我が子を救いたい


学校辞めると、生きづらいから、もう死んでしまいたい、と、気持ちを話してくれる。
学校辞めると、家にもいづらいから自殺したい。
まだ18歳。やり直しだって、いつからだって出来るよ。
お願いだから、死なないで。
私は、あなたを守りたい。
お願いだから、家があなたの居場所。何があっても帰ってきてね。

感想1

まだ18歳のお子さんが言い出した「死んでしまいたい」のことばは、投稿者さんにとって大きな衝撃を受けたことばなのだと想像しました。

はっきりとした意味のあることばですから、聞いた人はその字面通りに受け取り、ことの重大さに驚いたり怯えたりする可能性もあると私は思いました。

親としての自分の身に同じことが起こったとしても、おそらく投稿者さんと同じことを願い同じことばを口にすると思いました。

「死なないで」は「救ってあげたい祈り」に近い意味を持つものだと私は想像しています。たとえそれが祈りでも、ことばとしての意味があります。

相手にことばの意味だけを拾い上げられてしまうと、こちらの祈りが伝わらないばかりでなく、強要とも受け取られかねない危うさも潜んでいそうです。

「死んでしまいたい」と思ったり伝えたりすることさえ許されないのか!と相手に解釈されそうで、自分ならばどうできるのか、ますます迷ってしまいました。

でも、最後の「何があっても帰ってきてね」の一言で、我に返った気がしました。我が子に全ての自由を委ねた上での提案なのだと感じたのでした。投稿ありがとうございました。

感想2

文章を読み、今のあなたの「お願い」を端的に表現されていると思いました。この思いを誰かに伝えたことはあるのか、それとも今回初めて表現されたのか、気になりました。また、私の勝手な想像ですが、あなたが自分自身を救いたい気持ちもあるのだろうかと考えました。

「救う」という言葉から、境界線が思い浮かびました。ここまでが安全でここからが危険という境界線があって、「救う」は安全圏に留めたり引き戻したりするイメージがあります。あなたの考える救いとは、どんなイメージなのでしょうか。

「学校」にも「家」にもドアがあるなと思いました。ドアは外から中に入るため、中から外に出るため、両方の役割があると思います。その使い方は自由だったらいいなと思います。あなたはドアを開けて中に入るか、外に出るか、どちらの方が好きですか…?(質問は答えなくても大丈夫です。)