ここチャット「社会参加ってどういうことなんだろう」実施レポート(2021/06/24)


6月24日のここチャットでは「社会参加ってどういうことなんだろう」というテーマで話しました。参加者は8名(スタッフ含む)でした。

今回は、一つの大きな流れがあるというよりは、参加者それぞれの関心を広げながら、お互いに深め合っていくような展開だったため、その中で出てきた発想や分析などを箇条書きの形で紹介しようと思います。

チャットの一番最初では、自己紹介の代わりとして、2つの質問に答えました。

・「社会参加」と聞いて思い浮かべることはなんですか?
この質問に対しては、ボランティア、労働、投票、ゴミ拾い、参政権、人との出会い、ボランティアとか人との繋がり、輪が広がる?、働くなど様々なキーワードがあがりました。

・「社会参加」に似ていると思う言葉をあげてください。
この質問に対しては、何かの活動を行う(ボランティアなど)、協働、市民活動、社会貢献、社会復帰、独立などのキーワードがあがりました。


これらの言葉から、それぞれの参加者で連想や分析をしていきました。

・人とのつながりとか、人との出会いという考えが、自分にはなかったなと思いました。

・なんというか、社会は1人では作れないんだなという当たり前のことを思い知らされました。

・生きている=社会参加と考えます

・生まれた瞬間から(生まれる前から)人は一人では生きられないのだし、その前提のなかで生きていくということは、最初から社会参加してる(というか、せざるを得ない)のかな?と思いました。

・話し合って自分たちで自分たちのルールを決めていくのは、社会参加のイメージがあります。

・私は社会参加に政府が必要/重要というのではなく、より良い社会・秩序がある世の中にするために政府とか法律が存在していると考えます。

・社会参加ってなんだろうと考えていて、人にしか社会ってないのかな?生きてれば社会参加なら犬とか猫はどうなのかな?

・猫も集まってたりしますね。あれはあれで、社会参加なのかも。井戸端会議みたいな。

・みんな生きているだけで社会の一員であるはずで、だけど社会のなかに居場所がない、いられないと感じる人も少なくはない気がしていて……そこのギャップはなんなんだろうなぁと考えていました。

・主観的社会参加と、客観的社会参加の違い?

・社会参加していると感じられるような人とのつながりって、どういうものなのでしょうかね?

・なんか、ネットみたいな!いろんな糸がいろんな繋がり方してるみたいに感じられたら、一つだけに依存してる感じがなくて、そのネット全体にいる感じがするのかな???

・私は、社会参加していると感じたことがないのでよく分らなかったです。。。

・社会が好きか、嫌いか。も関係あるでしょうか……

・個人的には、利益やコストを目的とせず、行為者と受益者を特定の2者に限らない、互恵的な関係性かなって考えてました…

・持ちつ持たれつな関係ですね。

・「日本」っていう1つの大きな社会ですよね。日本という社会の中に「北海道という社会、青森という社会………沖縄という社会」 さらにそこからまた展開してたくさんの「社会」があるって感覚です。

・社会参加が生きてることであるなら、自然に生活する中で、お互い恩恵に触れてて、そこに行為者、受益者っていう特別な意識はなく……みたいなこと考えました。

・私には日本って単位が大きすぎて想像できません。半径5メートルの社会で暮らしていきたい。

・社会参加って考えてする物じゃなくて、「ああ、そういえば参加してるな」みたいなものかなと考えます。

・自分が含まれる社会という前提があれば、一つ一つの等価交換みたいに思わないで自然に「お互い様」できそうかも。

・世の中って本当に数えきれないくらいの社会が存在していると思います。「自分は社会参加していない…」みたいにネガティブに感じてる人もいると思いますが、絶対に皆どこかの社会には存在してるから暗くならないでほしいな…

・社会にいること自体もですし、社会がこれだけいろいろで、そこに絶対の正しさがないということを知っていくと、一つの社会にこだわる必要性は減るのかな…?(でも、物理的にご飯くれる環境とかだと、そこから抜けづらかったりするとも思うのですが…)

・今日みなさんと話してて、人それぞれが「ここにいていい」「ここにいたい」と思えるような選択肢を持てる世の中のことを、諦めたくないなーって思いました。

・社会参加とは「生活の中で自然に、行為者受益者としての意識をせず、互いの恩恵にふれること」だとすると、その何かが阻まれるときに「社会参加をしていないと感じる」ということになるのかな?と考えていました。それを阻むのって、個人的な要因ではなく、社会的な要因なのかなとか…

最後に、参加者からの感想を紹介します。

生きていれば、初めから自分の意思とは関係なく社会に参加している、という考えには、納得させられました。
でも、社会に参加していることは、現実としては、必ずしも自分にとって良いことばかりではないような気がしました。(社会に参加しているのだから働くべき、みたいに押し付けられたりなど…)
人と繋がる、といっても、どんなふうに繋がればよいのか、理想だけかもしれないけど話し合ってみたいなと思いました。

それぞれ抱いている社会参加のイメージを知れて面白かったです。普段、社会参加しているというのを強く意識して暮らしているわけではなかったので、「社会参加とは何か」が難しいなと感じましたが、個人の主観でしか考えられなかったところを色々な人の話を聞いて視野が広がったように思えます。「生きているだけで社会参加だ」という風潮がもっと広まったり、様々なコミュニティに繋がられるような仕組みが増えたらいいなと思いました。

社会参加の定義によりますが、社会参加と人とのつながりって似て非なるものに感じました。でも個々が社会に何を求めているかが異なるので必ずしも一致しないのでないかと思います。

たくさんの人の考えが聞けたことで、より自分の考えが広がり、考えていることを正確に言葉にしていくことができたと感じています。また、社会参加を立体的に考えられたことで、社会参加とそれを阻む仕組みについて想像する機会になりました。そして、社会参加について一緒に考えようとする人たちに出会えたことで、社会とのつながりを感じる時間でした。もしまた話す機会があれば、社会参加を阻む要因はなんなのか、話し合ってみたいと思いました。

自身で考えていたことととは異なる考えを聞けてとてもためになりました。
また社会参加や社会について、色々な境遇、環境の人がいることを改めて考えていかなければと思いました。
皆違うということが頭に無ければ他人のことを考えることは出来ないし、自身もそれによって何かしらの影響があると思うので、しっかり頭に留めておきたいと思いました。

社会参加という言葉がむずかしい(そもそも社会ってなんだ、とか参加ってなんだ、とか、社会参加してないってどういうことだ、とか、考える要素がたくさんある)気がして、始まる前は、どんなふうに話せるかな?と思っていましたが、みなさんと言葉を重ねる中で認識がすり合わせられたり、広がっていったりして、おもしろかったです。
主観的社会参加と客観的社会参加があるのか?とか、社会参加はみんな生まれた時からしているはずなのに、どうして社会参加していない、できていない気がするのか?など、切り口もいろいろで、考えるきっかけをもらえたと思います。なにより、人と一緒に考えていくことに希望をもらえました。

ひとつのテーマを皆で話し合うことによって、考えが深まることを実感できて、とても良かったです。
そして、まだこのテーマについては考えられそうだと思いました。

色々な考え方があることが、わかりました。多分1人で考えていてもきがつけなかったことなので、参加した意義があったと思います。