私の悩みは小さい

東京都・24歳・女性

「世の中にはもっと苦しんでる人がいる」
私はどうしても、この言葉から逃げられない。

私は昔から何でもよく話す子で、母親や友人等と話すことが大好きだった。学校であったことも、恋の悩みも、友達の面白い話も。
でも、真剣な悩みは、だんだんと相談しなくなってきた。何故なら、「そんなことで悩んでるの?」と言われることが多かったからだ。そして次に話されるのは、自分より苦しんでいる人の話。皆そうやって悩みを解消しているんだな、と理解した。

大人になり、一人暮らしを始めて、人と会話をすることが減った。それでも悩みは増えていくばかり。私は以前にもましてネットにのめり込み、「自分より苦しんでいる人」の経験談を読み漁った。

なかなか仕事が覚えられない。でも発達障害じゃないから大丈夫。
仕事が大変で帰れない。でも私より残業してる人もいるから大丈夫。
ストレスで過食をしてしまう。でも吐いたことはないから大丈夫。
適応障害で休職してしまった。でもうつ病じゃないから大丈夫。
家族との関係があまり良くない。でも虐待されてないから大丈夫。
恋人となかなか長続きしない。でも恋愛経験したことない人もいるから大丈夫。

何だ、私の悩みなんて、まだまだじゃん。私は恵まれてるほうなんだなぁ。よかった。

私のこの考えが崩れたのは、「感動ポルノ」というものを知ってからだった。障害に負けずに頑張る姿を見て、私達は感動する。これは主に身体障害者に対してのことを指すらしい。でも私は、自分のしていることもこれと同じなんじゃないかと思った。
自分より大変な思いをして、それでも生きて経験を綴っている人達を弱者にして、私はそうじゃないと思いたかったんじゃないか。なんて嫌な人間なんだろう。
けれど、そしたら、私の悩みは小さくなかったの?本当は重大な悩みだったの?なら私も同じくらい苦しまなきゃいけないの?そんなの無理、耐えられない。
私はこれ以外に、悩みを軽くする術を知らない。でも人を見下して生きていくなんて悲しすぎるしなによりそんな自分は嫌だ。

私の悩みって、大きいの?小さいの?

何か悩みを抱えるたびに、私はどうしたらいいか分からなくなる。そして結局、あの言葉に逃げてしまう。

私に必要なのはきっと、私の悩みを大小関係なく受け止めてくれる人なんだろう。でもあの言葉がある限り、私は誰にも相談できない。そうして尻込みしてしまうから、誰も私の悩みに気付かない。悪循環だ。

私の悩みは小さい。でも、本当の悩みは大きいのかもしれない。

感想1
とても哲学的な深い経験談をありがとうございます。
小さくて大きな悩みとは…葛藤や迷いがよく伝わってきます。
ただ、私は悩みに大きいとか小さいとかはないと思います。絶対的な大きさはないだろうし、同じ事柄でも大きくなったり小さくなったりするだろうし、人によっても受け取り方は異なるし、自分自身でもコンディションや環境によって、悩みは大きくなったり小さくなったりするものだろうと思うからです。

また、悩むことはきっと何かの意味があって起こるものだろうから、大きさに関係なく悩みに気づいたら大切なのはちゃんと悩むことだと思います。ただし、一人で悩むのは体にも心にもよくないから誰かと一緒に悩むのが重要なんではないかと思います。あなたの悩みをあなただけに閉じ込めていたら単にあなたを悩ませるだけだけれど、人に話すとそれを聞いた人が何かに気づくかもしれないし、ちょっとあなたの役に立てたと思えるかもしれません。どうか、小さいとか大きいとか気にしないで、誰かに話してもらいたいと思います。死にトリとも一緒に悩みましょう。また、参加してください。待っています。

感想2
あなたの考え方について客観的に書いてくださって、ありがとうございます。もっと苦しんでいる人もいるから、これくらい大丈夫だと自分に言い聞かせると、その瞬間は苦しみから逃げられることもあるかもしれません。しかし長い目で見ると、ストレスの原因を減らしたり、自分が生きやすい環境に身を置いたりするのが先延ばしになるかもしれないと考えました。

そもそも悩みの大きさは、他人とは比べられないのではないかと考えています。なぜなら、同じような出来事が起きても、それに対するストレスの感じ方や対処の方法にかなり個人差があるからです。ネットの居場所ポータルサイトにある「死にトリ診断」は、あなたの生きづらさを分析するのに少しは役立つかもしれません。
また、あなたの生きづらさは、一つの大きな原因があったというよりも、いろいろな原因が絡まり合い、積み重なったことのよるのかなと思いました。苦しくなっている原因が複雑だから、他の人に理解してもらうのが難しくて、相談しづらいし、余計に孤独を感じることがあるのかもしれないなと想像しました。

世間ではよく、悩むことはあまり良くないことだと思われていて、ネガティブな話をすると必要以上に心配されたり、焦って解決しようとしたりされがちな気がします。しかし、悩むことは悪いことではないと思います。むしろ、人生のなかで悩むことがあるのは当然で、悩んでもいいよと受け入れてくれる人がいたらいいのかもしれませんね。

感想3
自分の悩みとだれかの悩みを比べて、自分はまだ大丈夫と判断するのが悩みを軽くする手段になっているのですね。「そんなことで悩んでるの?」と何度も言われたのがきっかけなのかもしれませんが、その手段を用いつつ、悩みを抱えながらなんとか生きてきた方なのだなと想像します。

文章を読ませていただいて「大きい悩み」と「小さい悩み」ってなんだろうと、ふと疑問に思いました。私も普段、自分の悩みについては「自分のなかでは大きな悩みだけど、他の人からすると小さい悩みなのでは」と考えることがあります。
でも、何をもって「大きい」と「小さい」を判断しているのでしょうか。発達障害でも大丈夫な場合もあれば、大丈夫じゃない場合もあります。また、残業をしていても大丈夫な場合もあれば、残業はないのに大丈夫じゃない場合もあります。そう考えると、「大きい」と「小さい」を判断するのは難しいかもしれません。

本来の悩みに加え、「大きい」か「小さい」かという問いにも悩まされ、あなたが自分の悩みを素直に話せない構造のなかに置かれているのが気になります。あなたが「大きい」か「小さい」かの問いを考えるのをやめられると楽なのかもしれませんが、「大きい」か「小さい」かはあなただけの問いではありません。というのも、「大きい」か「小さい」かの問いには周囲の人々(ひいては社会)の苦しさを比べ合う価値観が影響しているように思うからです。他にもあなたのおっしゃるような「感動ポルノ」をはじめとして、能力主義、恋愛をして当たり前などの価値観を反映しているのではないでしょうか。そのため、本当ならあなたが考えるのをやめるには社会全体として変わる必要があると考えます。

まずはあなたの経験談をきっかけとして、私を含めて経験談を読んだ人たちから変わっていけるといいなと思います。

感想4
経験談を書いてくださりありがとうございます。文章を読んで、あなたは自分のことを冷静に客観視できる方なのだろうなと感じました。
「そんなことで悩んでるの?」と言われることで誰かの悩みと比べて自分の悩みは・・・と考えてしまうのは無理はないと思いますが、きっとモヤモヤするし苦しいのではと想像しています。
悩みの「大きい」「小さい」を考えると捉え方も感じ方も人それぞれですし、そもそも大きいから大変だとか小さいから大したことないという判断をされてしまう風潮があるこの社会に疑問を抱いてしまいます。本来であれば、「大きい」「小さい」など気にしなくてもいいはずなのにと。
あなたの経験談を読む色々な人たちの意識が少しでも変わったり、何か気づきのきっかけになれたらなと思いますし、すぐには難しいかもしれませんがあなた自身が何も気にせず相談できたりこうして書いてくださったように素直に思ったことを表現できるようになっていけたらいいなと思いました。