それでも生きる

20代 女


 皆、生きていたら何かしら辛い体験をすることがあります。人間社会はいつの時代も複雑で、良くも悪くも感情とやらに揉まれて生きるのです。そんな世の中から時に逃げ出したくなる時があります。それでも逃げ出す方法なんてないに等しく、常に仕事や学校、何かしら私たちにはすべきことが背後から追いかけてきます。離れられないし逃げれません。だから、私は逃げる一手段として、死があるとも考えます。
 私は尊敬する身近な人にこう言われたことがあります。自ら「死」を選ぶ人間は、弱き人間がすることだ。まして電車のホームから飛び降りる人間はいい迷惑だ、と。その時、私は心の中でこう反論しました。本当に自ら「死」を選ぶ人間は弱き人間のすることなのだろうか。では、なぜ日本の死亡する原因の第2位に「自殺」がくるのだろうか。そこには人間誰しも自殺する可能性があることを意味するだろうし、そうやって冷たく突き放す現代だからこそ、誰にも相談できず一人孤独で苦しんだ結果、死を選ぶしかなかった人々がいるのではないだろうかと考えます。
 私にも、自殺を試みたことが2度あります。まさに地獄のような日々でした。まず、1度目の死にたくなった出来事からお話します。
 当たり前のように生きること。学校や仕事に行って、毎日を過ごすこと。そんな当たり前の生活が大学生の私にはありませんでした。今日は何もありませんように、ただそれだけを毎日祈るように過ごしてきました。みなさんの平凡な生活はなんですか。私にとっての平凡な生活は、今日一日何も言われないこと。笑われないこと嫌なことをされないこと。目立たないこと。人前で失敗しないこと。そのためにできるだけ影薄く生きることを心掛けて生活していました。
 そんな風に生活しないといけなくなったのは、私が大学を入学して1年目の秋のことです。大学生活にもようやく慣れ、アルバイトも初めて、お友達も何人かでき、まさに大学生活をこれから楽しむぞって時に、私にとって人生史上最悪の、地獄のような日々が突然訪れました。
 それは通学中の電車に乗った際に起きました。同じ大学の学生であろう上級生のカップルが私の目の前に乗車していました。
私はいつも通り電車の席の端っこに座り、俯きながら考え事をしていました。その時、当然携帯のカメラのシャッター音とともに大笑いする声が聞こえました。笑い声があまりにも大声だったため、私も思わず上級生の方を見ました。すると、私の方向を指差しながら、「やば~い。こんなブサイクなヤツがいるなんて(笑い声)。○○に似すぎてる。ブスすぎる(笑い声)。」明らかに私のことを揶揄していました。そして笑いながら目の前でいじってきました。私は冷や汗と同時に、何が起きているのか一瞬戸惑い、訳もわからず頭が真っ白になりました。なぜ私のことを揶揄しているのかわかったかというと、私が中学、高校の時にも似たようなことを言われたことがあるからです。今までそのように容姿のことで馬鹿にされ、ネタにされたり、面白がられたことはありましたが、写真を撮られたことは初めてだったため、どうしたらいいか分からずにいました。それでも、さすがに写真はプライバシーの問題もあると思い、勇気を出して消してくださいと言おうと決意しました。
 しかしその瞬間、電車が停車し上級生はそそくさと降りていってしまいました。私もすぐ降りて追いかけましたが、見失ってしまいました。その時私は、この写真が広められたらどうしよう、でもまさかそんなことあるはずないと思いました。だって大学生と言ってももう大人だし、そんな幼稚なことするはずないよねって。写真を広められたとしても身内だけだよねって。だからあまり気にとめないことにしました。それが後に、私の地獄の始まりとなることをこの時の私は知る由もなかったのです。
 瞬く間に私の顔が大学中に広まり、ネタにされました。どんな被害を受けたかというと、通りすがりの悪口、大きな笑い声、蔑むように笑いを堪えながら私を見ること。写真を撮り、笑いながらネタにすること。公共の場での大声の悪口などです。ひどい時は、私が目の前にいるにもかかわらず、「不細工がリップなんか塗ってたよ、あの〇〇に似たヤツがいる(笑い声)。あまりいじったらかわいそうだよ。あの顔でも生きてるんだから。」そう言って笑っていました。毎日どこかで、通学中や講義の時、大学内を歩けば必ず言われるようになりました。当時の私はそれでも耐え、知らぬ顔をして、まじめに大学の授業を受け、アルバイトに行くという生活を淡々とこなしていました。容姿のことというのもあり、誰にも相談できなかったのです。まして親に言えるはずもない。いつか終わると信じて、ただ耐えることしかできませんでした。
 しかしその願いは叶わず、私の顔は大学内のみならず、世間一般にも瞬く間に広まりました。ついに、大学から離れた駅でも見知らぬ人に大笑いされ、大声での悪口、無断の写真撮影。電車に乗ればかわいそうだねと皮肉たっぷりに蔑まれ笑いのネタにされる。どこに行っても何をしてもいじられる。その結果、極度に人間不信になり、私は徐々にこう考えるようになりました。今私と話している人は何を思っているのだろうか、きっと私の顔を見て笑いを我慢しているに違いない。一緒にいてくれる友達でさえも、私と一緒にいたら笑われるよ。恥ずかしい思いさせてしまっているのではないかと。次第に大学に行くことさえ辛くなり、極度に人を避ける行動を取るようになり、昼ごはんは大学のトイレでパパっと食べ、授業は出席必須でなければプリントだけとって帰る。電車は人混みをさけた時間帯にのり、図書館に残り帰りをわざと遅くしたり、逆に早く学校に行っていました。とにかくどうやったら人と接することなく生きていくかだけを常に考え生活してました。
 結局その生活も長くはもたず、人間が極度に怖くなり、相談できる人も身近におらず、孤独で辛く耐えることができませんでした。逃げ場を失った私はついに大学を無断で休み、家族にも何も言わず、一人で自殺することを決めました。苦痛から開放される方法がそれしかありませんでした。
 そこで1度目の自殺を試みます。人里離れた場所で、崖から飛び降りようと試みました。いざ、飛び降りるとなると、足がすくみ震え出し、飛び降りようとしてもなかなか足が進まなかったです。どうしようもできない辛さから、ただその場で泣き崩れ、しばらくの間ずっと泣いていました。辛くてたまらなかった私は、中学生の頃から仲のよかった友達に勇気をだして連絡をしました。どうしたらいいかと正直に話しました。そしたら私の友達も同じく泣きながら、辛さを分かち合ってくれて、どうしたらいいか一緒に考えてくれました。そして、的確にアドバイスもくれました。その時、もう一人じゃないと実感し、自殺することをやめました。  
 それからの私はどうせ死ぬ勇気もないし、死ねないならいっそ楽に生きる方法を、できるだけ苦痛から逃れる方法を模索しました。
 まず、親や大学でいつも一緒にいる友達に正直に勇気をだして相談しました。そして、イベントごとは一切でず、授業も極力出席せず、テストだけのものや課外授業で単位を取りました。その甲斐もあり、上位成績者で単位を一度も落とすことなく、無事卒業することができました。この出来事は今もなお、私の心の奥深くに大きな傷として残っています。人間不信、恐怖心は未だ拭えず、自己肯定感が低いのもこの出来事が一要因です。それでも心の傷を抱えながら今も生きています。
 2度目の死にたくなった出来事は、社会人1年目の春でした。社会人にもなり、大学時代のいじめの環境から離れられたこと、仕事に追われていたこともあり、それなりに忙しく充実した生活を送っていました。その頃、大学時代に働いていたアルバイト先の後輩と仲良くなり、映画を一緒に観に行きました。その日、相手からの告白により付き合うことになったのです。
 しかし、それから相手から連絡が途絶え2ヶ月後にあっさり振られました。私にとって人生初の大失恋でした。そのことをきっかけに、綺麗になって見返してやろうと考えた私はダイエットを始めました。ちょうどコロナで自粛生活ともいうのもあり、新たな趣味としてもいいかなと考えました。
 毎日努力した結果、目標体重までなんなく達成し、なんとも言えない達成感と自信がつきました。それから目標を達成してもダイエットをやめず、段々と仕事で得られない満足感を得るため体重の数値にこだわりました。さらに家族とのコミュニケーション不足や不仲、友達と会えない孤独感、社会的要因もあり、ダイエットにのめり込みました。
 それにより健康診断でひっかかってしまい、次第に心臓の動きが悪くなり、駅まで歩くことさえやっとのことでした。思うように食べれなくなり、仕事が増え始め、失敗が許されない恐怖やストレスの吐口に食べなくなり、毎日泣きながらそれでも耐えることが辛くなり、体重はすでに20キロ近く落ちていました。この時の私も誰にも相談せず、一人苦しみ抱え込み、また自殺することを試みたのです。
 これが2度目の自殺しようと思った出来事です。前回、飛び降り自殺が失敗したため、今回は首吊りならできるだろうと、ベルトを持ち出し、自殺を試みました。
 しかし、やはり怖くてたまらなかったのです。死はなぜここまで怖いのか。またただ泣き崩れるしかなかったのです。今回も死ねずにいたら、その日の晩、母が不意に動画で桜の映像を流したのでした。綺麗でした。綺麗すぎて見惚れてしまうほどでした。その時、私は死にたくて山々だったのに、こんな綺麗な桜を見ないで死ぬのなんてもったいという考えに至りました。案外死にたいはころっと生きたいに変わるのだと実感した瞬間でした。本当は死にたいのではなく生きたいそう考えた私は、今食べられない問題を病気ではないかと母へ勇気をだして相談し、一緒に病院へ行きました。診断結果は「神経性やせ症(拒食症)」でした。毎日2時間も眠れず、精神的に追い込まれ鬱状態になり、心臓も普通の人の半分以下しか動いていない状態です。
 もうすぐ治療して一年が経つ今現在も、私はこの病気と闘っています。また戻した体重を減らしてしまい、現在も頭と心の不一致で苦しんでいます。それでも、どんなに辛い状況でも、何度地獄へ落とされても、私は諦めていません。
 今、私と同じく苦しんでいる人が一人でもいるなら、過去からの傷で苦しんでいる人がいるのなら、私はその方々にこう言いたいです。一人じゃない、決して一人じゃないよ。もし私があなたのそばにいるのならそっと優しく抱きしめて、大丈夫、もう大丈夫だから。一人で抱え込まないで、一緒に乗り越えよう。何度打ちのめされたって、私たちには心の奥底に、どんなに傷つけられたって壊れない、壊されない光がある。死ぬ前に一度立ち止まり考えてみてほしい。死にたい状況に立たされて辛い時、その時は逃げてもいいし、現実から一旦離れたっていい。人生の寄り道をしたっていいじゃない、完璧じゃなくたっていいんだよ。助けを求めることも大事だよ、と今なら言えます。一緒にこの世知辛く、どうしようもない社会を生きていこう。仲間がいれば大丈夫。そう声をかけてあげたいです。
 最後にこの言葉で締めくくりたいと思います。世界には美しい世界がたくさんあって、私たちがまだ知らない素晴らしいこともある。辛い時は吐き出して、偽りの自分ではなく、本当の姿の自分を曝け出して。今、一人で苦しんでいるのなら、どうか助けを求めて欲しい。あなたは愛されるべき人間なんだ。大切にされるべき命で、たった一人の大切な人間なんだ。誰でもそれぞれ闇を抱えて生きているけれど、それでも人によって抱える闇は違うだろうし、辛さも違う。だから辛さを人と比べないで。私たちは今もよくやっている。だから耐えるべきだ、助けを求めてはいけない、相談しないってことだけはしないで。あなたが死ぬことを私は全く望んでいない。この投稿で、一人でも多くの人が勇気づけられたらと願います。一緒に乗り越えましょう。

感想1

経験談の投稿ありがとうございます。容姿に関する誹謗中傷と失恋が、大学生活から今にかけて、あなたに強く影響してきたのだなと思いました。

容姿に関する経験は、あなたに「平凡な生活は、今日一日何も言われないこと」といわしめるほど、常にだれかからの攻撃をおそれなければならない恐怖をもたせたのだなと解釈しました。また、失恋に関する経験が、あなたの心と体を生きたいと死にたいにバラバラにしているのだなと思いました。

 経験談を読んでいて、「頭と心の不一致で苦しんでいます」との言葉がありました。頭は「生きたい」心は「死にたい」の矛盾で苦しんでいるのかなと想像しました。そこで、何度も読んで考えてみたのですが、もしかしたら「不一致」ではないとも解釈できるのではないでしょうか。死にたいと生きたいは反対の感情ではなく、同時に存在しうる感情だと、私は考えているからです。そのため、生きたいけど体重が減っている状態は、あなたの生きたいけど死にたい感情をありのまま表しているのではないかと感じました。と考えてみたのですが、変なことを言っていたらすみません。

 経験談の序盤に「孤独で苦しんだ結果、死を選ぶしかなかった」とありました。自殺が選択肢がなくなって逃げられず追いつめられた先にあるとするなら、反対にいうと、選択肢が複数あって選べる状態であれば、自殺は起こらないのでは?と考えました。選択肢を保証するために、なにか思いつくことがあれば教えてほしいなと思いました。もしよかったら、あなたにどんな選択肢があればもっと楽だったか、知りたいです。

感想2

経験談を読んで、都市的な生活感(生活観)をイメージしました。慌ただしく流れる時間の速さ、人口密度の高さなどです。多くの人たちが同じ街で暮らし、働き、学びながら生活しているからこそ、他者を気に掛けることが必要なこと、それに助けられることもあるのだろうと想像しました。そしてあなたはそういった気遣いをできるだけしようとする真面目さと思いやりを持った方なのだろうと私は思いました。
崖の上まで行ったとき、中学時代の友達に連絡して話をしたことには、尊敬の念を持ちました。

孤独感と自信の低さのようなものが根底にあって、二度の自殺という選択に向かわせてしまったのかなと考えました。
過去からの分も含めて様々な感情が内側に溜まっているけれど、それは取り出すのも大変で、放置されがちになっているのかなぁと考えました。安全な形で、感情を放出できる場や方法が、これまで周囲にあまりなかったのかなと思っています。
また、感覚的な刺激の強さを求めて、体重をコントロールすることに繋がっていったのかもしれないなと考えました。
思考が両極端になる傾向があるのかなとも想像しています。自分の感情やささやかな感覚、それらを成り立たせている人や物事のことを、信用しづらいため、より明確で分かりやすい目標や目的の方を信じて、目標や目的に支配されがちなのかなぁと。それも自然な在り方だと思います。

「世界には美しい世界がたくさんあって、私たちがまだ知らない素晴らしいこともある。」
これは本当にそうだなぁと思います。ただ、それを感じ取る余裕、力が弱まっていることがあるだけなのだと思います。いつでもまた思い出せるはずだと思います。私も、私がまだ知らないことを知りたくて生きているのかもしれません。
今この世界のどこかで一緒に生きていることに感謝します。

返信

感想1について。
「死にたいと生きたいは反対の感情ではなく、同時に存在しうる感情」とありますが、私は今まで死にたいと生きたいの感情は別々に存在し、どちらかが自身の中でその時受ける影響により存在が大きく左右し、頭と心を支配するのだと感じていました。それが同時に存在しているとは思いもしませんでした。しかし、今の私は本当は頭では「生きたい、健康でいたい」と考えますが、心ではどうしようもない現実から逃れたくて「死にたい」になっているのだと気付かされました。
 世知辛い世の中や人の心など自分ではコントロールできない現状より、安易に目に見えてコントロールできて達成感の得られるダイエットに依存したのかなとも思いました。なりたい自分がいるのに、理想とする自分と現状の自分とのギャップに苦しみ、挫折し、変わることを恐れています。今のままなら自由はないけれど、安心安全で、誰からも傷つけられることはありません。今の痩せている状態は苦しいけれど、病気であれば構ってもらえて寂しさや孤独を感じずに済みます。また、傷つきたくない心が私を安全な場所に閉じ込めています。それに、自分らしく生きることが相手にどう思われるかが怖いというのもあります。

「自殺」を選ばず、もし他の選択肢があったとしたらどんな選択肢かについて。
 一番大事なことは人との繋がりです。身近に心許せるなんでも相談できる人がいて、相談することができていたならば、ここまで追い詰められなかったかもしれません。ネットでも「死にトリ」さんのような居場所があることがもっと知れわたってほしいです。そこでまず相談できれば心が軽くなると考えますし、利害関係のない第三者の方が話しやすい場合もあるからです。また、学校側も心のサポートという面で、例えば授業を学校に行かずに受けれるようにするとか、教室を別途用意して受けるなどの対策もあってもよかったのではと思います。私は学校にも相談しましたが、学校は学校の評判だけはネットでよく監視していたにもかかわらず、いじめについては何も関与せず厄介払いしました。そこに悔しさと無念な気持ちでいっぱいで辛いと言葉に出せないほどでした。いじめの事実関係を明らかにすることは難しいです。ですが、いじめを受けた本人がそう言っているならば、せめて調査するなり、信用して一緒に解決するための策を考えるなり何かしらの歩よりをしてほしかったです。いつだって多数派が勝つこの世の中が憎いです。いじめられた本人が耐えなければいけないこの現状が辛いです。
 多方面からの支えがあればあるほど、周りに1人でも多くの支えがあれば、1人孤独に苦しみ悩まず、極端な選択肢をとる確率はぐんと低くなると考えます。


感想2について。
 私は都市部の慌ただしい時間と人の流れの中で生活してきました。自殺できず、中学時代の友人に連絡したことは、死ぬこともできない自分自身に絶望し、もうどう思われたって構わないと思い連絡しました。いじめられた記憶、傷ついた過去、失恋、家庭問題など様々な辛い記憶をずっと溜め込み今も引きずっています。人の記憶は幸せよりも辛い記憶が色濃く残るのと同じで、私も辛い記憶だけが残ってしまいました。それに加え、我慢強く、感情を外に吐き出すのも苦手というのもあります。人を信用すると裏切られるのが怖いし、人の心は私にどうしようもできません。私も感想を書いてくださったあなたと同じ意見で、明確に且つ揺るぎない数字を信用し支配されました。弱った心と体では、本来人間が生きる上で大切な幸せを感じる余裕は弱まります。生きる目的は人それぞれですが、私たちはいつだって幸せを求めて生きているのだと思います。美味しい食べ物を食べて、綺麗な景色を見て、好きな人と一緒に楽しく会話して時を過ごすこと。そういった人間らしい幸せをまた感じとり、生きていきたいです。限られた時間の中で、老いて死にゆく運命だけれども、その時間の中でどれだけ多くの幸せな記憶を作り、探究し、心を成長させることができるかが大事だと考えます。 
 私の長々した文章を丁寧に何度も読んでくださり、また感想も書いていただきありがとうございます。私に気づきを与えてくださって、心より感謝いたします。私もどこかで一緒に生きるあなたがいることに感謝いたします。1人じゃないということが感じれたいい機会でした。本当にありがとうございます。