普通に紛れることに疲れてしまったの

山形県・20代・女性



今辛いのはなんだろう。
どれが辛いんだろう。

心療内科に行った時、最近だとカウンセリングを受けた時に、そう思いました。ちょっと前までこれだと思える話があったのに、メモもしてるのに本当に辛いのかなとか、他の人は辛くないんじゃないとかよく分からない思考になってしまうんです。

私は、いや私たちは多重人格(解離性同一性障害)。これを書いているのも主人格ではなく交代人格の1人である、私。とてもややこしいと思います。説明する時もっと良い伝え方ないかなとか考えるんですけど、思い浮かばないので今の私の持ってる言葉で出来る限り砕いて話すようにはしています。100%理解されなくてもなんとなく伝わったら嬉しいくらいで話すようしています。
多重人格と言っても人それぞれです。それを念頭に置いてこれを読んで貰えると嬉しいです。
私たちの場合は主人格が軸でメインで生きていました。主人格が困った時に手助けをしてあげるくらい。けど、去年の春あたりから色々と耐えられなくなり、ネガティブな思考と希死念慮を抱えながら生きていました。本当に酷い時は自殺未遂をしていました。当時の担任と数少ない友達にしか頼ること、相談することができず、家族には何も言えない環境にいました。私たち人格が生まれたのも家の環境もあるのです。
両親と兄が2人。普通の家族のような家です。ただ、 母は昔はヒステリックな人で幼い子供ながら怒らせてはいけない、と顔色を伺いながら過ごしていました。兄もそうやって過ごしていたのですが、次男は短気で反抗心が強かったため、母とよく喧嘩をしていました。そのせいで夕飯の時はちゃぶ台返しをよく見たものです。長男は物静かでしたが父とはあまり仲は良くなかったようです。常に神経を使う所にいて、自分の部屋もなかった当時はトイレが唯一1人になれる所でした。そこで主人格は泣いたり心を落ち着かせたりしながら私という人格を無意識に作りあげたのです。最初はトイレだけで話をして、次に母の機嫌が悪い時に「大丈夫、大丈夫」と一緒に耐えて、小学生になって主人格の言葉と態度だけでは手に負えないことになったら私が代わりに話をするようになっていきました。そしてそのことに気づかれないようにそっと記憶を繋げていました。
次々と新しい人格が生まれる度、こんな風に気づかれないようにと配慮していたのです。
だから主人格は最近まで自分が多重人格であることに気づかなかったのです。

主人格を含めて人格は11人います。
人格にはそれぞれ役割があって、好きなこともバラバラ、味覚もバラバラとまとまりがないのが特徴です。
今年の春から新社会人で正社員。ついでに一人暮らしを始めました。今の仕事は正直向いてないなと思うことが多いです。

電話をとってパソコン操作をして、みたいな感じの仕事です。配属された部署は「ありがとう」とお客さんに言って貰えることが多いけど覚えることが多くてパンク状態。
ちなみに仕事はこれを書いてる私とは別の子がしてくれています。負担がものすごいと思うけど何とか8時間耐えてくれているんです。私たちもなにか出来たらなとは思うんですけど、これはどうしてもダメでした。1ヶ月以上もあった研修内容は私たちは全部は憶えられていないというのと、お客さんと話すことが多いから敬語が常だけどあんまり敬語で喋られないし、あとはパソコン操作が危ういのもあって。といった理由でこの仕事についてはちょっと難しさを感じています。
うちの部署はシフト制で朝は早いと6時から勤務で朝は3時に起きています。寝る時間を逆算しなくては行けないので前日から気を張りながら寝ます。8時間は寝ないと体力がない私たちは1日を過ごせないので逆算して夜の7時に寝ています。
時間の感覚も曜日感覚も色々と狂っていくのを感じています。でも、会社の人達が優しい方が多いのが救いです。
ただ、仕事が楽しいとは私は思えてないし、あの子は記憶が飛びながらも仕事をして、笑っている。あの子は出来ているから大丈夫、憶えていなくても記録しておけば後でまた知ることができる、と。そう言ってずっと前を見続けているんです。そしてお金を稼いでくれています。
私たちが普通に生きられるように。お金に困らないようにと。けど、どんなに会社の人が良くてもやっぱり辛そうでこの仕事を続けたいと思えないです。
何度、失踪しようと考えたことか。何度その身を投げようとしたことか。なら、この仕事を本当に辞めればいいじゃんって思いますよね。

けど他にやれること、やりたいことも浮かんで来ないんです。そして動く勇気もないんです。誰かに引っ張って貰わないと中々動くことが出来ない自分に嫌気がさします。
カウンセラーの人は「大丈夫?」とは聞いてくれても助けを求められない自分たちは何も言えないです。どう助けを求めたらいいかわからないから。
けど誰かに助けて欲しくて、この気持ちを知って欲しくて、私を、私たちを見つけて欲しくて。
私はこの文を書いています。
普通は遠くて眩しくて、手を伸ばして、届かないと嘆く私たちをどうか見つけて下さい、道を下さい。

感想1

 経験談を投稿していただき、ありがとうございます。読み終えてみて、なんだか、だれかにあてた手紙を読んだかのような気持ちになりました。手紙といっても特定のだれかへ書いているわけではないと思うのですが、私はこの経験談を、私と同じ世界に生きる1人の人間からのメッセージとして受け取っています。

 書いてくれた文章は、紛れもなく経験談でもありながら、だれかに自分を理解してほしい、どうにかしてほしいという願いのこもった文章だと感じました。また、その願いの一方で、世の中や人間に対してあきらめているようにも感じました(私がそう感じただけかもしれません)。あきらめざるを得ないほど、つらいことがあったのだろうか、他の人との距離を遠いと感じているのだろうかと、勝手に想像しています。

 幼いころから常に緊張感の強い環境におかれ、自分自身を尊重できるような機会がなかなか得られなかったのではないでしょうか。昔は親やきょうだい、今は仕事や職場の人間関係などを自分より優先しなくてはならず、いつも気をつかって疲れているのかなと想像しています。子ども時代の環境では、あなたの権利が守られていたとはいい難く、これまであなたの置かれてきた立場は、理不尽だといえるものだろうと思います。

 つらさから自分を守るために生まれた人格が、それぞれ別の役割や感覚を持っているなら、時間や空間、対人関係などはバラバラに感じているのでしょうか?だとすると、それらを統合して把握するのは難しくなりますし、時間や曜日の感覚を周りの人と同じく感じるのはかなり大変だと思いました。つらさの感じ方もそれぞれだと仮定すると、冒頭におっしゃった「今辛いのは何だろう」というように、自分のつらさもわかりづらくなりそうです。それが二重のつらさとなっているのかもしれません。

 いま置かれている状況で生きているということに尊敬の念を持ちつつも、今あなたが無理をしながら生きていることに心配になりました(おせっかいですが)。あなたが働くこと、普通になることに価値を置いているのだろうとは感じながらも、私はあなたがそれに、そこまですり減らされないといけないのはどうしてだろうと、なんだか悲しい気持ちになっています。あくまでも生きるためのお金であって、お金のための命ではないのに、そこまでしてお金を稼ぐことを要求する社会って、ひどいなと思います。傷ついたり、働いたりするのが難しいときには、自分を責めずに休めるのが理想的ではないでしょうか。ちょっと自分の気持ちが入りすぎているかもしれませんが、私が経験談を読ませていただき、感じたことを書かせてもらいました。よかったら、どう感じたかを教えてほしいです。

感想2

経験談を投稿していただきありがとうございます。投稿者さんが感じている気持ちや出来事と、別の人格さんの様子を俯瞰的に見ている投稿者さんがいるのかなあということが文章から感じられました。

経験談を読んでいて、幼いころから、投稿者さんの家の空気感がピリピリと張りつめていて、投稿者さんが家族の顔色を伺いながら生活して情景が目に浮かんできました。その状態は相当疲弊しながら毎日を繰り返していたようにも映っています。当時、家の中は決して安全で心が安らぐ場所というようではなかったのではないかと思います。環境もそうですが、投稿者さんや主人格さん、別の人格さんたちの気持ちも穏やかではなかったのではないだろうかと感じました。それでも、もしかしたら周りからは「普通の家族」に見られていて(投稿者さんの家族が見せていて、という可能性もあるかもしれませんが)、普通の家族を演じなければいけない状況だったのだのかなと考えました。

今年の春から、新社会人でひとり暮らしを始めたということだったので、環境の変化も多きく、負担が大きそうだなというように映っています。それでも何とか耐えて、実家から離れた今でも、普通を目指そうとしている投稿者さんたちがいるのかなというように感じました。

「普通は遠くて、眩しくて、手を伸ばして、届かない」という言葉からは、これまで何度も普通になろうと努めてきたこと、普通に紛れることが苦しいと感じている投稿者さんたちがいることを感じました。と同時に、ここでいう普通は周囲の人たちの大多数がやっていること(できていること?)=普通と捉えられているのかなあと私は受け取りましたが、普通という概念はとても広くて大きくて、人によって様々なように思っています。だからこそ、投稿者さんたちが手を伸ばさなくても、安心して暮らせて心地よいと思える基準を見つけられたらいいのかなあと思いました。

返信

読んでもらえたことがとてもとても嬉しいです。
ありがとうございます。お二人の感想はとても的を得ているもので驚きました。伝えたいことが伝わって良かったとホッとしてもいます。
「お金のための命ではない」の言葉にハッとしました。そうなんですよね。本当にそう思います。これからその考えを取り入れられたら少しは楽になるのかなって思います。
辛いとき、休みたくても休めないというか、休んでしまったらもう会社には行く気力が湧かなくなってしまうのが怖いんです。なので多分倒れるまで働くんじゃないかなとか人格みんなで話してます。倒れないように最善を尽くしますけど(笑)
普通の概念は書いていただいたように大多数がやっていること、出来ていることです。周りの人が仕事も雑談もこなせているのが凄いなと思いながら耳を傾けています。雑談は仕事と同じくらい難易度が高くて、私が入ると話がすぐ終わってしまうので苦手です。
私達も安心して暮らせる場所とか環境とかを模索しないといけないんだろうなって思いながら毎日考えてます。