精神疾患の母親と15年間

神奈川 25歳 女



小学校低学年の頃、母親が精神病を発症してからというもの、常に悪口を聞かされる環境で育ちました。
悪口の対象は多く、祖父母や父、私の友人とその両親、学校の先生方や見知らぬ政治家とさまざまです。
母の病は再発を繰り返し、15年以上経った今でも私を悪口で苦しめます。
あの人は詐欺師だ。あの人は不倫した。あの人は騙されている。あの人はあなた(私)の悪口を言っている。など。
医者に相談しても入院をさせて貰えず、深く受け止めないように、としか言われず、何もかも諦めて悪口を言わせ続けています。
先日、ついに母親に「産まなければよかった」「死んだほうがいい」と言われました。
医者に薬を増やされたのが私のせいだから、と憎まれているからです。
母のため、こまめに医者に症状を相談し、薬を飲み忘れないように確認し、本人を刺激しないように悪口や暴言に耐えて来たのに、なんでこんな事を言われなくてはいけないんですか?
どうして「産まれたくなかった」「おまえが死ね」って言い返してはいけないんですか?
小さな頃から母に何を言われても病気だからと我慢して来ましたが、今になって思うのは、あれは病名がついただけの虐待でした。
他人の悪口を聞かされ続けた私は、今や出来損ないの人間です。
他人の評価や考えが気になって仕方ありません。本当はこの人も私を嫌っているのでは、という不安が拭えません。
生きていくのが辛いです。
こんな母の元に産まれるとわかっていたなら、生なんて望みませんでした。

感想1

経験談を投稿いただき、ありがとうございます。

私は、悪口や暴言といったどちらかといえばネガティブで攻撃的な感情がはいっているものを聞くとひどく動揺したり、怒りがわいてきたり、悲しくなったりと心がとても忙しくなって疲れてしまうことがあります。

投稿者さんが、いくら母親さんの疾患が関係あるかもしれないとはいえ、そういったものをずっと聞かされ続けていたのかと想像するだけで自然としんどい気持ちになってきました。

医者からは深く受け止めないようにとされていても、母親さんから「産まなければよかった」「死んだほうがいい」と言われれば少なからずショックだろうし、なぜ言い返してはいけないのだろうという気持ちが生まれてきても無理はないだろうと勝手ながら考えていました。

悪口を聞くことによって他人の評価が気になって仕方がない、本当は相手も自分のことを嫌っているのではないかと思ってしまうとありました。確かに、常にそういったものを聞かされていたらそう思わざるを得ないような気持ちになりそうです。冒頭に、私自身は悪口を聞くと心が疲弊すると書きましたが、これもきっと、「もし自分も悪口をいわれていたらどうしよう」と不安になってのことなのだろうか、と考えさせられました。

文章を読んで、投稿者さんは今まで、今抱えられている気持ちを吐き出したり、共有したことはあったのだろうか?と疑問を持ちました。「耐えてきた」「他人の悪口を聞かされ続けた」といった表現から、もしかしたらそういった機会は少なかったのではないかと推測しています(違ったら、ごめんなさい)。もしよければ、今回経験談を書いていただいたように、死にトリの場所を使って気持ちや思っていることを発信したり、死にトリのアプリなども活用してもらえたらと思いました。

感想2

「何もかも諦めて悪口を言わせ続けています」という言葉から、あなたなりにこの状況を何とか少しでも改善しようと考えてこられたのだろうと想像し、それに疲れている様子が浮かびました。これまで15年間、母親さんを支えようとして、実際に支えてこられたのだと思いました。この経験談から、医療でも家族でもない立ち位置の、精神疾患を持つ人たちを支える存在が社会には必要なのではないか?と考えさせられています。

私は、悪口を言うことは、正しくない行いだと思います。でも、母親さんの悪口が精神疾患による症状の一つであり、心からの発言ではないのであれば、悪口を言うことの善悪についてご本人と考えようとするのは的外れかもしれませんね…。だからと言って、悪口を言うことが正当な行為になるとは、私はまったく思いません。

あなたがこの状況について「なんで?どうして?」と思えることは、一つの希望だと、私は感じました。それはあなたが自分自身の人格を侵害されることへの「NO」の感情だと思ったからです。人格を持って生きることを否定されたときに「NO」を感じて表現することは、正当なことだと思います。

それと、今のあなたの生活のなかで、気持ちを聞いてくれたり、不安や辛さをどう取り扱うか考えたりしてくれる相手はいるのかなぁと気になりました。もしあまり見つからない場合は、死にトリのここチャットやアプリなども、よければ使ってみてください。
このネットの居場所を通してあなたに出会うことができて、ありがたく思います。