メンヘラと普通とわたし

23歳 女


4月で社会人2年目になった23歳。

高校の時3年間付き合った方がいた。(Aと呼ぶことにする)別れた後も忘れることはできず、今でもきっと未練がある。そんな風だからか、高校の同級生にはいつからかメンヘラと言われるようになった。最初は自分でもメンヘラなのかもしれないと思っていたが、ネットでメンヘラの定義を調べてみると全く違った。世の中にはもっとメンヘラみたいな人はたくさんいるとも思っていたし、今でも思う。だから笑ってメンヘラじゃねーよと何年間も言ってきた。私の中でメンヘラと言われることがすごく苦しくなり傷つく言葉に変わった。

Aは親にも友人にもなかなか悩みを言えない私が、唯一相談できて助けてくれる人だと思っていた。悩みを言うとダメな点を教えてくれたり提案をしてくれたりした。

つい最近Aと連絡を取る機会があり仕事の話になった。わたしの仕事は日勤夜勤と変動があり、精神的にも健康面的にも苦しい時期がある。そのことを伝えたらたった一言、メンヘラ、、と返ってきた。

その瞬間わたしの中で何かが切れて今まで言われてきた様々な嫌な言葉が頭の中から離れなくなった。全てを否定された気持ちになった。1番信じていた人に裏切られた気持ちを人生で初めて味わった。メンヘラと言われても適当に流せるようになったら強くなったと思うよとAは最後に言った。

苦しいと言うことがメンヘラなのか、弱音を吐かないことが人の強さなのか、悩みを誰かに打ち明けたら病みなのか。ただ頑張ってるね体に気をつけてね、そういう言葉がきっと欲しかったのに。

嫌なことは寝たらすぐに忘れるタイプだが、これだけは何日経っても考えただけで涙が出る。ぼーっとする時間があるとずっとこの言葉が頭をぐるぐる回り、毎日泣きながらシャワーを浴びて泣きながら眠りにつく。他人に期待してはいけない、愚痴を言ってはいけない、自分の中で解決できなきゃいけない。それがみんなの言う普通なのだろう。

両親には申し訳ないが、わたしは短命がいい。余命を宣言されても弱音を吐かず残りの人生を突っ走れたらメンヘラじゃなく、強い人として認めてもらえるのだろうか。二度とメンヘラと言われなくなるだろうか。また人間に生まれ変われるならわたしは強く芯のある人になりたい。

感想1

経験談を送っていただきありがとうございます。

親や友人には、悩みをなかなか言えないと書かれていましたが、悩んでいること以外は率直に話せる関係なのでしょうか?悩みと言っても様々な種類の悩みがあると思うのですが、どんな種類の悩みであっても、話す相手は親や友人ではなく彼を選んでいたのでしょうか?

また、自分が苦しくなる時の原因を分析して、言葉にすることが得意な方なのだろうな、という印象を持っています。それができれば、苦しくなりすぎて健康を損なってしまわないように予防する方法を考えることも、他の人に一緒に考えてもらうことも、やりやすくなりそうだと思っています。

逆に、あなたをメンヘラ呼ばわりする友人や彼は、それが苦手だったのではないかと推測しました。実は苦しいことがあるのに、自分の苦しさの原因に向き合い、言語化するのが苦手だった(もしくはその練習をしてこなかった)のかなと…。
だから、彼らから見ると表面上はあなたがより多く悩みや苦しさについて語っている⇒メンヘラ、という捉え方になってしまったのかなと考えました。
それなのに、Aさんは最後にあなたを弱いものとして見下す言葉を発していると思います。Aさんは自分の苦手あるいは未熟な部分に気づかず、自分を信頼してくれるあなたに甘えていたのだろうな、と私は思いました。

両親に申し訳ない、と感じるのはどうしてなのか気になりました。両親はあなたにとっては特別な意味のある存在だったのでしょうか。それとも親に感謝することを誰かに求められたのでしょうか。

他人に対して、強い・弱いという評価を与えるのは、上から目線のハラスメントだと思うので、私にはできません。
あなたが持ちたい強さとは、具体的には、どんなことなのでしょうか。
私は、別にあなたは今のままで変わらなくても、色々悩みながら生きていて人間らしくて、それでいいのではないかと思いました。
(たくさん気になって質問をしてしまいましたが、もし答えづらければ答えなくて大丈夫です。)

感想2

経験談を書いてくださりありがとうございます。

私は、人には自分のことを自分で決めたり、表現したりする権利があると考えています。その権利は、他の人に妨げられるものではないはずです。
逆にいうと、人には他の人のことを決めつける権利はないと思っています。

だから、「メンヘラと言われても適当に流せるようになったら強くなったと思うよ」という言葉は、とても押し付けがましくて、不当に権利を侵害した言葉だなぁ…と感じました。
これが対話という形のコミュニケーションだとすると、相手の発信には大きな問題がありそうです。

私がとくに感じたのは、次のふたつです。

①相手の存在を勝手に決めつけていること
②自分の論理に沿わないことを「弱い」と評価すること

これらはどちらも、勝手な価値観の押し付けです。だから、あなたが受け入れる必要はまったくないと私は感じました。

「苦しいと言うことがメンヘラなのか」どちらかといえば、苦しいと言えないということが苦しさであり、むずかしさなのだと感じます。
「弱音を吐かないことが人の強さなのか」人に弱いところを見せられないことは、しんどいことであり、それ自体が脆さだと感じます。
「悩みを誰かに打ち明けたら病みなのか」人に頼れないことこそが絶望感につながっていくのではないかという気がしています。

ここまで書いたことも、私の価値観でしかありません。でも少なくとも私は、だれかをしんどくさせる「普通」になんか価値はなさそうだと思います。だから、あなたがそれに苦しんでいるということにはとても共感を持ちましたし、あなたが経験談でその出来事やつらさを教えてくれたことは、とてもありがたいと思っています。

余談なのですが、以前、私も他の人に「メンヘラ」と言われたり、それを聞いて自分でも「私はメンヘラなのかな?」と思ったりしたことがありました。
そのとき、私はいやな気持ちや悲しい気持ちになったので、「メンヘラ」という言葉は私にとってすこしいやな言葉として記憶されていました。
でも、このあいだ「メンヘラという言葉の響きが、メルヘンに似ていて、かわいくて好き」という人の話を聞きました。え、そうなの? なるほど? たしかに! ……と、考えてみると、さまざまな見え方があるのだなぁと思って、なんだか世界が広がったような気がして、すこしほっとしました。

だれもが強くならなくても、がんばり続けなくても、普通なんてものを気にしなくても安心していられる社会について、これからも考えたいと思いました。

感想への返信

この度は経験談に対する感想をありがとうございます。

感想1の質問についてお答えしたいと思います。

> 親や友人には、悩みをなかなか言えないと書かれていましたが、悩んでいること以外は率直に話せる関係なのでしょうか?
はい。最近あった出来事や覚えたこと、ちょっとした愚痴は家族や親しい友人には話せる関係です。ただ自分が精神的に苦だなと感じることは話せません。(感情が先走ってしまい涙が先に出てくるから、それを見せたくないから)

> 悩みと言っても様々な種類の悩みがあると思うのですが、どんな種類の悩みであっても、話す相手は親や友人ではなく彼を選んでいたのでしょうか?
先に答えたように言葉にしたら先に涙が出てしまうような悩みは親や友人に話したことはありません。なぜか彼を選んでいました。彼なら解決してくれると感じていたからです。

> あなたが持ちたい強さとは、具体的には、どんなことなのでしょうか。
精神的な強さです。ブレない理想像や一貫した意見を持つこと、1番はマインドコントロールができる女性。過去に執着せずに自立していけるひと

> また、自分が苦しくなる時の原因を分析して、言葉にすることが得意な方なのだろうな、という印象を持っています。
自分では思ってもなかったので、このような印象を受けていると知り驚きました。
苦しくなった時は、ぼーっとしている時にあれこれと分析して感情の整理をしているからかと。それでも結局解決策が1人では見つけられず、誰かに聞いてほしいと願ってしまうのだと思います。

> 私は、別にあなたは今のままで変わらなくても、色々悩みながら生きていて人間らしくて、それでいいのではないかと思いました。
ありがとうございます。そのままでいいという言葉を今すぐ素直に受け止めて、ポジティブに変わることはすぐは無理かもしれませんが、少しずつ良い方向に考え方をチェンジできればと思います。

感想2
> 「苦しいと言うことがメンヘラなのか」どちらかといえば、苦しいと言えないということが苦しさであり、むずかしさなのだと感じます。
> 「弱音を吐かないことが人の強さなのか」人に弱いところを見せられないことは、しんどいことであり、それ自体が脆さだと感じます。
> 「悩みを誰かに打ち明けたら病みなのか」人に頼れないことこそが絶望感につながっていくのではないかという気がしています。

この言葉を忘れないでいたいと素直に感じました。ありがとうございます。

> だれもが強くならなくても、がんばり続けなくても、普通なんてものを気にしなくても安心していられる社会について、これからも考えたいと思いました
悩んでいることを病んでいると言われる世界、精神的に辛いとこぼすとメンヘラの一言で片付けられてしまう世界、弱音を吐かないことが強さと見なされる世界、普通というレッテルが貼られ続ける世界、わたしは嫌だなと感じています。
この世界観が変わることを望んでいますし、社会を変えるために考えてくださる方々の意見を聞いてみたいと思いました。