生まれた時から異物だと振り返って知った

北海道・30代・女



生きるのが辛いと明確になったのは中学生の頃から。小学生の頃から人と何かが違うと感じながら過ごしていましたが、中学生になると今まで通っていた小学校より人数がグッと増え、周りから浮いている存在だった私は次第にクラスから奇妙な目で見られるようになりました。
そんな中で掃除をサボる人達について担任に相談、翌日からイジメのターゲットに。友人と思っていた人達も離れていき毎日陰口や仲間外れ、物を盗まれるといったこともありました。学校を休みたくても家の状況も両親の不仲や母親と姉の怒鳴り合いがほぼ毎日で居場所がなかったです。相談もできず自分の体を傷つけることで憎悪などの感情を殺す日々が卒業まで続きました。
高校では仲良くなれた人もいましたがそれでも居心地の悪さは変わらず。社会人になってからますます人間関係で悩むことが増え、怒鳴られるばかり。「なぜ、他の人と同じようにできないのだろうか?」「自分はどれだけ苦労しても報われず、労せず生きている人達はあんなに楽しそうなのだろう」と妬み、自分の体を傷つけ死にたいと思いがさらに色濃くなっていきました。心療内科に通おうと考えましたが家族からは「お前のはただの甘えだ」と断言。学生の頃からあった憎悪が、家族も周りの人間も私のことを道具としか見ていないと思ってしまい、いつしか殺意という感情に変わってしまいました。
数年前に職場でパニックになり殺意が爆発しそうになった頃ハローワークの方から発達障害ではないかと言われ受診し、ASDのグレーゾーンで二次障害のうつ病と診断。発達障害について本やネットで情報を得る中で『発達障害は遺伝性の脳の機能の障害』信憑性は定かではないですが『認知症のリスクが高い』という内容までありました。家族や親戚で発達障害と診断人はおらず、考えられるのは父親からの遺伝ではないかと思いました。
私は母親の不倫によって生まれた子(不倫相手も妻子持ち)で他のきょうだい達とは違っていたからです。人生のスタートラインから既に異物認定されていたのだと痛感しました。
母親は昔から私には厳しく接する人で、きょうだい達には甘い傾向があります。高校の頃、専門学校に通いたいと話すと「お前は高校卒業したら働いてもらう。専門学校には通うのは諦めろ」とやっと見つけた将来の夢を絶たれました。きょうだい達が心療内科に通うことは何も言わなかったのに、私は受診することを許さず。
しかし、いざ私が一人暮らしをしようと考えたら『お前では無理だ』『きょうだい達を見捨てるのか』等言って束縛に似た言動で思考を奪う。今はまだ働いて収入を得られていますが、もし認知症になったら家族は見限るだろうと思います。
グレーゾーンとはいえ自分の次の世代には色濃く出る可能性もあり結婚願望は消えました。30代である私の現在の考えは「自分の人生は道具として働き、いかに家族に迷惑をかけずなるべく早く死ぬかがテーマなんだ」と思いながら生きています。何の取り柄もない私に出来ることは、家族のためにお金を残して死ぬことしかないですから。

感想1
経験談の投稿、ありがとうございました。

あなたが、母親さんの不倫によって生まれた子ということで、あなたには何の罪もないのに、きょうだいと差別され、通院も許されず、辛い思いをし続けてきたということが、このタイトルに凝縮され、現れていると感じました。
読めば読むほど、理不尽なことばかりで、「家族も周りの人間もわたしの事を道具としか見ていない」と感じてしまうのも、無理はないなと思いました。

中学、高校は、生きづらさを抱えながらも、誰にも相談できなかったということですが、あなたの環境を想像すると、あなたが誰かにSOSを出すことは非常に困難だったのではないかと思いました。
それは、あなたのように、幼少期から、差別を受け、周りがどのような人生を歩んでいるのかということを知らずに育ったのだとすると、誰に伝えればいいのかもわからないと思うし、これが異常だと感じるのは無理なのではないかと思ったからです。中学、高校あたりまでは、家庭と学校の往復で、家庭と学校以外の環境には、触れる機会が少ないです。大人になるにつれて、自分でインターネットで調べたり、自分で決めた環境にいることができることによって、周りとの違いが分かるものだと感じています。

今更何を言われても…と感じられても仕方ないと思いますが、私たち大人があなたのような理不尽な環境に置かれている子どもを助け出せなかったことに、勝手に罪悪感を感じています。自分の体を傷付けていたのは、あなたなりの大人に対するSOSだったのではないかと想像しました。

しかし、あなたは大人になったにも関わらず、母親さんからの束縛のような言動などによって、これからの人生も奪われかけており、「自分の人生は道具として働き、いかに家族に迷惑をかけずなるべく早く死ぬのがテーマ」というのは非常に残念だなと感じました。

今後の未来に関しても、ネットでの情報から、発達障害が自分の次の世代にも色濃く出る可能性があるために、結婚願望が消えたとありますが、あなたの人生が今も母親さんによって、コントロールされているように感じてしまいました。

あなたは決して、生まれた時から現在、そしてこれからも、異物でもなければ、道具として働く必要もないし、迷惑をかけずに過ごさなければいけない人ではないと強く思います。(綺麗事だと言われれば、それまでですが、私がこの経験談を読んで、率直に思ったことを書かせていただきました。)

これはきっと、今までの辛さのごく一部だと想像しました。今までを振り返り、あなたの中で、今後の生き方を考えたのだと思います(そのような結論になってしまうのは、この経験談を読んで共感してしまう自分もいます。なので、否定するつもりもないです。)が、あなたのこれからの人生について(お節介かもしれませんが)、この死にトリを通して、一緒に考えたいと思いました。

感想2

経験談を書いてくださってありがとうございます。

学校でも家庭でも、あなたの心が平穏でいられることは少なかったのだろうと思いました。一人で苦労している様子から、なんだか見えない篭の中に一人閉じ込められているような気分になりそうだ…と勝手に想像しました。「殺していた」というご自身の感情が、消えるわけではなく、積もり積もって扱い方の分からないものになっていったのかなと考えています。

「掃除をサボる人達について担任に相談」したことや文章全体から、あなたはやるべきことをやろうとし、嘘をつかないような、実直な方なのだろうと、私は思いました。その実直さが、周囲の人から、あなたを都合よく利用するために利用(悪用?)とされたのだとしたら、とても悲しいです。

家庭で怒鳴り合う人たちを見ていたことで尚更、自分は憎悪を表したくないという気持ちがあって、感情を抑えているのかなと想像しました。また、幼い頃にきょうだい間で格差を付けられるというのは、大人が想像するよりも、その時いやな思いをするというだけではなく、時間が経ってからも生きづらさに繋がってくることはありそうだと思います。

文章中に書かれていたことだけでなく、たくさんのことを我慢してこられたのだろうと思いました。読んでいて私も、あなたが家族から一方的に都合よく利用されているように感じてしまい、「家族も周りの人間も私のことを道具としか見ていない」と感じられるのも自然なことだろうと思いました。暮らす、考える、感じる、表す、休むなど様々な面で、あなたの自由を制限されている状況なのかなと思い、その時間が長くなればなるほどパワーも失われてしまいそうだと想像します。あなたの自由が損なわれていい理由は何もないはずなのに、と悔しく思います。

現在の社会では、若者の安全な暮らしや学び、交流に必要な基盤がますます弱くなっていそうだと、私は危機感を抱いています。(ここでいう若者とは、年齢の低さで区切るのではなく、何かを経験して考えたい人・学ぼうとする人というイメージです。)あなたの生きづらさは、身近な家族やご自身の発達特性だけに還元できるものではなく、社会の複雑な課題を映し出している面もあるのではないかと、私は思いました。

自由や尊厳を損なう言葉を投げつけるのではなく、都合の良さだけを求めて振り回すのでもなく、人間同士としてともに存在したいと伝えあえること、そんな安心感に包まれていることは、どのようにしたらできるのか、私なりに考えていきたいと思いました。

今後、あなたがゆっくり考えたいことを考え、語りたいことを語り、疑問に思うことを誰かに問いかけて真剣に向き合ってもらえるような環境が整えば、生きるのが少し楽になるのだろうかと考えました。そのために必要なもの・ことは何か、ネットでもリアルでも、思うところがあれば、教えてもらえるとうれしいです。

返信

感情のままに書いたものでしたが、丁寧な感想を送っていただきありがとうございます。
母への思いは今も複雑で、きょうだいは私が不倫相手の子どもということに気づいているのかどうかもわからないまま。仕事のストレスも相まってかなり不安定なメンタル状態となって、最近は強い虚無感と破壊衝動に駆られることが多いです。光のない井戸の中にいるような、そんな感覚です。
こんな私の拙い体験談で、誰かがこれからの人生を見つめ直すきっかけになれればと。そう思います。