じ込めなどなど、激しいパワハラを受けてきた。 

コロナ禍でもほぼ毎日出勤し、終電近い電車で帰宅する日々。常に悩んで眠れなくて、線路に呼ばれて、10秒後には全部終われる、いつ飛び込もうと思いながら、疲労困憊した身体を引きずって廃人化していった。

3月に入り、大手電気メーカーの地方支店の担当者から激しく責められ、声も出ないくらいになり、上司に相談しても助けない、と、言われ、激しい頭痛発症。くも膜下の恐怖から心療内科に行き、適応障害とうつ病で、1ヶ月休職。

性差別との戦い、つまり、未婚のため、新婚旅行も産休も取らずに走り続けてきたので、こんなに長く休んだのは学生時代以来。

仕事のことは考えない日々、ずっと英語の勉強をして、穏やかに生きることができた。

産業医から退職勧告もあり、転職活動したが、50代女の転職は書類通過さえされない。さらに万が一、転職できても、パワハラがどこに潜んでいるかわからない恐怖もあり、元の部署に戻った。今は営業から外れて、仕事量も減らされている。

時々、進めてきた案件を途中で投げ出した悔しさが甦り、線路に呼ばれることはある。そんな日は早めに仕事を終了して、仕事に奪われる時間を私の有意義な時間に使う!と切り替え。英単語覚えたほうがいい、と。

一方で、何事もなかったように高い地位にいる上司について、被害届提出や損害賠償請求も視野に入れて法的な相談中。やられたらやり返すしかない。

今も死とはいつも隣り合わせ。死んだ人のニュースがあると、決断できてうらやましいと思っている。

感想1

性による差別を受けていると実感しながら、投稿者さんが自分の希望・願望を思い描くことが難しくなっていたのかなと想像しました。

昇進・昇格と書かれていたので、ピラミッド型のような階層のある業界に身を置いてこられたのかなと想像しました。社会のどのような場所にも差別は起こりうると思いますが、投稿者さんの周りでは、差別が固定化しやすい環境があったのかもしれないと推察しました。また、階層化するためにも個人に対する評価が行われやすい環境だけれども、その評価は投稿者さんから見てフェアではなかったのかなと考えました。

それから、投稿者さんが仕事を始めてから、仕事以外のことに時間やエネルギーや気持ちを費やすことはあまりなかったのではないかと想像しました。文面からは、仕事への高いモチベーションを感じますが、それがどこから生まれてくるものなのか気になりました。それとも、本音ではそれほど仕事をしたいわけではないけれど、生きていくためにはそうするしかない、といった考えがあるのだろうか…と思いました。

投稿者さんが、差別を受けることへの恐怖、あるいは人への恐怖をあまり感じずに、話をしたり一緒に過ごすことができる相手はいるのだろうか、どんな相手ならできるのだろうか、と考えてみたくなりました。差別やハラスメントの経験から、人と接することに恐怖を感じて避けている(避けたい)面もあるのだろうかと思いました。

投稿者さんの希望や願望は、死ぬこと以外にも何かあるのではないかと、私は感じました。気が向いたら、死にトリに来る人たちと一緒にそれを探っていけるといいなと思いました。

感想2

投稿者さんの文章を読ませていただいて、激しい競争の中で戦ってきたのだろうと感じました。「走り続けてきた」という言葉がまさにしっくりくる内容でした。走っていく中ではさまざまな困難があったことが書かれています。伴走するような人を周りに得づらい環境があったのかもしれないと思いました。休職の期間はそんな投稿者さんにとって、自分の時間を過ごすことができる機会だったのかもしれないと感じました。

投稿者さんにとっては、有意義であること、意味があることが大きく、無駄な時間を過ごすことに引け目(あるいはがっかりするような気持ち)があるのかもしれないと思いました。一方で、意味があるかどうかにとらわれることなく過ごせる時間が人生の中にあってもいいと私は個人的には思っています。疲れたときに時間や有用性を気にせず自分を癒やしたり落ち着けたりする場所や機会があるといいなと思いました。おいしい食べ物や好きな音楽などをきっかけにするのでもいいかもしれません。投稿者さんにとって居心地のいい場所や時間があることを願っています。