僕が今まで悩んだこと

栃木県 15歳(高一) 女


私は小4ぐらいから消えたいと思うようになりました。(現在高1)
小4でいじめに会いました。菌扱いされたりして辛かったです。私は覚えてないのですが、母親が言うことには、唾をかけられてカピカピになって帰ってきたこともあったそうです。私の通っていた小学校は小さいのでクラス替えもなく、いじめは続きました。
中学校に進学してもクラスメイトは小学校と同じ人たちでしたが、いじめのターゲットが変わりました。でも、私はそれにすら耐えられず、ストレスが体にも影響を出すようにもなり、毎朝吐きそうになりながら登校しました。親も学校を休ませてくれずやりたくもない部活もやらされ、辛かったです。
そんな中、私は初めて恋をしました。しかし、それが新たな悩みの種でした。なぜならその子は同性だからです。同性を好きになってしまった。私は変なやつだ。それで私は自分が嫌いになりました。
そして今、高校生になりキラいなやつとも離れ新しい友達も出来ました。だけど楽しくないんです。理由もなく落ち込みます。
もう一生楽しく生きられないのかもしれない。今はそう思わずにはいられないです。

感想1

ご自分のことが嫌いになってしまった理由が、同性を好きになることが変だからとのこと。多数派の人たちから見ると少数派の人たちは違って見えるかもしれません。でも違うことは間違いではないですし、ダメなこと悪いことでもないと私は思っています。

投稿者さんは小学生の時にいじめに遭い、中学校でもいじめを見聞きしてはストレスを抱え体調を崩されていたことが綴られています。親しい人をつくり一緒に楽しめる年代を奪われてしまったので、ご自分への評価が低かったり落ち込んだりされるのかなと想像しました。

いじめは暴力ですから、そんな暴力にさらされた過去の体験は、今の生活にも負の影響を与え続けているのではないかと考えたのです。私の勝手な考えですので間違っているかも知れません。そして落ち込んでしまう理由もわからないと不安も募り、一生楽しくないかもしれないと思ってしまうのだろうと推測しました。

でも人を好きになれることは素晴らしくて素敵なことだと私は思います。興味深いとか美味しいとかあるいは楽しくないとか、日常の些細なことにも感情を持てることは、生きているからに他ならないと私は思うのです。

「楽しく」の意味するものは多様と思うので的外れかも知れませんが、この死にトリのサイトが投稿者さんが楽しみを見つけたり、悩みをほぐしたりする何らかのきっかけになれたら嬉しいです。

感想2

経験談を投稿いただき、ありがとうございます。

中学校では体調が優れずとも親は休ませてくれず、部活もさせられていたとありましたが、こころもからだも休めなくてつらくなってしまうのも当然だと感じました。休むことが必要な時期もあると思うのですが、少しでも立ち止まることを許さない雰囲気があったりするのだろうかと考えました。

同性を好きになることが変なことだとは個人的には思いません。同性を好きになるのはおかしいという雰囲気が社会や周囲にあって、それが投稿者さんに覆いかぶさっているのかなと考えました。人を好きになって、でも自分は嫌いになるような状況が社会にあるとしたら、幸せじゃないなと率直に思いました。

もう一生楽しく生きられないのかもしれないし、そう思わずにはいられないと最後の文章にありました。意識のある時間において学校で過ごす時間が多いからこそ、学校でつらいことがあればそのダメージは大きく、楽しく生きられる気持ちが起きなくなることにつながっても不思議はなさそうだと考えていました。それに、過去のことであっても学校という環境にいれば無意識に思い出したりしてしんどくなることはありそうだなと個人的には思います。

ほんとうは学校しか世界がないわけではないのに、学校という存在が大きすぎてそのほかの場所を見つけたりするのは難しい状況にあるかもしれないと考えさせられました。

感想3

あなたの文章から、学校が、心身を崩すほどストレスが大きすぎる場所になっている現実が伝わってきました。学校って何なんだろう?安全に暮らし、一緒に学べるところではないのか?と疑問が浮かびました。

また、これまでの日本の学校制度では、中学校までは住んでいる場所によって行く学校が一つに決まってしまい、嫌でもそこに行くしかないのだろうと思います。そうではなく、いくつかの学校の中から、行きたい学校を自分で選べる(途中で変えることもできる)制度にするのはどうだろうかと考えました。少し調べてみたところ、地域によっては「学校選択制」を導入しているところもあるようですが、誰もが気軽に使えるほど広まっているわけではなさそうです。

ただ、今の世の中では、そもそも人を育てることが重要なことだという認識が少なかったり、安全に暮らし学べる学校づくりには何が必要なのかという議論が足りなかったりしそうです。その結果、人を育てることに資源や知恵や時間が十分に充てられていないという課題もありそうだと思います。

これまでのあなたにとって、学校が、世界の全て、とまではいかなくても、かなり大きな影響を与えていたのだろうと思いました。学校以外に、人と関われて一緒に遊んだり学んだりできる場があればと思いますが、そうした場は少なかったのかなと想像します。もしそういう場があっても、アクセスする気力や体力は残っていないほど学校で消耗させられていたのかなと思います。

恋愛って、どんな形でも、自然といえば自然だし、変といえば変なのかな…と私は思いました。変というよりは、不思議かもしれません。そもそも人の感情は、どれも不思議なものだと思います。好き、嫌い、辛い、楽しい、嬉しい、悲しい、虚しい…。どんな時に、どんな感情が生まれるかは、自分や他の誰かがコントロールできるものではないと思います(その場の環境によって感情を左右されることはありそうですが)。だから、どんな感情を抱いてもいいし、あなたの恋愛感情も、否定する必要はないと思いました。

どんな環境で、どんなふうに過ごせたら、自分が楽しいと感じるのかは、自分でもあまりわからないものなのかなと思います。ただ、他の人にとって居心地のいい場所が、自分にとっても居心地がいいかどうかは分からないように、環境との相性は関係がありそうです。その相性を探るには、多少時間がかかることもあるのかもしれません。意外なところで、意外な楽しみの発見があるかもしれません。あなたがその時その時に抱く感情を(必要以上に)閉ざさずにいられたらいいのかなと思いました。