僕はいつもひとりぼっち

東京都・30代・男性

自分は小さい頃からずっと生きづらさを感じていると思う。周りの人たちのように「うまく」社会に溶け込めない。

小学生のときから集団の中に入っていくことが苦手で、友だちがなかなかできなかった。
中学1年生のとき、僕はいじめに遭った。傍から見たら「いじめ」というのは大袈裟だと思われたかもしれない。僕もそう思っていた。ちょっとからかわれているだけだと。自分の持ち物を隠されたり、目の前で悪口を言われたりした。きっと相手は冗談半分だと自分に言い聞かせて、笑って誤魔化していた。

でも体は正直な反応を示した。夏休みに入る少し前くらいから、学校へ行く途中の電車の中で、急に脈が速くなり心臓がドキドキして、気分が悪くなり何度も途中で降りて駅で休むようになった。辛うじて学校へ登校するも、授業中に突然息苦しくなって教室にいることができなくなり、保健室でずっと休まざるを得なくなった。
保健室の先生の勧めで校内カウンセラーの先生と面談をするようになった。心療内科にも通い抗不安薬を処方され服用するようになった。僕はこの時から今日までずっと、薬を飲まずに日常生活を送ることができなくなってしまった。今は抗不安薬に加え、抗うつ薬や睡眠導入剤など服用する薬は数種類に増え、薬に体も心も乗っ取られてしまった。13歳の時にありのままの本来の自分は消えてなくなってしまった。

中学、高校を何とか卒業し、大学に入ってからも集団から取り残された状態は変わらなかった。1年生の英語の講義では、ペアになって会話の練習をするときはいつも自分ひとりが余ってしまい、先生に言われて強引にどこかのグループに入れてもらった。毎回自分ひとりだけペアを組んでくれる人がいないことがどうしようもなくつらかった。でも当時の僕には周りの人たちに自分から声を掛ける勇気はなかった。思えば幼稚園の時も小学生の時も同じような経験をしていた。いつも自分は余りもの。誰からも必要とされないもの。誰とも繋がれないもの。

大学を卒業し、新卒で入った会社は長く続かず辞めてしまった。リーマンショック後の就職氷河期で、大学3年の6月から始めた就職活動は長期化し、大学4年の11月にようやく希望の職種で1社内定をもらった。当時は技術職の仕事をしたいと思っていて、「文系でもやる気があれば大丈夫」と役員面接で言われ、設立してまだ間もないベンチャー企業に入社をした。

でも現実はそんなに甘くはなかった。入社して最初の3ヶ月は自習をしながら技術スキルを磨くようにと言われた。同期はみんな理系大学出身者だった。自分だけスキルが数段劣っていた。「何で君だけ他の子たちのような技術スキルがないんだ?」上司からは呆れられた。そして最終的に退職勧奨を受けることになった。
その後も職を転々とした。当時は景気悪化の影響ですぐに次の職場が見つかるようなご時世でもなかったので、ブランクの期間もできてしまった。大人になってからの自分は人生の大半を就職活動に費やしたといっても過言ではないだろう。

社内の人たちと良好な人間関係を築くことがどうしてもできない。周囲の人たちからの目線、評価、どう思われているか、悪く思われていないか、いつも気にしている。気にし過ぎている。冷静に物事を伝えられずつい感情的になってしまい、社内で孤立する。少しでもストレスがかかると体に不調が出てしまう。いつも頑張りすぎて疲れてヘトヘトになってしまう。薬を飲んでいることはどこの会社でも隠している。今働いている職場も体と心がいつまで持つか分からず不安だ。

僕は社会から孤立している。社会にうまく溶け込めない。でも、この社会の中で「うまく」生きていけるようになりたい。みんな当たり前のように仕事ができて、恋ができて、趣味を満喫できて、家庭を築けて、人生を楽しめていることがうらやましい。「いやいや、誰にだってつらいことはあるよ」というツッコミが入って来そうだが、それでも僕にとっては周りの人たちがうらやましく思える。この、言葉にうまくできない、何ともいえないモヤモヤした気持ちはきっと誰にも分かってもらえないんだろうな。いや、分かってもらおうと思っていることが厚かましいことなのかもしれない。

僕は今ものすごく寂しい。でもその寂しい気持ちはリアルの場では誰にも言えない。いきなり「僕は今ものすごく寂しいです」なんて面と向かって人に言ったら、絶対変に思われるし、言うこちらも恥ずかしすぎて口には出せない。だからせめてこの場でだけは本音を伝えることにする。僕は今ものすごく寂しい。この気持ちを話せる友だちがほしい。薬を飲まなくても日常生活を送れるようになりたい。一つの職場で長く勤められる能力がほしい。趣味を見つけて恋愛をして余暇をもっと楽しみたい。「当たり前」で「普通」の人生を過ごしたい。

これらがすべて叶ったら幸せになれるのかどうかは正直よく分からない。自分は何に悩んで、何を求めて、何がしたいのか、考えれば考えるほど分からなくなる。自分の気持ちをうまく文章にまとめたようでいて、心の奥底にある本質はまだ言葉にできていない気がする。でも今の自分を言葉でまとめようとするとこれが精一杯。本当はもっと綺麗でしっくりくる言葉にしたいけど。自分は結局何が言いたいんだろう。多分、一番知ってもらいたいこと、伝えたいことはこれだと思う…そう。
僕はいつもひとりぼっち。

コメント①
原稿、ありがとうございます。サイトから見て、寄稿していただいたようですが、サイトを見つけてくれて嬉しいです。
原稿を読んで、「ひとりぼっちでいたくない」という強い気持ちが伝わってきました。また、ふだんのくらしの中では気軽に言えない、でも誰かに言いたい本音が伝わってきました。
「当たり前」とか「普通」という表現が出てきますが、ずっと活動の中で私たちが引っかかってきた言葉です。どうして、こんなにも多くの人が周囲の人たちとの比較の中で「当たり前」とか「普通」にあこがれるのだろうか?不思議に思います。幸せの実現の仕方は一人ひとり違っていてもいいはずなのにと思います。おそらく、今の社会の現実が一人ひとりの個性や生き方を認めるのではなく、幸せの形やあり方がまるで決まっているかのように思わせてしまう状況にあり、それがこんなにも多く人たちが生きる希望を失うことの背景にあるのだろうと思います。だからこそ、一人ひとりが認め合えるような社会になるためにはどうしたらよいかずっと考えています。
最後の方に書いている『これらがすべて叶ったら幸せになれるかどうかは正直分からない』というところに興味を持ちました。きっと、「当たり前」「普通」と言う言葉ではなく、あなたがあなたらしく幸せになる方法はあるはずだと思っています。それを一緒に考えたいと思いました。

コメント②
「これらがすべて叶ったら幸せになれるのかどうかは正直よく分からない」とのことですが、そう感じるのも無理はないと思います。私は近年、幸せの形が多様化してきているように感じています。恋ができる、趣味がある、家庭をもっているからといって幸せとは限りませんし、それぞれの形はバリエーションに富んでいます。そんな中で自分に合った幸せを見つけるのは、至難のわざではないでしょうか。まずは今の自分にとっての快・不快から見つめなおしてみるのも手段の一つだと思います。あなたにとっての幸せが見つかるよう、勝手ながら祈っています。

コメント③
感じている生きづらさを経験談として表現し、送ってくださりありがとうございます。
「うまく」社会に溶け込めない感覚については私自身もそう感じる時があるので、あなたの気持ちに共感しました。今まで学校や職場などで色々な人と関わる機会がある中で、良好な人間関係を築いてこられなかった経験をしてしまうと“ひとりぼっち”と思ってしまうのも言葉にうまくできずモヤモヤした気持ちを誰にも分かってもらえないと思うのも必然的だなと感じます。けれど、あなたの感じていることや経験してきたことはきっと誰かの心に残ったり、何かの気づきのきっかけになると思います。
自分の弱さを誰かに見せたり伝えたりするのは怖いしとても勇気のいることだと私も身をもって痛感していますが、焦らなくてもいいので少しずつ、ここで伝えてくださったようにあなたの素直な気持ちを周囲の人に伝えられるようになる日が来てほしいなと思っています。

コメント④
私も自分は何をしたいのか分からなくなって、一人で悩んで辛かった時期があります。なので、あなたのものすごく寂しい気持ちは想像ができます。それをここで表現してくださって、ありがとうございます。
心の奥底にある本質はまだ言葉にできないと書かれていましたが、焦らずに自分の心と向き合い続けてほしいなと感じました。それは孤独なことかもしれません。しかし、人は自分の本当の心に深く向き合うことではじめて、周りの人と本音で語り合ったり、素直に自己表現していけるようになるのかなと思います。
私も自己表現は苦手なほうですが、身近にいる人に少しずつ、悩んでいることや寂しいという気持ちを話すようになりました。初めは、こんな自分は受け入れないのではないかという不安もありました。でも今は、自分の弱い部分を開示することで、人と分かり合えることも多いのではないかと感じています。
職場で周囲の人たちにどう思われるか気になって、頑張りすぎて疲れてしまうと書かれていました。たまには疲れたなーとか、最近調子が良くないんです、と素直に言ってみるのも良いことだと私は思います。

死にトリポータルサイトは、生きるのがしんどい、つらい、助けてほしいと思う人たちがお互いに心を開き、ありのままを認め合い、交流できる場を目指しています。今後も「死にトリ診断」などさまざまなコンテンツを用意していきますので、よろしくお願いします。

~経験談を書いて~

今回、経験談を文章で表現することで、自分の孤独感と改めて向き合う良いきっかけとなりました。コメントを読んで、やはり自分の気持ちを素直に話すことのできる他者との関わりがもっと必要なのかなと感じました。
「当たり前」や「普通」に憧れつつも実際は「自分に合った」生き方を探していて、その生き方を認めてくれる人が身近にほしいのかもしれません。
この経験談を読んでくださった、またはこれから読んでくださる、自分と同じように生きづらさを感じている方々と一緒に、どうすればもっと生きやすくしていけるのか、深く考える機会がぜひあればと思いました。