何も考えたくない

大阪府 16歳 女性



私は父と祖母と兄の4人暮らしです。
母は10年前、私が6歳のときに病気で亡くなりました。父は母の病名を教えてくれませんが、祖母が言うには母はうつ病で自殺したらしいです。

持病があって週に3回通院しながら老後を送っていた祖母にとって、女手一つで苦労して育てた息子から孫の世話を頼まれたときは複雑な気持ちだったと思います。でも、夜中から仕事に出かける父が当時小1の私と小2の兄を育てるには、大人がもう1人必要だったんです。
こうして、4人での生活が始まり、一緒に暮らすまでは優しかった祖母の本性が見えるようになりました。
祖母が出すご飯の量が多くて、毎日1時間以上かけて食べていると遅いと言われ机を叩いて怒られました。食べれないなら残せと言われて残したら、もうご飯作らないからと言われるので、毎日怒鳴られながら朝から吐きそうなぐらいご飯を食べていました。
そのせいで今は少し太ってしまい、高身長でスタイルの良かった母には似ず身長も止まってしまったので体型をバカにされます。

あとは、バスタオルをお風呂場に持っていくのを忘れただけで、お風呂上がりのびちょ濡れの状態で怒られて叩かれたり、カーテンの閉め忘れなど見逃してもいいぐらい細かいことで長時間怒られたり、そんな毎日でした。
でも私よりも兄の方が100倍辛かったと思います。兄は知的障害持ちで、祖母に怒られるとすぐパニックになったり、私やぬいぐるみに八つ当たりをするので私はその度に父にチクっていましたが、当時兄は学校でも先生や同級生からキツいことを言われることがあったらしく、家では父に怒られてたのでほんとに可哀想だったと思います。
当時の家のことで覚えているのはこれぐらいです。今は当時よりかなりマシですが、祖母は私の主張を全て言い訳と言ってくるし、自分の都合で周りを振り回す人なので厄介です。


幸い私は学校生活でいじめを受けたことはなく、友だちもいます。
でも小学校のときは、2人の親友が美人で劣等感を感じることがとても多かったし、仲良くなって最初の頃は喧嘩が多かったです。
時間が経つうちに喧嘩はなくなりましたが、劣等感はずっと残ったままでした。
中学に上がると、今まで1クラスだった小学校から急に5クラスになって、人見知りが激しくあまり友だちができなかった私に比べて、2人はいっぱい友だちができていてだんだん私から離れていく感じがしました。
私は小学校のときに運動ができないことや容姿をバカにされたことが少しあって男子が特に苦手だったので、片想いしてる男子となかなか距離を縮めることができなったのに、2人には彼氏ができていて、私の方が何年も片想いしてるのになんで…とすごく惨めな気持ちになることもありました。

唯一勉強だけは2人よりできたので、頑張って自分の偏差値より少し高い高校に入りました。もうこれ以上惨めな思いをしないように、人見知りを克服して友だち作りを頑張ろうと思って、同じ高校の子とLINEやDMしまくりましたがどう会話を続けたらいいかわからなくてすごく悩みました。初めて知り合った子とグループで遊びに行ったりもしましたが結局誰とも仲良くなれず、コロナ自粛が明けた6月に入学してクラスで初めて話しかけてくれた子と友だちになりました。でもあまり私の話を聞いてくれないことが少し不満だったし、進級してできた今のクラスの友だちも帰るときに何も挨拶してくれなかったり、受ける授業が全然違うのでそもそも話す時間があまりなくて、どう距離を縮めたらいいかわかりません。

勉強を最優先に考えて部活やバイトはしていません。こんな私とは対照的に2人は、余裕で受かる高校に行って部活やバイトをしながらいい成績を取っているらしいです。高校生活を楽しんでる感じなのでもう私に興味がないからDMで既読無視をしてきたりインスタのフォロリクを承認してくれなかったりするんだと思います。結局今まで親友だと思ってたのも私の独りよがりかもしれません。
この2人以外にも友だちはいるのですが、部活が忙しかったり、諸事情で地元にいることができない、そんな子たちばかりです。

なので頼りになる友だちはいないし、やっぱり家族には悩み事を相談できません。昔父にお前がこの家で1番未来が明るいからと言われました。たしかにそうです。障害の兄と病気の祖母、たばこをやめない父に比べると私は勉強を頑張ったら国公立大学も夢じゃないですから。
この掲示板にも私よりも辛い経験をしてる人がたくさんいるし、だからこそ自分の悩みなんてちっぽけで、こんなに悩んでしまうのがバカみたいに思えてくるからこそ、誰にも相談できないし、重いって思われるのが怖いです。正直何に悩んでるかもわからなくて、考えるのがいやになったときにふと死にたいと思うんです。

それでも大好きなバンドのことを考えてるときは幸せです。だから死にたくても死ねない。ライブにも行きたいしこれからもずっと応援したいんです。たまに、ボーカルの方に恋心を抱いているのでは?と思うことがあります。すごく愛に満ち溢れた素敵な方で、私が隣にいたいと思う人はこういう人かもしれないと思います。でも決して叶うことはない恋なので辛いですが…

結果的には、信頼できる人が欲しいけどそういう人がいないくて孤独を感じてしまうから死にたいと感じるんだと思います。
いつかもし大切な友だちや恋人ができたとしても裏切られるのが本当に怖いです。
おそらく受験が終わるまではクラス以外のコミュニティに所属することはできないので、我慢して勉強に打ち込むことしか残された道はないです。高校を卒業したら祖母との生活も終わりなので、あと1年半の辛抱。

勉強して希望の進路を掴んだとしてもこれから先、今より幸せになれる保証はないので、私も母のようにうつ病になって自殺してしまうんじゃないかと不安になります。うつ病は遺伝しやすいと聞いたので。
はっきり言ってこんな人生になるぐらいなら今死んでもいいです。自分が死んで誰が悲しむのかどうかも知りたいですし。でもそれを今やってしまうと家族や学校に迷惑をかけてしまうことになるのでできません。せめて親元を離れるまでは辛いけど生きようと思います。
すごく稚拙な文章で申し訳ありません。
最後まで読んでくださりありがとうございました。

感想1

経験談を投稿してくださりありがとうございます。

祖母さんの「本性」と書かれていることを読み、考えていました。食事の量は、もちろん子どもはこのくらい、この年齢ならこのくらいという目安もありますし、それ以上に個々人の違いによって適正な量は異なるはずです。それを無視してしまうと、合わない人はとても苦しいだろうと思います。
祖母さんの怒りは、もしかすると生活する中での余裕のなさとか、しんどさから来るものだったのかもしれませんが、それでもそれを理不尽に子どものあなたに向けることは不適切だと感じました。

劣等感に関することが文章のいろいろなところで出てきて、投稿者さんは自分の中の劣等感を意識して感じているのかな、と思いました。
劣等感というのは何から生まれるかというと、「どちらがいい/悪い」という比較なのではないかと思います。

そう考えて気になったのが、父親さんから言われたという「お前がこの家で1番未来が明るい」という言葉でした。
これは、一見すると劣等感とは反対の意味の言葉ですが、「だれかを比較して、その良し悪しを決める」ということではとても似ている、裏表の言葉のように思えます。
投稿者さんが幼い頃からこのように比較され続けてきていたら、比較することや「優れていないとダメだ」と感じることは自然かもしれないと思いました。
また容姿をバカにされる経験や、自分だけがうまくいかないと感じる経験の中では、そういう感覚が強くなることもありそうだと思いました。

でも同時に、優れていないと、なにもかもができていないと許されない世の中はとても生きづらいし、本当にそうなのかな?と思います。そして、私は個人的にはそうではない考え方をしてみたいな、とも思います。

「何も考えたくない」と書かれているのは、とても多くのことをいつも考えてきたからかもしれないと思いました。価値や意味を考えるのでなく、ただあなた自身の感覚を大切にする時間があるといいなと思います。

そう考えているうちに、投稿者さんがバンドについて好きな気持ちを書いていたことが気になりました。好きなものがあることは、なににも変え難いことだと私は思っていて、私自身も、好きな音楽や物語にずっと救われてきました。
もちろん書かれているように、叶わぬ恋のようなものだとしたら苦しさもあるとは思いますが、それでもそれがあることを喜べるのであれば、よかったなと思います。

「いつかもし大切な友だちや恋人ができたとしても裏切られるのが本当に怖いです」と書かれていて、裏切りについて想像してみました。
裏切られる経験は「期待」によって生まれることが多そうだと思っています。
「絶対○○してくれるはず」「必ず○○を忘れないはず」などの未来への期待は、たしかにさまざまな要因で「裏切られ」てしまうことがありそうです。それは人がそれぞれ別の存在である以上、当然のことかなとも思いますが、私自身はそれを悲観しているわけではなくて、自分の予想と外れたことがあるのはむしろ人間の面白さだとも思います。
でも「この人と話しているいまが楽しいな」という今の気持ちは、ただそれだけで真実で、そのあと何があったとしても変わらないものなのではないかな?と思いました。

あなたがバンドのことを考えたり、曲を聴いたりしているときに、「いま心地いい」「いま幸せだ」と感じるならば、それと同じように、だれかと関わる中で「いま楽しい」と感じる一瞬があったらいいな、と思いました。
…というのは、私の個人的で勝手な願いですが、私の気持ちを押しつけてしまっていたらごめんなさい。

この保証のない世の中ですが、その中で投稿者さんが経験談を送ってくれて、それを私が読むことができた偶然と、それによっていろいろなことを考えることができたこの一瞬を私はありがたいと思っています。
それは世の中でわかりやすく価値を生むことではないかもしれないけれど、本当は意味のある、とても大事な時間だと感じています。
あなたが、なぜかわからないけれど心を動かされるもの、なぜか好きなものなどについて、もしなにかあれば聞いてみたいと思いました。
もしよければ教えてください。

感想2

経験談読ませていただきました。
幼い頃の母の死、父子家庭で理不尽に厳しい祖母や障がいを持つ兄との暮らし、言葉にすると短くなってしまいますが、毎日毎日嫌なことや我慢を重ね、祖母に怒られないように気を遣い、自分は問題を起こさないように良い子でいなければならない姿が私の頭には浮かんできました。

そして、私はこの経験談の中で投稿者さんが他者と比較している描写が多いように感じました。人間は他者を見て自分を知り成長につながる面があると私は思うのですが、比較に優劣がつき自分まるごとの評価にまで優劣がついてしまうと劣等感となって自分を苦しめてしまうのではないかと思いました。また、学校あるいは家庭で他者と比較され優劣で意識させられる機会が多いと苦しみに拍車がかかるのではないかとも妄想してしまいました。

また、経験談を読み私は「信頼」について考えたくなりました。
信頼って難しいものだなって私は時々思います。特に自分がつらい中にいる時には、不信や疑念や期待と裏切られ感で悪循環になっていることがあるなと思います。そんな時には、いっそのこと独りでいいやと思うくらいの気持でいた方が、他者への期待が減って傷つかずにすむんじゃないかと思ったりもします。逆につらさが少ない中にいる時には、自分にも他者を見る目にも余裕があって不信や期待も少なく他者と関われるような気がします。きっと「信頼」は、自分のことも相手のことも尊重した関係性の中で生れるものではないかと私は思うので、相手を尊重できるくらいに自分に余裕がないと難しいのかもしれないと考えたりします。
この感想を投稿者さんが読んだ時にどんな気持ちになったでしょうか?

何も考えたくない時には、何も考えない時間をつくることも大事なことだと私は思うのですが、もし他者の考えや価値観に触れても嫌な気持ちがしないのであれば、利害関係の少ない電話相談やSNS相談などで他者と価値観や考えについて対話する機会をつくることも投稿者さんにとってプラスになるのではないかと思います。
今回経験談を投稿してくださったことで、私も一緒に考える機会をいただきました。
ありがとうございます。