マイノリティを楽しめるようになりたい。

島根県・30代


島根県在住。
30代の主婦です。

30代を過ぎてから人間関係に違和感を感じるようになりました。
よくある話だと思いますが、相手が嫌いになったわけじゃないのに友達と疎遠になってきました。
私は結婚していますが子供はいません。
独身の人といても子持ちの人といても話が合いません。
どちらを選らんでもマイノリティ。
私も相手も悪くないし誰のせいでもない。
頭ではわかっていても時々同じ目線で話せる人がいないことをどうしようもなく寂しく思うことがあります。

でもなるべくマイノリティならマイノリティなりの生き方をすればいいかと思うようにしています。
生き方は独身か既婚子持ちの2通りしかないわけじゃない。
人の数だけ生き方はたくさんある。
置かれた場所と環境で自分の思うように生きようと思います。

感想1

 こんにちは。経験談読ませていただきました。

ご自身のこれからの生き方についての決意表明のような文章だなと感じました。

「マイノリティならマイノリティなりの生き方」「人の数だけ生き方はたくさんある」「置かれた場所と環境で自分の思うように生きよう」など、印象に残る言葉ばかりで、あなたの考え方にとても共感しました。

 あなたのおっしゃる通り、今の世の中では「多数派」に属していることが安心感につながることが多いかもしれません。同じ立場同じ目線の人と悩みを共感し合うことは安らぎかもしれませんし、それが出来ないことは寂しさになるのかもしれません。でも、その安らぎと寂しさが、いつのまにか「周りと同じじゃないといけない」という考えに変わりかねないなとも個人的に思います。その考え方はエスカレートすれば、少数派を排除したり、イジメのようなものになりかねないな、とも思います。

 でもあなたのように、人と同じようになろうとするのではなく、自分の生き方を探すことができたら、その寂しさもエスカレートせずに済むのかなと勝手ながら感じました。私自身、他人と違うことに不安や寂しさを覚えたり、他人と同じことに安心感を覚えることはよくあります。でもあなたの文章を読んで、あなたのように誰かの生き方と比べるのではなく、自分の生き方を探していきたいなと思いました。そうすれば、立場や目線の異なる人と話すことで感じるのが「寂しさ」ではなく良い意味での「刺激」に変わるのかも、なんてことも思います。

 そう思うと、30代になってあなたが感じ始めた「違和感」は新たな生き方への「気づき」だったのかもしれませんね。これからのあなたらしい生き方を心の中で応援させていただきます。経験談の投稿ありがとうございました。

感想2

あなたの経験談を読んで、人と「同じこと」「違うこと」について考えていました。「違うこと」が多い人とは共通の話題が少ないため、話が合わない可能性もあれば、自分や相手が知らないことをお互いに共有しあえる可能性もあると感じました。また、「同じこと」が多い人とは、共感し合えたり分かり合える部分がある一方で、同じ経験をしていたとしても感じ方が「違う」ことによって、共感できないこともときにはあり、逆にショックを受ける可能性もあると感じました。なんとなくですが、「同じ」だと分かりあえそうで「違う」とそれが難しいってイメージが強いのは社会の影響なのかなとも思います。学校や職場では、風紀を乱さず皆と「同じ」であることを求められませんか?みんな同じ「人間」だとしても、一人ひとりはそれぞれ「違う」人なのにな…と。あなたが書いてくれたように私も人の数だけ生き方はたくさんあると思います。生き方は社会や他の誰かから決められるべきことではないですし、その人が自由に決めていいことだと思います。ただ、なかなか今の社会ではそれができない人も多いのが現実ではありますが、あなたの経験談を読んで少しでもそういった人が減る社会になればと改めて強く思いました。