いじめ


神奈川県 女


小さい頃からいじめを受けてきた。環境が変わっても続き、どういう自分でいたらいいのか、どうしたらいじめがなくなり仲良く出来るか、辛すぎてそればかり考えて生きてきた。存在しているだけで、ムカつく、生意気、気に入らないなどと怒りをぶつけたり、敵意を向け避けたり存在無視されてきた。誰一人味方がいなかったので一人で立ち向かってきた。けれど立ち向かう度に周りは逆ギレ逆恨みし、大人達は私を咎めた。何が悪かったか聞いたり、相手の考えなど理解するよう努めたりもした。

けど何も変わらず、ある日、自分が分かってないだけで何かしたのか?と思い込むようになり、心が折れた。立ち向かえなくなり、自分を失い、人が怖く誰も信じられなくなった。自分を抑え人のいいなりになったり、色々な理由をつけて耐えて1日1日を凌いできた。

良い人や環境と巡り合えることもあったが、いじめの方が多すぎて精神はボロボロだった。今でも続いていて、どこかに住むことすら安心して住めないほど酷く、何回も引っ越した。

近所の集団いじめ。かなりの変わり者ばかり。挨拶したことがきっかけで、悪口を言いふらされた。相当酷いことを言ったようで周りも事実を確認したわけでもなく鵜呑みにし、姿を見ると走って逃げたり、警戒心むき出しにして睨んだり。不快を示したら、全員が逆ギレ逆恨み。

耐えられず、今は実家の近くではあるが引っ越した。そこの近所全員にも引っ越した時から酷い態度を取られ続けている。加害者の存在があると考えるだけで恐怖がつのり、なぜ一方的にここまでされ続けないといけないのかと涙が止まらないし、なぜ因果応報がないのかと恨みもある。加害者ばかりいる環境が本当に恐ろしいし、もう疲れきった。身体もストレスであちこち痛む。

また、私は生まれつき人の思いや言葉の持つエネルギーに敏感で、マイナスのエネルギーが飛んでくると、身体中に突き刺さる痛みを感じ体調不良になる。いじめになると更に酷く、引き裂かれような痛みを感じるため、敏感さは悪いことではないけれど、そういう面でも苦しみになった。マイナスの思いや言葉は毒針、時には刃物になり、自分や人を傷つけ生命力をじわじわ奪う。

今でもどうにもならない不安や恐怖を抱えて苦痛な毎日生きている。何があればその不安や恐怖から抜け出せるかわからずにいる。いじめから早く抜け出したい。

感想1
周囲の人たちからの理不尽な扱いにより、日常生活を落ち着いて送ることもままならない毎日が続いていることが伝わってきました。さらに体調も優れないことが多く、心身ともに疲弊している感じがしました。その中で「良い人や環境と巡り合えること」もあったとのことですが、その人や環境との関わりは今も続いているのかな?と気になりました。
また、あなたが昔から続けている好きなことやこだわっていることはあるのか、気になりました。そのようなもの・ことがあれば、他人の干渉から距離を取って、自分の時間を守りやすいのかもしれないと考えました。ただ、もしかしたら恐怖心や体調の問題などから、やりたいことや自分の望む生活スタイルを諦めることもあったのかなと想像しました。
今は、ネットを活用することで、人と少しずつ関係を作っていくことができたり、興味のあることをやってみるハードルが下がっていたりすることもあるように思います。音楽でもヨガでも塗り絵でも写真でもお菓子作りでも入浴法でも…なんでもいいので、気が向いたことを試してみて、自分が落ち着いていられる感覚を、ゆっくり探っていくのもいいのかなと思いました。

感想2
 不安や恐怖の苦痛から、何時でも何処にいても逃れられず、生命力を奪い続けている現実。加えて、そんな状況から抜け出したくて、考えられるあらゆることを尽くしても、味方もいなければ対処する方法もわからない。そのような安堵ができない生活では、一日一日がとても長くて辛すぎて、考えることも自分を否定することに偏りがちになってしまうかも知れないと思いました。

 投稿者さんは「生まれつき人の思いや言葉の持つエネルギーに敏感」と書かれていますが、いつも他人からのいじめという攻撃を受け続けていれば、感覚もさらに鋭くなっていくだろうし、痛みの苦しさも深刻になってしまうのも当たり前だと思いました。常に注意を払っていないことには、他者からの攻撃は不意の痛みになり痛さを強く感じると思ったからです。
 また、同じ刺激が繰り返されると感覚が麻痺して鈍くなることが、自分の経験上もありますが、歓迎しない痛みが繰り返されるという悲しみは、かけ算のように痛みを大きくすると思いました。経験談の冒頭にあるように「どういう自分でいたらいいのか、どうしたらいじめがなくなり仲良く出来るか」を投稿者さんはいつも考えてこられたのですから、失望の度合いは私の想像をはるかに超えるものだろうと考えたからです。

 投稿者さんをここまで追い詰めるいじめを、私は許すわけにはいかないと思いました。投稿者さんという人格を蔑ろにし、尊厳を奪い、存在を否定していると思いました。「良い人や環境と巡り合えることもあった」と書かれていることに希望を持つことができましたが、周りの人全てに加害者のような態度をとられては、心が折れ人を信じられなくなってしまうのも、残念だけれど頷いてしまいます。
 ただ、苦しみをもたらしてしまった「敏感さ」は、「悪いことではないけれど」とご自分の特性を肯定的に理解されているのを読んで、根拠は無いのだけれど、何か投稿者さんの考え方や生き方の「前向きさ」のようなものを感じました。きっと生きていく上での何らかの持ち味になっているのかも知れないし、何かに活用されているのだろうかと想像しました。

返信
◎感想1を書いて下さった方へ
辛さを理解して頂き、またアドバイスもありがとうございます。

良い人や環境と巡り合えたのは、もう何年も前で、今は関わりはありません。

そうですね、今までの人生では、恐怖や苦痛で色々なことを諦めざるをえませんでした。でも今は、新しい趣味として、最近登山を始めました。本当は車で国内旅行に行くのがとても好きなのですがコロナなので。気になる山を探してプチ旅行気分で登りに行くようになりました。

自然の中で気持ちが癒され、運動にもなり(運動は心身を鍛えると言われるので)、高い所から綺麗な景色が見られる。それが良いのと、今の生活環境から一時的にでも離れると、気持ちが落ち着くようになりました。最近はそのお陰か体の痛みは落ち着き始めています。

◎感想2を書いて下さった方へ
こんなにもよく理解して頂けたのは初めてで、とても嬉しかったです。ありがとうございます。また、感覚の敏感さについての感想を読みながら、まさにそうなんだと、ここまで分かるのかと驚きました。

ここまで追い詰めるいじめを、私は許すわけにはいかないと言う言葉が嬉しかったです。こんな風に言ってくれる人はいなかったです。

敏感さは私にとっては、不思議な力を貰ったと嬉しかったくらい。敏感さがあるから自分なんだと思っていました。マイナスエネルギーは、辛いですが、それはマイナスエネルギーがあるからで、敏感であっても、プラスエネルギーなら生き生きできる。そう考えているので、敏感さのせいにしたことはありませんでした。