ただ生きるのが辛い。

茨城県・34歳・女



私は最近まで、入院を3ヶ月していました。そのきっかけは、自殺をしようと思い睡眠薬とお酒を一緒に飲んだ事です。小学生の頃からいじめられ続け、高校生の頃は友人から省かれる事はしょっちゅうでした。いつからか人を信用できなくなり、信頼してるフリをし、なるべく人に好かれようと努力をしていた。
好きな仕事に着くも人間関係で上手くいかず悩み無断欠勤を何度もしてしまっていた。相談できる相手が側にいつも居なかった。
もぅここ5年位は、この世から消えてしまいたいと常に思ってしまう。
最初は整腸剤とお酒を飲み、その後睡眠薬とお酒を一緒にのんでしまった。
私は、世の為・人の為と思い、生きてきました。結果疲れるだけ。早く簡単に楽に死ねる方法が知りたいと思う時もある。中々その気持ちから抜け出せない自分が居る。
それから、両親にも素直でいれなく感謝なんて伝えられない。きっと、親を憎む事もしなくなくなるといいなと思うこの頃。彼氏とも今度は会える時が有りますように。
いつか成長した姿を皆に見せたいとは思う。
もぅ少し生きなきゃな…。

感想1

「ただ生きるのが辛い。」というタイトルと、最後に書かれていた「もう少し生きなきゃな…。」という言葉が印象に残りました。家庭内や学校で他者の理不尽な行動に傷つけられたり、あなたらしくいることが許されない状態だったのかなと考えていました。ここ5年はこの世から消えてしまいたい気持ちが強いとのことでしたが、その中でも「いつか成長したい姿を皆に見せたい」と表現されることについて、もう少し聞いてみたい気持ちにもなりました。(私が勝手にあなたの考えや気持ちについてもう少し知りたいという気持ちにかられているだけですが…)

感想2

経験談を書いてくれてありがとうございます。
この世で生きることに疲れ果ててしまったような思いが、伝わってくるように感じました。
生きている限りは休むことが許されない、そんな状況だったのかなと想像しました。例えば仕事を休んだとしても、そこに悩みや罪悪感などが着いてくると、心身ともに休まっていることにはならないだろうと思いました。

なるべく人に好かれようと努力していたら、誰かと一緒にいるときは気を遣いそうで、また一人で過ごす時間があったとしても他者や社会のことを優先的に考えて、自分自身を放置してしまいそうな気がしました。そうして休む暇もなく、疲れが蓄積し続けていたら、「この世から消えてしまいたい」気持ちになるのも不思議ではないと思いました。

それから、私は、両親に感謝を伝える必要は無いと思います。感謝を伝えていないことで自分を責める必要も、全然ないと思います。とはいっても、感謝を伝えた方がいいのではないか…と感じてしまうのはおかしくないし、この社会では親に感謝しなければいけない圧力の方がまだまだ強いなぁとも感じます。

「いつか成長した姿を皆に見せたいとは思う。」の一文が特に印象に残っています。私は、成長ってどうなったら成長したことになるのか、よく分らないし、自分で自分の成長を実感する機会ってあまりないなぁと思います。でも、皆が一日一日、ほんの少しずつ成長しているのかもしれない、とも思います。だから、この感想が届くころには、経験談を書かれた時よりも少し成長したあなたがいるのかもしれない(あなたに実感がなくても)と思いました。

あと、会いたいと思える人がいることはすてきだなと、率直に感じました。誰でもいいわけじゃなくて特別な人なのかな、と思います。
今後、あなたが会いたい、一緒にいたいと思える人と、少しずつでも、本音を押し殺さず、好かれようと頑張りすぎず、過ごせるようになれば、疲れを溜めすぎず生きられるのかもしれないと考えました。

感想3

経験談の投稿ありがとうございます。
私にはこの文章が、あなたのさまざまな思考の軌跡を表しているように思えました。

この世から消えてしまいたいと思う気持ち、世の為・人の為と思う気持ち、人を信用できないこと、人に好かれる努力をすること、疲れてしまうこと、楽に死にたいと思うこと、その気持ちから抜け出したくても抜け出せない状況、みんなに成長した姿を見せたいという思い、もう少し生きないといけないと思う気持ち……。

これらはすべて、あなたの本物の気持ちや感覚なのだろうと想像しています。そのどれかではなく、そのどれもが本物だろうと思いました。

いじめなどの経験をすれば、他者を信用できないことも当然だと感じます。また、信用できない人たちの中で、安らぎをなかなか感じられずに生活することは、きっととても苦しいことだと想像しました。

私が気になっているのは「世の為・人の為」とは書いてあっても、「あなたのため」のことがあまり書かれていないように感じられたことです。
もちろん、苦しみから解放されたいという願いはあなたのためにあるものだと思います。でも、これ勝手な願いにすぎないのですが、苦しみとは別に、そんなものとは関係なく、落ち着いて心地よく過ごせる時間が存在してほしいと思いました。私はあなたにとっての安らげる時間、そしてすべての人にとってそれぞれの落ち着いた時間があるべきだと思います。

そのためのヒントは、きっと、それぞれの人の感じていることや考えていることの中にあるのだと思っています。だからこそ、私はもっとあなたの感覚や気持ちや思いや願いを知って、一緒に考えてみたいと思いました。