生きたくて生きていない



私は、幼少期から、人見知りが激しく集団でいるのが苦手でした。幼稚園もお腹が痛いと言って、毎日親を困らせていました。心の中では、一緒に遊びたいけど、どうやって輪の中に入れば良いのか分からなかったのです。両親、祖父、妹の5人暮らし。父は、麻雀が好きで、休みの日も遊んでもらった記憶はありません。母は、祖父のお世話で私は一人でした。祖父は、認知症(今、思えば)による被害妄想、また、足が悪く粗相してしまうことは日常でした。たまに、友達が遊びに来ると、家の中が臭いと言われましたが、幼心に、そんなことないよと、家族をかばっていたように思います。物心ついた時には祖父にくっついて歩いてました。しかし、祖父は孫を可愛がる人ではなく、母に対しても、子作りして、自分の面倒は見ない、酷い嫁だと周りに話していたそうです。父は、母から聞いた話しを信用せず、妹ができるまでは、ほとんど家にはいませんでした。私は、母が大変だなぁと朧げに思い、同年代の子達が当たり前にできた甘えを、飲み込んできました。または、言うに言えなかったのかもしれません。その頃から、心を許せる大人は周りにいませんでした。
中学生になると、人間関係に悩み不登校になりました。部活を2週間で辞めてしまい、そのことへの後ろめたさに、勝手に自分で壁を作ってしまいました。当時の担任は、私が怠けている、学校に来いと。母は、学校に行かない理由を聞かずに、毎朝毎朝、泣きながら、どうして学校に行かないのと、私を責め立てました。私も好きで行かないわけじゃない。自分でも、どうしたら良いのか分からなかったのです。
3年生になると、担任に恵まれて徐々に学校に通えるようになりました。しかし、その年、合唱コンクールがありました。合唱部だった私は、周りの推薦を受けて嫌々、指導的なことを任されますが、やはりどう伝えたら良いのか分からず、露骨な言い方になってしまい、クラスのみんなから嫌われていると、陰口を叩かれるようになりました。幸い、陰湿なイジメまではいきませんでしたが、自分の殻に閉じこもり時が過ぎるのを待ちました。それは、自分も相手に対して悪かったという気持ちがあり、自分が悪者のままでいいや、自分が我慢すればと…歪んだ感情でしたが、自分を保つ為には、それしか出来ませんでした。
高校受験は失敗したものの、今まで環境のせいにばかりしてきた、このままじゃダメだ、人生が終わると奮起し、高校では生徒会に入りました。勉強も頑張りました。また、友達に相談されることになり、産まれて初めて、私は必要とされていると実感し、友達という存在が有難く思えるようになりました。しかし、好き嫌いがはっきりしていたり、物事を考えすぎたり、基本的にはネガティブ思考、自分と合わない人への対応はずっと避けて、上手くすり抜けていたように思います。
卒業後は、介護士として働きました。ありがとうと言われることにやりがいもあり、始めは順調でしたが、上司の折り合いに悩み、鬱病になりました。上司は、私の人格を否定し、不眠症で悩み出しても、取り合ってもらえませんでした。それから約15年近く、未だに通院しています。15年の間に、結婚を考えた恋人との別れ、人には言えないような闇を経験しました。
因果応報という言葉がありますが、いろんな出会いや別れ。そこでの影響。ただ、幼少期で築かれた生きにくさはずっと変わらないと思います。生きにくいと感じながらも、今は結婚して、娘ができ、生きなければならない環境になりました。もし、生きたいかと言われれば生きたくありません。生きないといけない、それだけです。
最近、やはり上司との折り合いにつきますが、言動、態度について注意されました。注意と言いましたが、正しくはパワハラです。2対1。感情的に2時間延々と話され、私が言葉を選び、感情的にならずに、建設的に話しをしても、聞く耳を持たず。私は、誤解を招くことをしてしまい申し訳ありませんでしたと頭を下げましたが、浴びせられる言葉は怒りだけでした。私は具体的にどのようにしたら良いのか、お伺いをたてても返答はありませんでした。
直属の上司、同僚、現場職員。全員ではありませんが、顔を見るのが、怖く、身体が震えて、涙が止まらなくなりました。少し身体と心を休めてくださいと言われました。自分が冷静とは言い切れませんが、生き延びる術、せめて娘が成人するのを見届けるために、どうしたら良いか分かりません。主人もメンタルは弱いほうですが、上手く割り切れているようです。
夫婦生活は、主人は朝早く、帰りも遅いため、ワンオペ状態。普段、イライラしていることが多く、話しを聞いてくれる環境にはありません。実家は近く頼れますが、普段の生活において自分の居場所はないと感じます。一番酷い鬱状態を主人は隣で見ているし、支えてくれました。今は、何を考えているのか何気ない会話すら減りました。
今すぐにでも、死にたいです。誰か私を殺してほしいと考えます。一度自殺企図しましたが、主人に、何考えてるのか、馬鹿なことはするなと、顔も見ないで言われました。呼吸をするのも、生きていると感じる臓器も辛いです。

感想1

経験談を投稿いただきありがとうございます。

幼少期、母に気を遣って甘えられなかったというお話があり、その時から周囲の感情や状況を読み取って行動し、中学校3年生の時にも「自分が悪者のままでいいや、自分が我慢すれば…」というように、ご自身の気持ちは抑えて過ごされているのかなと思いました。

周囲に心を許せる大人がいないこと、不登校で担任や母親から責められた経験から、投稿者さんには自分の気持ちの発信しにくさがありそうだし、発信する方法を知る機会も少なかったのではないか、と勝手ながら想像していました。もし責められるでなく周りの人が話を聞いてくれたらどうだったのだろうか、と思ってしまいます。

「自分と合わない人への対応はずっと避けて、上手くすり抜けていたように思います」とありましたが、これはこれで自分を保つ一つの手段になりそうだなと感じました。すべて真正面から突破する必要はなくて、かわしながら進んでいくこともあるだろうと個人的には思っています。

また、中学校3年生には担任に恵まれて徐々に学校に通えるようになったという話から、もしかすると周囲の環境があってさえいれば過ごしやすくなるのかなと感じました。ただ、そういった環境を見つけて確保するのも難しそうだなと、複雑な気持ちになります。

最後の段落を見ると、いまは確かに、心身ともに休めたほうがよさそうな雰囲気を感じ取りました。頼れそうな実家を頼りつつ、気持ちを吐き出したり、共有できる場所はリアルのみならずネットにもあるかもしれないので(今回経験談を投稿いただいた死にトリも含めて)利用してもらえたらなと思いました。

感想2

経験談の投稿ありがとうございます。幼少期から今まで、あなた自身が傷付かれたエピソードがいくつか語られており、リアルに想像ができました。幼少期から甘えることを我慢し、家族を助けてこられたのだと私は思いました。本来、幼少期は特に素直に感情を表現していいはずだと私は、勝手に思っているのですが、親の余裕がないと子どもが気を遣って、本音を隠さざるをえない状況に追い込まれていくと私自身の経験からも感じます。幼い頃から家族の力になってこられたあなただからこそ、誰かのために何かをすることで生きる意味を見つけてこられたのだと思いました。

経験談を読んで、何回か人との関わりやコミュニケーションについて困ってこられたのが伝わりました。感想を書いている私もあなたと似たような気持ちになったことがあります。私自身は、親の余裕がなく、あまり手をかけてもらえず、いい子を演じざるをえない家庭で育ったのですが、学ぶ機会が不足していたと社会に出てから実感しています。その中の一つにコミュニケーションや人との関わりも含まれます。なので、死にトリを通して、学ぶ機会を確保できたらと思いました。

パワハラについては、一方的な意見の押し付けや話し合いができない環境、パワーバランスが上下となっているのは、とてもしんどかったと思います。涙が止まらなくて当然だと思います。上司や会社の人がそのような感じだと、あなた自身も自分が悪いという洗脳化に陥っていくのは、想像できるので、死にトリのツールを通して、起こった出来事を一緒に考えられたらと思いました。

感想3

生きないといけない、それだけです。この言葉に引っかかる私が居ます。何となくですが、生きないといけないという義務のような中で生きるのは、何でこんな思いまでして生きなきゃいけないんだろうと、感じてしまうのかなぁ。と私は思います。
家族を庇い、敏感に人の気持ちを汲んだりお世話をして、子どもの振舞い方ではないように感じます。

奮起され、実際に行動しており、友達の存在で必要とされているという今まで味わったことのない感覚に触れたように伝わりました。他人だから通じ合えない、身内だから通じ合える等の多数派の価値観ではなく、もっと違うものがあるように私は感じました。その何かというのは私も模索中ですが、私自身もあなたの経験談を読んで再確認できたように思います。

「甘えを飲み込んできた。」この思いが悪者のままでいい、我慢など、それを自分で保って、人を信頼するより、我慢すればそれで治まると、小さい時にしてきた同じベースになっているように私は感じます。そして、幼少期の生きにくさはずっと変わらないと、自分を分析し、理解している方で、ここが性格の癖など気付いているように感じました。気付いているからこそ、本当の自分を抑えているように私は感じました。自分でうまくコントロールしなければならないと考えてもう1人のあなたが冷静に判断して行動しているのではないか。と私は想像しました。

人格を否定されるのはとても理不尽な状態であったと思います。不眠症で悩む方は本当にしんどいのではないかと想像します。相手は経験していないので、感じ取れていないのではないかと私は思います。パワハラも感情的に話されて謝っても怒りだけでは、涙が止まらなくなり恐怖を感じるのは当然ですし、耐えざるえなかった状態に置かれたのだと思いました。耐えるのが体に染みついているようにも今までの文章をみて、私は感じます。

夫さんに話をじっくり聞いてもらう環境にないように私は感じます。
ただ、じっくり話を聞いて、以前のように受け止めてくれると少し安心出来るのかなぁ。と感じました。それが、夫さんだと信じて本来の自分を出したのに…と心の声が聞こえてくるようなそんな印象をもちました。それもまた、家族に対して出来なかった過去の思いや、しんどい気持ちが根底にあるのかなぁ。と推測してしまうのですが、勝手に分析してしまって違っていたならすみません。

なかなか近くに相談できる場所や話せる場所がないと感じて頭と心の整理がつかない状態ではないかな?と私は感じます。
また近況をお話できる状態であれば聞きたいと私は思います。死にトリでも色々な話せる場所があるので、ぜひ活用していただきたいです。