勇気が足りない人間の進路

三重県・20代・男


 最近、転職が決まった。業種としては自分が希望する職種を選んだつもりであったし、納得して応募したはずだった。だが、採用が決まってから入社までの間にやらなければいけないこと(主に資格取得であるが)があり、その『やらなければいけないこと』を意識しすぎてどうしようもなく不安になった。

不安になった理由はほとんどの人が思わないような事だ。入社後にも他の資格を取る必要があり、その資格取得用の勉強を『3日で覚えてきて』と言う言葉を真に受けすぎたのだ。入社前に取らなければいけない資格で手一杯で、入社後の資格まで手が回らないと思っていたのに3日でやらなければいけないという気持ちになってからは毎日が苦しくなった。

結果を出さなければいけない、結果が出せなければ結局は不要、そういったことを考えてしまうと、より苦しさが増す。勉強は進んでいるか確認されても、出来ていませんとはっきり答えたときに強く言われるのが怖くて、「まぁ・・・ぼちぼちです。」と答えると「これだけ時間があって合格できないとかダメやで」と言われたときは、正直今すぐにでも採用を取り消してほしいとまで感じてしまった。そこまで言われて本当に合格できなかったときに今以上の辛辣な言葉に自分が耐えられると思わないからである。

言われた日から朝起きるときも体が重くて起きづらいなんてほぼ毎日。朝7時になるはずの目覚ましのアラームが30分以上も前に鳴る幻聴に近い事も起こった。

それでも周りの評価や目が気になってしまい、『やりたくないのに・・・』や『つらいのに・・・』と言う気持ちを押し殺して、周りに求められている人を目指す日々を送ることに慣れてしまっている。生きるということがこれほどつらい事なのだろうか・・・これが生きるということなら正直今にでも死にたいと思う。しかし、家族や数少ない友だちに申し訳ないと思うと死ぬ事に躊躇してしまう。優柔不断なのだろう。

ニュースや新聞で取り上げられる事故・事件で被害に遭う人、若くして自殺してしまう芸能人や学生・生徒、そういった中で生きたいと思っている人たちの代わりに自分が死ねたらいいのにと常に考えてしまう。生きたいと望む人がいとも容易く死んで、死にたいと望む人間が生かされ続けるこの世の中はとても残酷であると思う。

周りに合わせる必要はないし、ダメだったときはその時にまた考えたらいいと周りから助言をされることはあるがその思考に行き着けるのであれば、そもそもこのような気持ちを抱くことはなかっただろう。自分の考え方が少数派、もっというならこんな考え方は一握りの人しか持ってないかもしれないというのは百も承知であるが、そういった気持ちを抱く人も窮屈な思いをしなくてもいいような世の中に私が生きているうちに変わっていく事を切に願う。

感想1

はじめまして。経験談を送ってくださり、ありがとうございます。

書かれている環境や状況のなかで、あなたが感じていることはとても自然だし、当然だと私は思いました。環境や状況というのは、たとえば入社したばかりの社員に「三日で覚えてきて」とか「こうでなければダメ」という会社や、やらなければいけないことを押しつけてくる社会です。

それは、だれかひとりの責任ということではないし、だれかが悪いから、だれかがだめだからということでもないと思います。それでもどうしようもなく、不適当にまかり通ってしまっていることがたくさんあると思います。

たとえば、「周りに合わせる必要はないし、ダメだったときはその時にまた考えたらいいと周りから助言をされることはあるがその思考に行き着けるのであれば、そもそもこのような気持ちを抱くことはなかっただろう」という文章にはまさにそうだと感じました。

私たちは子どものころから、家庭や学校などで「周りに合わせろ」というメッセージをたくさん押し付けられてきたようにも思います。そう考えると、「合わせる必要はないなんて、いまさら言われても!」という気分になりそうですし、「合わせなければいいだけ」と言って終わらせるのは、個人の責任にしているだけで真っ当ではないと感じます。

「生きたいと望む人がいとも容易く死んで」しまうなんて、ほんとうに悲しくてやりきれないことです。あなたが言うように残酷だと思います。でも同時に、だれかに「死にたい」と思わせるような社会のことも私はなかなか許せないです。

当然、死にたいと思うことは決して悪いことではないのですが(だって、思うことは自由です)、死にたいと思わせる社会はどうにかして変わっていかないといけないと思います。
そのために考えなければいけないことは、この社会を窮屈に感じている人やこの社会のなかで隠されてしまいやすい意見のなかにあるような気がしています。

私たちは経験談を読ませてもらって、その感想を書いていますが、そのたった一往復(多くて二往復程度)の対話で知ることができる情報は限られています。でも、あなたがそこにいて、考えたり感じたりしている……ということを知ることができてうれしいです。
そして、よかったら、これからも死にトリでいっしょに考えて、いっしょに試していってほしいと思っています。

感想2

経験談の投稿ありがとうございます。
読んでみて、自分の気持ちを捉えるのが得意な方という印象を持ちました。
気持ちを押し殺していると、自分の気持ちに気づくこともできなくなる場合がありますが、経験談では『不安になった』『やりたくないのに・・・』『つらいのに・・・』など気持ちを表現されていたからです。

生きることは周りに求められる自分を目指すことなのだろうか、と疑問を書かれていました。私はそうは思いません。しかし、そう思わせるのに十分なくらい、「こうなるべき」という圧力が強く、私たちの過剰な「べき思考」を習慣化させている社会だと感じます。

私はあなたに生きることを強制したくはないし、できないけれど、あなたが死を望む気持ちを持ちながら生きていることを否定したくないと思いました。死にたいと思っても、生きたいと思っても、どちらでもなくても、その人が尊いことに変わりはないと思うのです。

また、感情は思考でコントロールしきれるものではないと思います。だから、考え方次第で不安も死にたさも無くせるかというと、そんなに単純なものではない気がします。まずは、気持ちを率直に共有してもらえたらいいなと思います。

自分の考え方は少数派と書かれていましたが、実際のところは分かりませんし、少数派だとしても、「多くの人はそう思わないのだからないがしろにされていい」というわけでは絶対にないと思います。こうして思いを発信していただけたことが、社会を変える力になっていくと信じています。