息をしないで雨をしのぐ

静岡県・20代・女性


中学一年の冬に自殺未遂、17歳くらいの時に精神科に一ヵ月入院、通院…
そういやなんで通院始めたんだっけ、覚えてないなあ。

明確に自分自身が歪むきっかけは10歳の頃だったかな。
当時片想いをしていた男の子を、親友だと思っていた女の子にとられたこと。
意味が解らなかったのはその元親友いわく「これはN(私の本名イニシャル)のためなんだよ」って言われて悪びれもしていなかったこと。
元親友は、片手で数えるくらいしかいない友達の中でも特に仲の良い私をモテモテ男子に取られたくなかったらしい。「あんな男なんか好きになってたら不幸になるよ」なんて言われたような気がする。今思えばヤンデレな発言だな、こわ。

通院する前までは、過食症ばりにたくさん食べて、高校の保健室で眠れずにいたりと迷惑ばかりかけたな。結局高校も一年足らずでやめて、通信制の高校へ行った。
「嘘をつくな」と主に両親からはよく言われてきて、私は頷いていたけれど。
「私に嘘をついてるくせに、私には嘘をつくなって言うんだ…」と思っていたし今も思っている。今は私に対する面倒くさいものを見るような目を隠していないから、それはそれでつらいものがあるけれど。身から出た錆、過去に自分がやらかしてきたツケ。私に何かを言う資格もない。

13歳の中学生の冬の時期…自殺未遂の理由はよく覚えていない。ただ(生きるの)めんどくさいなあなんて思ってたことしか覚えてない。
でも友達に「自殺未遂したんだ」って私が伝えたことを知った母が「あんた馬鹿じゃないの」って言って、母が運転していた車の中で震えていた。
「そんなに死にたいなら一緒に死んでやろうか」と言われて、車を崖というか、とりあえず車ごと落としてやろうとしていた母。その時私が震えて泣いていた理由を母は勘違いしたままだろうな。

私があの時泣いていた理由は「死ぬことが怖かったから」じゃない。
「お母さんと一緒に死ぬとか絶対嫌なんだけど」の涙だったんだよ。

私を勝手に産んだひとと一緒に死にたくなんかなかった。というか私は死ぬときはひとりがいい。
家に自分一人でいる時に放火して、放火自殺をしてやろうって思ってる。実行することはないだろうけれど。
父にはどういう経緯で言われたか覚えていないけれど「君にはがっかりだよ」って言われたことはよく覚えている。
姉はもう何度連絡をしても返事をくれない。私の連絡を見てくれているどころか、生きているのか死んでいるのかもわからない。
兄は相変わらず私が気に食わない様子。家にいるとあの様子だし、自分よりも兄がちょっと心配。家でそんな舌打ちばっかりして、楽しいことできてないんじゃないかなって。
…まあ、私がそう言ったって「お前に心配されたくない」って返されたけれど。

環境が命を救うし環境をつくるのは人間で。
人間によっていくらでも人は死ぬし生まれ変われる。
私は死ぬことも生まれ変わることも生きることも許されないまま、息をしないまま雨水をしのいでいる。

息をするかどうかまでは私の意思でしか決められないこと。
雨水をしのぐ屋根を作るのは周りの人達だけれども、私の頭上にある屋根はどうも粗末なつくりで雨水をしのぎきれていない。

きっとこのまま凍え死んでも誰もこっちを見ることはない、知ることもない。
そう思っているから、ひとりきりで死のうと決めている。
放火自殺、今の時期にやればきっとよく燃えるだろうな。よく燃えれば、この世に存在する私の思い出も心も、全部燃やして灰にしてくれる。

私がこの世に生きていたことを、この世に未練がましく残していたくない。
私の家族は思い出を目にすればするほどつらくなるタイプだろうし。家族以外の人達があなた方を慰めてくれるんだから、それでいいじゃないか。
そうして死ぬまで、私のことなんか忘れてしまえ。

罪悪感なんて覚えなくていい、罪悪感を感じるくらいだったら今この瞬間に私を助けてくれよ。
冷たい雨のはずなのに、燃えた心を冷やしてはくれない。
だって、私はもうとっくに燃え尽きた燃えカスに過ぎないから。

星屑みたいに輝けるかな。

感想1

なにかに語りかけるような、けれど一人つぶやくような感じもする文章だと思いました。ひとつのことを説明しているというより、言葉から言葉、考えから考えをつないでいっているようだと思います。

私はついつい考えることを一つのまっすぐなもののように思ってしまうことがあるのですが、本来、人の思考は変化し続けながら認識されるのだろう、と読んでいて感じました。

具体的な状況や背景はわからないですが、投稿者さんがこれまでに感じてきたことや考えてきたことを率直に書いているように思いました。

家族と呼ばれる人たちとの関係は必ずよくないといけないようなものではないと思いますが、他の人との関係があまり十分でなく、またむずかしい関係の中から離れることがむずかしい状況であれば、不和が心身に与える影響は大きくても当然のように感じました。

中でも「君にはがっかりだよ」という言葉はとくに気になりました。期待してそれが叶わないことは、投稿者さんの問題というよりは父親さんの中のテーマだと感じますが、言うほうも言われたほうも、言われた側のことだと感じてしまいやすいこともありそうだと思いました。

私は実際の建築には詳しくありませんが、雨風をしのぐには、屋根や壁や床やそれらを補強して安全性を高める資材、そしてそれらを適切に隙間なくつなぎ合わせるための技術や工夫、それを実際に行う人員が必要なのだろうと思います。あるいは一時しのぎだとしても、丈夫なテントがあるといいのかもしれません。そういうものを心に持つには、たしかに環境や他者の協力が必要だと感じました。

すべての人に雨風をしのげるあたたかい場所があり、そこでだれもが安息の時間を過ごせることを願いますが、それはむずかしいことかもしれないと、自分自身の過去や現在を考えても思います。

いま雨風がしのげても、いつ壊れるかわからないと思えば不安になるかもしれません。修繕する方法がわからなければ、途方に暮れるかもしれません。

つい想像が広がって、比喩に比喩を重ねてしまいました。見当はずれだったらすみません。

死にトリはインターネット上の場所なので、物理的な雨風をしのぐことはできないですが、安全に生きていくこと、安心して人と関わることについて考え、模索し、実践しているところでもあります。経験談を送ってくださったことで、考えるきっかけ、模索し続けようと思える力をもらっています。投稿してくださってありがとうございました。

またこれからも、ご自身の気が向いたときに死にトリに参加してもらえたらうれしいです。

感想2

「迷惑ばかりかけた」「やらかしてきた」とありますが、私はあなたが大人たちにそう思い込まされてきたのではないか、と思ってしまいました。

あなたは今までも星屑みたいに輝いていて、ただその存在に気づく人がいなかった、もしくは周りの人は気づいているのに気づかないふりをしていたのではないか、と思いました。

自分の存在について知ることができるのは、自分の存在を認めてくれる人がいるからではないか、と思います。ですが今、息もできないところにいたら、燃え尽きた灰のようにしか感じられないのだろうなと思います。だから今も今までも輝いていたと思う、と言っても綺麗事に思われるかもしれません。

学校の友達に話したことが、親に勝手に伝わってしまうのは、とても怖いなと思いました。先生が勝手に伝えたのだとしたら、身勝手な振る舞いだと思います。

「車ごと落としてやろうとしていた母」の行動も、あなたに対してとても身勝手なものだと思いました。母親さんは冷静に考えることができない状況だったのだろうと思いますが、そこにあなたが巻き込まれるのは理不尽だと思いました。

今も親と同じ空間で生活しなければいけないことと、これまでの経験の両方に、苦しめられているのではないかと思います。

死にトリに参加しているような多くの人にとって生きるための基本的な環境が整っていない現状の中で、なんとかできそうなことから手を付けるか、気づかないふりをするのかは、今生きている私たち一人一人の学びと実践に左右されるのだろうと思います。今すぐ大きくて頑丈な屋根を造るのが難しそうでも、とりあえず傘や温かい上着を用意するとか、少しでも苦痛を和らげる方法を試しつつ、同時に長い目で見て、屋根の設計を考えたり材料を集めたりすることはできるかもしれないし、私も試行錯誤したいと思います。

そうしていくためには、まず現状を語り合い、何が必要か、どのように支えあっていけそうか、一緒に考える必要があるのだろうと思います。これからも死にトリで一緒に考えたいです。