無気力の初投稿。

東京都 10代 女性

初めまして、中学生女子です。

最近精神状態が悪化してきたので書いてみようと思い来ました。子供の拙い文ですが何卒お願い致します。

私は幼い頃から両親の期待を受けて育ちました。明確な身体的暴力は無かったものの、少しでも父の気に障ることをすると怒鳴られたり殴られたりしました。人格否定は毎日で、次第に自分の意思を表さなくなりました。

母は特にそういったことはありませんでしたが、1度も助けてくれたことも庇ってくれたこともありませんでした。

両親も不仲で、家族みんなが顔を合わせる日曜日はいつも私の目の前で怒鳴り合いをしていました。そして小学2年生の時初めて死にたいという気持ちを抱きました。

また、幼稚園の頃から中学受験をして良い大学に行けと言われ続け、名前さえも受験時に画数が少なくて時間が取られないという理由でつけられたそうです。物心がついてくると自分が生きている理由も自分の価値も分からなくなり、小学校高学年になる頃には、自分は死ぬために生きているんだと考えるようになりました。それは今でも変わりません。

小学4年生から本格的な受験勉強を始め、たすます大きなストレスに晒されるようになりました。毎日頭痛、肩こり、腰痛に悩まされ、父には怒鳴られ否定される。まるで生き地獄でした。

結局第1志望は落ち、父に東京の中学を受験しろと言われ進学しました。やっと父から離れられると思いましたが、入学当初は毎日電話やLINEの嵐で苦痛でした。母にもしつこく電話をかけ、私の成績のことばかり聞いていたようです。母が嫌がって電話に出ないと私のスマホにかけ、それでも出ないと家の電話。本当に恐ろしかったです。

中学2年生になって明らかに精神に異常が現れ、鬱かもしれないと思い母に相談しましたが、運動しないからだとか怠けたいだけだろうと言われ相手にして貰えませんでした。

きっと母は娘が精神を病んでいるなんて思いたくもなかったのでしょう。

それでも押し通して精神科に行き、鬱と自律神経失調症だと診断され薬を服用することになりました。

次第に薬を服用しなくても情緒を保てるようになりましたが、入れ違いで身体症状が悪化し、友人とのトラブルもあって学校を休みがちになり、家出もしました。

今は父に無断で引っ越して学校にも行けていますが、それでも母との時間が多少苦痛ではあります。

ある時母に、あなたの声は高くて耳に響く、うるさいと何度か言われました。歌うことが好きで、自分の声はそれなりに大切に思っていただけに相当ショックで、そのせいかしばらく失声症に陥りました。

それでも失声症になったことを悲しまず、むしろ喜んでいる自分がいました。

自分の声が無くなれば母は私の声を聞かずに済むし、私も傷つかなくて済む。

鬱になった時もそうでした。鬱になれば、何か身体に負荷がかかるようなことをすれば、母はきっと心配して優しくしてくれると。

今考えてみればただのかまちょですが、当時の私は本気でそう思っていたのです。

でもそうはならず、私は面倒な子供としか見られませんでした。病気のことも好きなものもすべて否定されておしまいでした。

いま両親は離婚の話し合いの最中です。

やっと私にも少しの安らぎが訪れるのかもしれません。

でも私には夢もやりたいこともなく、小学2年生からずっと希死念慮が頭のど真ん中にあります。記憶もほぼ抜け落ちて、持っていたはずの意見も忘れてしまいました。

挙句幸せという気持ちなど1度も理解できたことがありません。

こんな人間の自分語りにも共感して下さる方が居れば幸いです。

長々と失礼致しました。

感想1

経験談を初めて送ってくださり、ありがとうございます。
育った家庭環境のことが詳しく書かれていて、まるで生き地獄だと表現されるのも頷けました。嵐のようだとも感じました。家出もした、とありますが、まだ落ち着いて生活が送れる環境は確保されていないのだろうと思います。生き抜くために、記憶や感覚に蓋をしている状態なのかもしれないと考えました。
あなたの声も痛みも人生も、他の誰にも否定されたり決めつけられたりすることはできないと思います。いつか機会があれば、あなたの好きな歌を聴きたいです。

感想2

暴力や暴言、教育などさまざまな形で投稿者さんの行動や言動をコントロールしようとする父親さんのもと、強いストレスにさらされて生活してきたのだろうと読みました。

他者やとくに自分の子どもになにかを期待することはよくあることのようですが、それによって本来その人がありたい姿を見失わせてしまうようでは、無意味であるだけでなく有害だと感じます。

投稿者さんは自分の状況を理解しようと努め、精神の状態を母親さんに伝えて病院に行くなど、できるかぎり対処をしてきたのだろうと思いました。でも、本当ならそのような苦労をする必要もないのに、状況がその苦労を強いてきたようにも思いました。

母親さんと父親さんは、不仲ということもあるようですし、どちらも自分自身に余裕がなく、それを投稿者さんにぶつけてしまっているのかもしれないと思いました。しかし、それは親であろうとやっていいことではないと思いますし、憤りを感じました。

投稿者さんがやりたいことや意見を見失っていることも、無理はないと思いました。それは安心できる環境のなかで、少しずつ育めるものだと思うからです。完璧に安心できるということはすぐにはむずかしいかもしれないですが、たとえばおいしいと感じられる食べものや聞いていると落ち着ける音楽などの中に、安心の種のようなものを見つけられるといいかもしれないと思いました。

また、死にトリではとりコミュのように気持ちを書き出せる場所もあります。よかったらまた訪れてみてください。