私の心の問題

神奈川県 30代 女性 


幼少期からADHD傾向があり、思春期に性犯罪にあい、PTSDと診断され、もがき苦しみ生きる娘に言われた。

ママは自分ばっか病気ぶりやがってかわいそうヅラして。世の中のにはもっと大変な人がたくさんいるのに、なんなの?ストレスでモノに八つ当たりするくらいなら私みたいに自傷行為でもすれば?
知ってんの?パパとママのせいで私がリスカしてるって。

娘がリスカしてるの、知ってる。わかってる。両腕血まみれ、何度も目の当たりにしてきた。その度、責めず、背中をさすり、手当てをしてきた。

18才の娘にとって、私は毒親そのものなんだろう。今思い返せばADAD気味だった幼少期をよく理解できず、うまく受け止められず、怒ったりした。情けなく思ったり態度にだしたりした。本人の意思にわざわざ意見したりもした。意思を尊重せず傷つけたこともあった。娘が理想とするマンガやアニメやらドラマの母親像とは無縁な私。心が満たされなかったのだろう。思春期になるにつれ、ADHDぽさが強く、ひどくなり、やっと、私たち親は少し気づいた。

が、やはり、私は娘が苦手だった。身の回りを整理できないだとかゴミを捨てられないとか、全てにおいてやりっ放しとか、私は同じ家族の一員として、そーゆー感覚の違いが苦手だった。嫌だった。私の気持ちを伝えると、怒る。気持ちうまく伝わらず、言葉のキャッチボールも気持ちのキャッチボールも、互いにできなくなっていた。
その頃には娘の顔を直視出来なくなってた。

扱いのわからない娘が怖かった。

娘は傷つき、自ら傷つけ、苦しんだ。今も苦しんでいる。いまさら勝手、と思われるかもしれないが、理解に苦しむと思われるだろうが、心の底から、娘には幸せに生きてほしいと思っている。

皆さんが、親にひどい目に会わされた、ひどい母親に人生振り回された、という世に言う毒親。私はそれである。自覚してる。悪者。冷たい、娘に無理解なひどい人間。私が、我が娘の幸せを妨害している、だから娘は幸せに生きていない。娘をあんなにしたのは他の誰でもない母親である私だ。

私は、世界一、娘を傷つけてる。

どうしたらいいのか、わからない。どうしたらよい方向へ進めるのか、どうしたらいいのか、わからない。

私も苦しい。つらい。何も楽しくない。

これは言う宛のない懺悔です。

毒を持ってしまっている人間はどうしたらいいのか、知りたい。

娘に毒を着けて苦しませてしまっている事実と、その私自身も毒にまみれで苦しい。自分にまとわりついた毒の払いかたを知りたい。安定剤や睡眠薬では毒は払えない。本当に知りたい。

毒親被害にあった子ども側からの意見や話はネット上でもよく見かける。だけど、毒親本人は、それに気づいたときどうしたらいいのかは書かれてない。加害者側はどーしたらいいかは。知りたい。娘、近いうち家でてくと行ってた。親のせいでリスカし、離れたほうがいいのであれば、それがいいんだと思う。なのであれば残り少ない私との生活、心地よく過ごしてもらえたらと思っている。

同じ家の中にいると、威圧的で怖い。お手上げです。

私が体調悪く、何日も我慢していたがついに耐えかねて、お願いだからゴミは捨ててほしい、散らかした物は片付けてほしい、言われたくなかったらその時にやって、と言ったら、キレて、冒頭の内容を攻め立てて喋ってきた。私は娘といる以上は自分を一切圧し殺して、諦めて、娘のやりっぱなしを片付け、機嫌をそこねることなく、無視されても機嫌よくニコニコしていればそれでいいの?私が怒ったり意見を言ったら、また暴言、切る、家出。もう疲れた。疲れた私に、娘はキレた。もう疲れた。

私に起伏する感情がなければいいのに。疲れるとか、怒るとか。けど残念ながら私にも感情がある。だけど、それは私の自業自得?だから仕方ない?感情なくして我慢して耐えてれば、どうにかなるのか。ならないのか。もう向き合える状態ではない。
悪口と言われてしまうので話す宛もない。簡単に人に話せることでもないが。

主人は単身赴任。家には大人の私と、思春期娘二人。ほんのちょっとした気持ちを、ほんの一時でいいから、一瞬でいいから、その時に共有してくれる目に見える存在がほしい。

感想1

経験談の投稿をありがとうございます。

私は、親子が社会で孤立させられている現状があると感じてきましたが、この経験談を読ませてもらい、やはりこれは大変な問題だと思いました。

親子といえども違う人間同士なので、相手を苦手だと感じることがあっても当然だと思います。

娘とどのように関わればよいか分からず、一人で悩んでいる様子が浮かびました。人との関わりに正解はきっとなくて、色々な相手と色々なバリエーションを試していくなかで、なるべくお互い嫌な思いにならない人との付き合いが見つかるのかなと思います。そして、苦手な人との関わりを避けることもまた、優しさだと思います。

あなたが娘に幸せに生きてもらいたいと願う気持ちは、経験談を通して強く伝わってきました。そして、あなたが娘と生きる方法を模索してきたことは、十分に大人としての責任を尽くしたと言ってもよいのではないでしょうか。あなたの経験を聞いて、どんな支えが足りないのか考えることは、社会の私たち全員の責任ではないでしょうか。

娘さんの人生の責任は、娘さん自身にあると思います。娘さんは、あなたが「ストレスでモノに八つ当たりする」ところを見て、自分の思いを発信していたので、他の人の辛さを想像する優しさがあるのだろうなと感じました。

幸せの定義は人それぞれで、あってもなくてもよいし、幸せになろうとしてもしなくてもよいと、私は思っています。あなたにとっての幸せと、娘さんにとっての幸せは、また違うのだろうと思います。

加害者側はどうしたらいいか知りたい、と書いてくれていましたが、私もちょうどそれを知りたいと思っていたところです。誰でも意図せずとも、他者を傷つけている可能性があって、傷つけあわざるを得ない世界で私たちは生きているように思うからです。

最後の「ほんのちょっとした気持ちを、ほんの一時でいいから、一瞬でいいから、その時に共有してくれる目に見える存在がほしい。」という一文が心に残っています。何気ないその時の気持ちを共有して受け止めてもらうことで、支えられる人はたくさんいるだろうと思っていて、本来であればそうして支えあうのが自然な社会だよなぁと思うのですが、現実はそうなっていないのが苦しいです。

加害者としてではなく、誰かを傷つける経験をして苦しんでいる、あくまでも一人の人間として、似たような思いを持った人たちと交流できる機会があれば、考える視点を増やしたり、感情を取り扱いやすくなったりしそうでしょうか?

感想2

二度目の経験談を送ってくださったのですね。前の経験談を読んで、その後どうなったのか気になっていましたが、その後も自問自答を繰り返し、深い苦しみの中にいらっしゃることがわかりました。

ご自身を毒親だとおっしゃっていますが、私は毒親育ちだという若者が「毒親は自分のことを毒親だとは気づいていないし、毒親だとは言わない」というのを複数聞いたことがあります。そのことにはとても説得力があり、自分も納得しました。それを考えるとあなたはご自身を振り返り、「毒親だ」と理解している時点で、毒親ではないのでは?と思いました。

毒を持ってしまっていると、おっしゃっていますが、絶対的な毒を持っているということではなく、たまたま娘さんとの関係の中でよくない影響を与えてしまった側面があったかもしれませんが、そのことイコールあなたに毒があるということにはならないのではないかと思いました。その側面は誰か違う人とのかかわりの中ではいい影響を与えることもあります。人は多面的な存在ですし、関わり方も様々です。

親子であっても、別の人間です。相性もありますし、親子だからと言ってお互いに分かり合えたり、うまく付き合えるわけでもないと思います。また、子どもの人生を親が一生背負う必要もありません。むしろ、親だからと言って何かできるとか、何かしてあげなくちゃと思う方が間違っているのかもしれません。娘さんは深く傷つき、苦しくて、あなたを責めるかもしれません。でも、それらは娘さんの問題です。それを分けて考えることは難しいかもしれませんが、私はあなた自身の人生や生活をまずは見てもいいと思いました。そして、娘さんの力を信じて、無理だと思うことは他の人を頼ってもらいたいと思います。こうして、二度目の経験談を書いて送ってくることができるので、頼る力はあると感じています。