何処に行っても何処に居ても…。

島根県 30代 女性


私は今まで何処に行っても独りぼっちです。
子供の頃、学生時代、社会人になってから、結婚してから。
私が悪いのかと思うくらい独りぼっち。
主人がいるから本当の意味では独りぼっちではないのかもしれません。
贅沢な悩みだと思う方もいらっしゃるでしょう。
ですが私は家にしか居場所がありません。
将来主人がいなくなれば本当の孤独が待っています。
それに私は耐えられるのか、生きていけるのか。
時々不安でたまらなくなります。
弱い自分が嫌になります。
もっと強くなりたい。

感想1
経験談、読ませてもらいました。
短い文章ですが、言葉にならない不安や独りぼっちへの恐怖のようなものを感じました。
それに加えて、独りぼっちになりたくないという強い思いも伝わってきました。過去、現在、未来に通じて、「独りぼっち」というものに対する特別な思いがあるように思いました。おそらく、あなた自身の中に一般的に使われる意味とは異なる、感覚的なひょっとしたら体験的なあなただけの「独りぼっち」があるのかな?考えました。
独りぼっちや不安に悩むことは「弱い自分」と表現され、「もっと強くなりたい」とおっしゃっていますが、あなたの文章からは弱さというより、私は何らかの強さを感じています。
何が強いのか、何が弱いのか、そして孤独も、深い言葉です。
死にトリのここチャットでそうした言葉の意味を深く探る会があるかもしれません。もし、よかったら、参加してみてください。

感想2
文章を読ませてもらいました。おそらく、ここでははっきり書かれていない気持ちもあるのだろうと思いました。
孤独であることと、孤独をイメージする(イメージして怖がる)ことは、少し違うのだろうだと思いました。
私は、孤独にたいして、どちらかというとポジティブなイメージを持っています。孤独であるからこそ、「自分の時間を大切にしてみようかな」と思えることもあるし、「誰かと一緒に何かをしてみようかな」という気持ちになれることもあるからです。
孤独をイメージすることがあるなら、反対に、孤独の少ない状態をイメージすることもあり得るのかな?と思いました。それらのイメージを頭の中で膨らませていったら、実際以上に、自分が孤独であるような気がしてくるかもしれないなぁと想像しました。
「家にしか居場所がありません」と言い切ってしまう状況は、不自由を感じそうです。あなたにとって家にしか居場所がないと思わせる原因が、この社会にありそうだなと思いました。