ほんとうのわたし

千葉県・28歳・女性

私が「生きづらさ」を感じたのはいつからなのか?
明確に「いつ」とは答えられない。
なぜなら気づいた時には生きづらかったから。

きっと私の中で何年も前から「生きづらさのタネ」が飛散し、誰にもバレないように隠れて流した涙が水となり、涙を隠して振りまいた笑顔が光となり、芽が出て、花が咲き、実をつけた。
でも、その実は収穫されることなく熟れ過ぎ、誰の目にもくれず、朽ちていったんだと思う。 朽ちていった実は処理されることもなく私の中に溜まる。 悩みや苦しみ、悲しみ、辛さ、負の感情が無制限に溜まる。 キャパオーバーになり、初めて気づいた息苦しさ、生きづらさ。

でも私はその間に「創り上げてきたわたし」を壊せなかった。
「どこにでもいる普通の子、真面目、話はいつも聞き役…。」
山ほどある「創り上げてきたわたし」を守るため必死になり、自分で自分を追い込んだ。 そうしないと「わたし」を相手にしてくれる人が居なくなるから。 事実、「創り上げてきたわたし」を好んでくれた友人はたくさん居た。でも、ほんとうのわたし(無気力で何も出来ない、何もしない)を知ったらみんな 「前の貴方はそんな風じゃなかった。」と告げてきた。 それに対して「ごめん」と言い、また「創り上げたわたし」に戻る。

学級委員や生徒会長は他薦され、やらざるを得ない状況でやる。部活ではキャプテン。休み時間や給食の時間は悩み相談されたり、宿題を教えたり。 休みの日でも何かしら遊びに誘われた。

専門学校生時代(リハビリ(作業療法士))は特に辛かった。 3年間固定のクラス担任制で担任に「貴方にクラスリーダーを任せる」と言われ、講義前の準備、提出物回収、講義記録の作成などを任された。 1人でやるにはキツイ時もあったけど、みんな自分のことで精一杯。手助けをお願いするなんて出来なかった。 講義、臨床実習、定期試験、卒業試験と国家試験勉強、卒業試験、国家試験。 「何事もクラスリーダーがトップじゃなきゃダメ」という担任の言葉はプレッシャーだった。誰よりも早く登校して勉強、誰よりも遅くまで勉強して下校。家以外の勉強時間をそうやって確保した。それが当たり前だった3年間。承認欲求が特に強かった時期だったように思う。

「何でも素直に言うことを聞く良い子」。 それが親が望んだ「理想のわたし」。 私は親にとっての「理想のわたし」になろうと必死に自分を創り上げた。兄弟は自由に出来ても、私に自由は許されない。操り人形みたいに過ごした。
そんな環境で不満が無かった訳ではない。 でも不満を口にしたところで、相手にされないのは分かっていたから不満を飲み込み我慢した。
唯一「作業療法士になる」その時だけ、私の意見が聞き入れられた。 医療職…これは親の願いでもあったから。

「創り上げたわたし」を守るために、家でも外でも必死になり、自分を自分で追い込んで苦しめた。 結果、今でも「創り上げてきたわたし」を完全に脱ぎ捨てることが出来ずにいる。毎日、出口の無い迷路の中。
生きづらいなんて言える訳がない。苦しいなんて言える訳がない。辛いなんて言えない。 「生き方が分からない」なんて言えない。 だって、「創り上げてきたわたし」はそんなこと一度も発したことがないから。 これは全部、「ほんとうのわたし」の言葉だから。

いつか「創り上げてきたわたし」が保てなくなる前に「ほんとうのわたし」の言葉が言えたらいいな。 その時は誰でも良いから誰かが、ほんとうのわたしの言葉を受け止めてくれますように。 その時に、きっと私は本当の意味で「わたし」になれる、そんな気がする。

医療職、作業療法士なのに、生きづらいって言って良いのか分かりません。 患者さんには「ゆっくりで大丈夫ですよ」と声かけしながらリハビリをするのに、本当は「ゆっくりで大丈夫」と誰かに言って欲しいのは自分自身なんだと思います。

結果を求められる社会で結果を出せないのが苦しいのと同じように、本当の自分を出せず、苦しんでいる人って私以外にも居ると思うんです。 そんな人が自分を出せる日が来たらいいなと思います。 どんな自分も自分なんだ、、そうやって自分自身も他者も認め合える日が来たら、今より生きやすくなるんじゃないかと思います。

コメント①

原稿ありがとうございます。ものすごく、気持ちというのか実感というのか、あなたの本心が強く伝わる文章だと思って、引き込まれるように読みました。
本当に自分自身も他者も認め合える日が来ることを心から願っています。そのためにずっと活動を続けています。おっしゃる通り、同じように苦しんでいる人はたくさんいると思います。そのような状況を少しでも改善したいと思っています。
本当の自分をだすのが怖いかもしれないけれど、認め合える日への希望がわかるからこそ、一緒に本当の自分を表現し合える社会づくりをしませんか?どこにいても、誰でも、いつでも社会に働きかけることはできると思います。もちろん、経験談を寄せてくださったのもその一つです。これからも、今の社会の本当のことを知っている人たち(つまり、苦しい思いをしている人たち)が社会参加できる方法を考えていきたいと思っていますので、機会があれば、またよろしくお願いします。
身近なところで、出前の居場所が開催されるかもしれません。お時間があれば、ぜひ、来てください。

コメント②

「創り上げたわたし」でいると、気が休まらず常に緊張状態なのではないでしょうか。そんな状態で、だれよりも成果を出していたら、疲れ果ててしまいそうです。それでも「創り上げたわたし」が邪魔をしてSOSを出すのが難しいと想像すると、本当に苦しそうです。親や他人が勝手に求めた理想のせいで、SOSも出せない構造に置かれているのは理不尽だと感じます。
親が望んだ「理想のわたし」であったのであれば、生き方がわからなくなっても不思議ではないなと思いました。自分よりも親の理想を優先していれば、自分がどうしたいのか考えるのが難しくなりそうだからです。
あなたがおっしゃるように、本当の自分を出せずに苦しんでいる人は他にもたくさんいると思います。周囲の人や社会がこの経験談を読んで、あなたのように本当の自分を出せずに苦しんでいる人の存在を知り、気にかけるようになれば、本当の自分を出しやすくなるのではないでしょうか。私はこの経験談を読んで、自分の周りに似たような人がいないかな、自分はだれかに理想を強いてはいないかなと振り返ることができました。

コメント③

本当の自分を出せて、自分自身も他者も認め合える日が来たら…というあなたの希望が心に刺さりました。それは、(少し個人的な話になりますが)私自身もこれまで本当の自分を出せなくて、同じように願ってきたからだと思います。親が望んだ「良い子」を演じてきたので、生きづらいとか、つらい、苦しいという言葉は、心の中では溢れていたけれど、誰かに伝えたことはありませんでした。「生き方がわからない」という気持ちも感じてきました。
こうしてあなたの経験と私の経験の共通点を考えてみると、人間がもう「生き方がわからない」という状況になってしまう要因は、食べるものや住める所がないといった物質的な限界を感じるときだけではないのだと気づきました。本当の自分の気持ちを表現して、本当にやりたいことはやって、本当にやりたくないことはやらない。そんな個人としてある意味当たり前の自由が認められない、抑圧された状況の中にいることで、精神的な限界が来て、生きること自体が難しくなることもあるのだと思います。
世の中には自分以外にも本当の自分を出せずに苦しんでいる人がいるのだろうと想像し、そんな人たちが本当の自分を出せるようになってほしいと願うことのできるあなただからこそ、これから出会ういろいろな相手を寛容に受け入れてあげることができそうだと思いました。それだけでも心を救われる人がいるのではないかなと思います。


私の場合、生きづらさを語る時に良く聞く言葉、「死にたい、消えたい」よりも、「生き方が分からない」ことでの生きづらさなので、周りには更に理解されづらいのかもしれません。死にたい、消えたいという感情すらわかない。生き方が分からないからその感情がわかない。
そんな何もなさそうな状態(周りに言わせたら私は平凡すぎる平凡な人間)で生きづらいと口にしても誰も理解しない。死にたい、消えたいという思いを抱えている人だけが生きづらいんじゃない、その感情すら抱けないけど生きづらい…
「生き方が分からない生きづらさ」が伝わる日が来たら…と思います。