私の半生、経験

新潟県・20代・男性


肌が薄いのでしょうか。

インナーでも、擦れると気になる、

常に体をまさぐられる感じがする。

私は、幼稚園児(いまはこども園というのでしたっけ?)の頃から、

自慰行為、いわゆるオナニーに

ふける子供だった。

きっかけは、今でも鮮明に覚えている。

自宅の畳部屋で、母に隠れて

床に性器を擦りつけていると

次第に股間が気持ちよくなり、

絶頂してしまうことも

しばしばあった。

幼い頃は、

いくつかあった楽しい遊びのうちの

ひとつに過ぎなかった。

絵本を呼んだり、

公園で遊ぶのと大差なかった。

けれど、小学校に入って、

「インターネット」の存在を知った時から、

私の生活はガラリと変わった。

学校が終わると、

外へはほとんど遊びに行かず、

夕食や寝る以外はほぼ

インターネットの画面にかじりついていた。

まだ、周囲の同級生も

ネットの存在を知らない、あるいは

興味のない時期だったので、

なおさらハマり、

私の生活=インターネットという

感じになった。

ここで、私は

いろいろないかがわしいサイトや

動画、画像などを練り歩き、

性に関する見方がどんどんと

刺激的、暴力的、一方的になった。

周囲の人間、テレビに映る人間、

あらゆるものが興奮材料になり、

それが当たり前になった。

人=性的に興奮できるかできないか

で考えるようになったのだと思う。

私は、対人関係を作り、継続するのが

苦手で、ますます

そういう傾向が強くなった。

小学校時代は、その頃は当たり前だと

思っていたが、実はかなり危ない時期だったと考えています。

では、どうして周りにバレることがなかったかというと、

単に周囲にはそういうことに

興味が無いように振舞っていただけです。

私にとって、1番辛かったのは、

オナニーやインターネット以外に

人生にやる気が出なかったことでした。

何をしても、オナニーのあの快感には

勝てないからです。

しかも、インターネットには

探せば無限に、より刺激的なわいせつ物が

眠っていますから、

インターネットを断ち切る他に、

無気力から立ち直る方法は

ありませんでした。

私の幼い頃、

多くを家で一人で過ごした。

古い家で、ときどき

ゴキブリが出たこともあった(私の記憶違いかもしれないけど)。

小さい頃から、

私は自己主張のしない子どもだった。

自分の欲しいものや、

やりたいことがあっても、

親にそういう事は言わなかった。

親に口答えするようで怖かった。

常に親の顔色を伺い、

迷惑をかけないように

生きてきたと思う。

だから、私自身のしたいことよりも、

親にとって何が理想なのか、

を優先して考えていた。

そうしていないと不安だった。

1番大きいのは、祖父の影響だと思う。

私の家族では、祖父は経済的な力のある人で、

周囲の人間は

そうそう口答え出来なかった。

そのおかげで、

コロナ禍になるまでは、

家族全員で、毎週、土日は祖父の家にいって

食事をしなければならないという

習慣を持っていた。

中学校、高校と進学して、

私はますます人に口答え出来なくなった。

全ての問題を、

自力で解決することが出来なきゃ

ダメだ、と強く思うようになりました。

これは、私の親が入っていた宗教組織で、

よく言われていたことでした。

幼い頃から、

組織の人間から

いわゆる「生き方」について

教えられてきました。

これは正しいこと、これは悪いこと、

といった具合でしょうか。

私は高校を卒業するまで

この組織の考えを信じていましたから、

(でもオナニーとかで過激なもの見てたでしょ?と言われたら閉口してしまいますが……)

それも相まって、いわゆる

「理想の人間」になろうとしていました。

つまり、主体性があり、

自分が変わることで環境を変え、

コミュニケーションが取れて、

明るく朗らかに、

といった人間です。

でも、本当は、人間関係なんて、

私の一番嫌いな部分でした。

何よりも、オナニーのし過ぎで

無気力になっているのに、

家族の前や学校では

元気ハツラツに何でもこなすなんて、

ムリです!

でも、中学校の頃は

それができていたんです。

学校で評判の良い優等生、と言った感じです。

しかし、高校生になってから、

その生活も終わりを迎えます。

私にとって、現在まで尾を引く

(嫌な記憶が今でもフラッシュバックする)

時期です。

高校生の頃は、

いわゆる落ちこぼれでした。

勉強も特にせず、

家ではネットにハマり、

ひとたび自慰を始めれば

夜中までふけることもしばしばでした。

高校は、自宅から電車と徒歩で1時間30分ほどかかるところに通学していました。

そして、友人も知り合いもいないという

アウェーな環境の中で、

私は次第に自分の生きる意味が

分からなくなりました。

自分を変えようと、

無理をしていろいろな役職にチャレンジ

してみましたが、すべて上手く行きませんでした。

特に、半年ではありましたが

生徒会長をしていた時期には、

お弁当もろくに食べられませんでした。

私は、

コミュニケーションとか、対人関係とか、

苦手なんです。

でも、親とか宗教組織の影響とか、

関係ないかもしれませんが、

私は三人兄弟の長男で、

変に責任感を覚えていたのだと感じます。

(今考えると、バカバカしいと思っています。長男だからって、なんで

親の期待通りに生きなくちゃいけないんだよ、と。)

大学に入って、

ようやく、私はコミュニケーションが

苦手で、

無理して得意になることは、

しなくていいんだと、

考えるようになった。

また、

私はずっと、誰かに褒められたかった、

自分のことをわかって欲しかったのだと

思うようになった。

私が辛かったのは、

自分の悩みを打ち明けられる

相手がいなかったことです。

オナニーやインターネットへの

依存なんて、

一体誰に相談すれば

よかったのでしょうか。

もはや、失った時間は

戻りません。

また、これは高校生の頃から

辛かったのですが、

周囲の人の話し声が、

すべて自分の悪口に聞こえるのです。

すれ違いになった人達が話す内容も

すべて私に向けられたマイナスな言葉に

聞こえます。

通学の電車内、

道すがら、

自動車の運転手、

講義中の他の学生たち、

すべてが

私を否定しているように

思えてならないのです。

特に電車内では、

私に視線を向けられただけでも、

その人のことを

殴り倒したくなります。

でも、そんなことをすれば

社会的に死ぬことは分かっているので、

それが怖くてできません。

私がこれまで、

社会的に死なずに許されてきたのは、

私の臆病な性格の

おかげかもしれません。

対人関係をつくるのが

苦手というのは、

初対面の人は良いのですが、

2回目、3回目と

回数を重ねる毎に、

同じ人と会うのが

辛くなるのです。

どうしたら相手と仲良くなれるのか、

どうしたら自然に振る舞えるのか、

特に、今の私は

相手から嫌われていないだろうか、

と言ったことが気になって

仕方ありません。

だから、

雑談はもとより、

授業中の教師の話も、

グループワークでの

他人の話の内容も、

すべて頭に入ってこないのです。

相手が怖くて怖くて怖くて。

高校生の頃ですが、

グループ内で

発表する時に、

私が緊張で手が震えていたのですが、

その事をグループ内の人に

笑われたのも嫌な思い出です。

記憶のフラッシュバックはしょっちゅうで、

例えば、英語の勉強をしている時に

英語の授業で先生をバカにしてしまった

記憶がよみがえってくるのです。

私の場合、

フラッシュバックするのは

私が加害者である記憶ばかりです。

「あのとき、

相手に悪いことしてしまった」

という強い罪悪感から、

私は毎度毎度頭を抱えてしまいます。

拙いですけど、以上です。

読んでくれてありがとう。

感想1

半生での経験を具体的に綴ってくださり、ありがとうございます。ご自身のことや育った環境をどう捉えているかが詳しく書かれていると思いました。

「…私自身のしたいことよりも、親にとって何が理想なのか、を優先して考えていた。そうしていないと不安だった。」という部分に、生きづらさがストレートに表されているように思いました。幼少期から刷り込まれた理想像から外れることへの恐怖が、投稿者さんの中にまだ根を張っているのではないかと想像します。自分の本心に沿って行動することを制限されてきたことから、そう行動するのが怖くなってしまっているのかなとも想像しました。

自分の悩みを打ち明けられる相手がいなかったことが辛かったと書かれていました。依存などにずっと苦しみ悩んで、どうにかしたいと藻掻いてきたのだろうなと伝わってきます。
また、人に嫌われたらどうしよう、悪く思われているのではないか、という恐怖がとても強いことが分かりました。一方で「でも、本当は、人間関係なんて、私の一番嫌いな部分でした。」とあり、投稿者さんは人と関わるよりも一人で過ごす方が好きなタイプなのかなと想像しました。そんな投稿者さんにとっては、人からの刺激がたくさんあり過ぎる環境(学校や電車)にいたことで、人から向けられるものすべてが恐怖の対象になってしまったのだろうかと考えました。
こうして文章を綴ってくださったのも、これからの半生をどうにかしたい、変えたい、生きる力を取り戻したい、といった思いがあってのことなのかなと想像しています。今すぐにどうにかなることではないとは思いますが、一つのきっかけになればうれしいです。

感想2

投稿者さんの中には衝動や強い感情があり、ただそれをじょうずに出す術を持たずに生きてきたのかもしれないと思いました。また、理想的な自分であろうという意識が強くあり(あるいは、そう意識を持つように強いられ)、それと自慰行為やインターネットへ依存することでのストレス解消が噛み合って、抜け出せないループのようになってきたのかもしれないと想像しました。それはかなり自然なことのようにも思いました。快感への傾倒は抜け出すことがむずかしいと思いますが、必要なことでもあるのだろうと思いました。しかし投稿者さんの中には後ろめたさもあるのだとすれば、それは性に関することということでの後ろめたさかもしれないし、理想とのギャップということかもしれないと思いました。

また、投稿者さんは周りからどう見られているか気になるからこそ、完璧な自分として振る舞っていたいという思いもあるのかもしれないと思いました。コミュニケーションについて無理しなくていいという発見は大切なことだと思いますが、どのようにその気持ちに至ったのか気になりました。

投稿者さんが自分を偽ることなく、安心して発信できる場所があるといいのかもしれないと思います。性依存に関する当事者グループなどもあるとは思いますが、投稿者さんにとって理解し合える環境はどういうところにあるのだろうと思いました。もしイメージしていることがあれば教えてほしいです。

返信

感想の2<コミュニケーションについて無理しなくていいという発見は大切なことだと思いますが、どのようにその気持ちに至ったのか

これは、大学の3回生での発見だったんです。

1回生の時、教養科目で

異文化コミュニケーション論を受講しました。

その時、「他者」とはどういうものなのか、

どのように意思の疎通をしたらよいか、

などについて教わったのです。

特に、担当教員から紹介された

「友達幻想」という図書は、

私は食い入るように読みまして、

深く感銘を受けました。

しかし、それだけではなくて、

環境が変わったというのもあります。

2回生までは、必修科目が多く、

グループワークやプレゼンも毎回のように

あり、地獄でした。しかし、

3回生になって、必修科目が減ったことから、

自分に合った講義だけを取るようにしたんです。そこで気持ちの面でだいぶ楽になり、

「無理をしてコミュニケーションを

とる必要は無いのだ」

という考えに至ったんです。

逃げているだけなんですけれどね……


感想2<性依存に関する当事者グループなどもあるとは思いますが、投稿者さんにとって理解し合える環境はどういうところにあるのだろう

私の場合、同じく自慰行為に依存している

同性で、同年代の方でないと、

私のことを理解してもらうのは難しいし、

私も同じような境遇の人でないと

共感できないと思っております。

また、恐らく女性からは共感して

いただくことは難しいと思っております。

「あんたは楽しめているのに何が不満なの?

これ以上何か望むなんて図々しい。

女性のことを食い物としか見てないのに

そんな奴に共感なんて出来るか!」

と、そんな風に思われているのだろうな

と想像しています。

正直いって、後ろめたさは大きいです。

私の悩みは、傍から見れば「贅沢な悩み」

なのかも知れません。満たされすぎて悩んでる

だけじゃないか、と。

でも、強い快楽を味わった日の翌日は、

全く性欲が湧かないのが常です。

しかし、そういう日はなかなか

寝付けないんです。だから、そういう時は

インターネットに逃げてしまいます。