温かい気持ちになりたい

兵庫県・20代・女性


お母さんはとにかく怖い。私のことを、小さい時、離乳食が始まるぐらいまではとにかく育てやすかったのに、といつも言う。泣きもしない、反応もしないからほったらかしても大丈夫だし、まだ動けないから家に1人置いて買い物に行くこともできたと。離乳食が始まったら、口の周りにご飯が着くのを泣いて嫌がったので、潔癖になったら困るとわざと顔中ご飯をベタベタに付けたとお母さんは自慢げに言った。私は覚えていないからよくわからないけれど、悲しい気持ちになった。

小さい時のことは断片的にしか覚えていないけれど、3歳ぐらいのときお酒に酔ったお母さんに馬乗りされて痛くて辛かったことや、ちょっとドアを閉めるのに音を立ててしまっただけでものすごい勢いで怒鳴られたこと、買い物に行くときもお風呂に入るのもいつもお父さんだったことはとても覚えている。それがとてつもなく嫌だった。お父さんのことをうまく言えないけれど、すごくお父さんのことが生理的に苦手だった。

小学校ぐらいのときは、私はもともと運動音痴だったから、ボール投げや縄跳び、鉄帽、公園の遊具が全然使いこなせなくてお母さんにいつも怒鳴られていた。学校がお休みだと、幼稚園や保育園の子たちが集まるような公園に連れて行かれて、遊具がうまく使えなくてお母さんに怒鳴られて、小さい子たちには「なんでこんなのができないの?」とバカにされて。それが毎週続いたから「学校お休みの日、熱が出たらいいのに」と思っていた。

小学校に入学した時から勉強ですごく困ることは無かったけれど、運動音痴だったし、そもそも歩き方がちょっと変だったり喋るのもうまく喋れなくて詰まったりしていて、歩き方や話し方を何度も真似されたり、同級生にも先生にも「小学校じゃなくて保育園に行ったら?」と言われたり、同級生に「Rちゃんは何にもできないからトイレも自分でいけないよね」と言われてスカートやパンツを脱がされることもあった。嫌だったから家でお母さんに相談すると「Rが悪い。嫌ならやり返せばいい」と言われた。

学年が上がるにつれてどんどん状況が悪くなり、物を隠されたり、虫を食べさせられそうになったり、暗い部屋に閉じ込められたり「Rは赤ちゃんだから給食食べられないし」と給食を食べられてしまうこともあった。でも誰に相談していいかわからなかった。先生にも「Rは本当に小学生なの?何にもできないなら幼稚園いったら?」と言われたから、相談しても私が悪いと言われると思っていた。結局いろんな嫌がらせが小学校卒業まで続いた。

中学校でも半分は小学校の同級生だったから怖かったけれど最初は周りも学校に慣れないからそんなに嫌がらせはなかった。でも体育の授業で私は馬跳びをしたことがなく不安で、でもやらないといけないからやってみようと思ったらうまく飛べずに崩れてしまい胸から落ちてしまった。痛くて動けなかったけれどクラスの人のクスクス笑う声が聞こえて泣きたくなった。先生に抱き抱えられて保健室で休んだ。その日家に帰ると電話で報告があったらしくお母さんにすごく怒られた。なんでそんなに鈍臭いのだ、なんでこんな小学生ができるようなこともできないのだ、幼稚園からやり直せばいいのに。そんなことを言われた。悲しかった。痛かったでしょ、大丈夫?って言ってほしかった…。でもそんなことを期待してはいけないとだんだん思うようになった。この時ぐらいから、お母さんは私が信用ならないからと言って勝手に私の部屋に入るようになった。勝手に整理整頓をしたり、カバンの中を見たり。それで文句を言ったり勝手に内容を家族や仕事の人に言ったりするようになった。だんだんお母さんに色々聞かれたりするのが怖くなってきてお母さんの思うようなことを言えるようにしなくちゃと考えるようになった。

高校もお母さんが決めた。併願校もすべて。希望は言ったけど聞いてもらえなかった。そんなところに行ったら恥ずかしいと言われた。この頃には私服も自分で選ばせてもらえなくなった。私が選ぶとおかしいらしい。中学生らしい格好をしなさい。お母さんが決めた服しかだめだと言われたけど反抗したら勝てないので言いなりになるしかないと思った。

高校に入ったら嫌がらせは全くなかった。家からちょっと離れたところに行ったということもあるけれど、学校に行くのが楽しみだった。それなのに急に教室に入れなくなってしまった。授業中に嘔吐してしまい、保健室に連れていかれたきり教室に戻ることができなくなってしまった。行きたい気持ちなのにいけなくて悲しくて毎日保健室でわんわん泣いていた。その時保健室の先生が頭をずっと撫でて、背中をさすってくれていて、なんだか初めての感覚だったけれどすごく温かい気持ちになった。結局教室には戻れず留年か転校を決めないといけなくなった。お母さんの目を見るのが怖かった。お母さんは、私が何もできない子だから支援学校に転校したいと学校に言ったらしい。何校も見学に行った。でも条件の合うところがなく行けなかった。引きこもりや不登校を経験した子どもがいる施設に通うことになった。お母さんは私をことを諦めるといった。私は何もできないからこれ以上求めるのは可哀想だとも言った。私はなんて言っていいのかわからなかった。

でも高校を中退してもお母さんがどう変わったのかはちょっとよくわからなかった。高校生には思えない。高校生ならこういう服を着るべきだ。あなたは幼稚園児ぐらいの能力しかないからものを自分で決めてはいけないと言われた。だから今でもほとんど全てのことにお母さんの了解がないと行動できない。服も持ち物も。通信に通って高校は卒業して大学に行ったけど母さんの許可がないとアルバイトに応募できない。化粧品も全てお母さんが買ってきて言われた通りにしないといけない。髪も美容院で髪型をお母さんが指定する。でも言う通りにしておけば怒られることはない。

でもこんなに言う通りにしてもお母さんは私の文句を言ったり愚痴は言うけれど優しくはしてくれない。記憶の中では手を繋いでもらったこともハグをしてもらったことも頭を撫でてもらったこともない。幼稚園児って言うなら幼稚園児みたいに抱っこしてくれたらいいのに。買い物も危ないからって手を繋いでくれたらいいのにとよく思っていた。でもどうやってお願いしていいかわからなかった。絶対拒否されるから。大学の先生はすごく優しくて親身な先生ばかりだから、こんな人がお母さんだったらいいのに…と思うところから、先生でもいい、誰でもいいからハグしてほしいと思うようになった。結局、心のお母さんのような存在になった先生に嫌われたくないという想いが強くてハグをねだるようなことはしなかった。でもやっぱり物足りなかった。お金を払ってもいい、好かれていなくてもいいからとにかくあったかい体温に包まれたいと思いネットで思いつくまま調べた。アダルトサイトばかりが出てきて自分が嫌いになった。

どうすれば温かさって得られるんだろう。

感想1

経験談を送ってくださって、ありがとうございます。

「お母さんはとにかく怖い」と思うのは自然な気持ちだと思います。嫌なことがたくさんあっても、とにかく怖いという気持ちなら、拒否することはできなくて、我慢するしかなかったのだろうと思います。
両親は、あなたがどんな気持ちでいるか、どんな遊びをしたいか、などに興味を持って想像するのが不得意だったのかなと思いました。そこに悪意がなくても、あなたの立場からすると悲しい・寂しい気持ちになっても不思議ではないなと想像しています。

幼稚園や小学校で嫌がらせするような未熟な大人は、あなたの心に一生残る傷をつけてしまい、他の子たちにとっても悪い手本にしかならなかっただろうと思うので、先生の仕事をするべきではなかったと思いました。
馬飛びの話を読んで、あなたの挑戦を嘲笑った人たちは卑怯だと思いました。あなたが勇気を出してやってみた、でも落ちてしまった、ということの、どこにも見下していい要素がありません。あなたの痛みを想像して手助けしようとする思い遣りを持てないことは、クラスメイトたちの心が貧しかったのだと思いました。

母親さんは、あなたのことを信用ならないと言ったようですが、実際には母親さんが自分自身のことを信頼できていないように見えました。母親さんには、自分自身の人生とあなたの人生は別のものだ、というイメージがしづらそうに見えました。
母親さんが自立するためのきっかけは、家族以外の人の力を借りないと難しそうだなと思います。(念のため付け加えると、あなたには母親さんの自立を手助けする責任はありません。)

母親さんがあなたに命令をすることは、本来は正しいことではないので、今はやめてもらえないとしても、「従わなければいけない」のではなく、あなたの希望を、行動に移すのが難しくても心のなかだけでも尊重していてほしいです。そして、よかったらネットの居場所でも、あなたの希望を発信してほしいです。

「温かさ」は、あなたの希望や気持ちを尊重して関わってくれる人たちと出会うなかで、少しずつ心の豊かさとして自分自身の中に蓄積されていくものなのかなと、私は思いました。

感想2

経験談を投稿いただき、ありがとうございます。

冒頭の母親さんが投稿者さんの幼少期を語る部分、私も読んでいて悲しい気持ちになりました。ほったらかしだし、嫌がることをわざとさせられていたのか、と……。
母親さんのみならず、同級生や先生からも○○ができないから、や、小学校ではなく保育園に……、と言われた話があり、とても悲しく感じました。
そして、学校であった嫌なことを母親さんに相談しても投稿者さんが悪いと一蹴されてしまうとなると、味方感はないなと思ってしまいました。

また、文章を読んでいて、投稿者さん自身はどこにいる……?と感じました。
意志ある一人の人間なのに、何事も母親の指示を仰がなければならないのには違和感を覚えます。人の言うとおりにふるまわないと認められないのだとしたら主体性なんてあったものじゃないし、投稿者さん自身が尊重されてないと思いました。尊重されていないことは存在を認められていない感覚にもつながりそうで、それは居心地の悪さにもつながるだろうと考えてしまいます。
でも、母親さんから怒られないように、過ごしやすくなるために投稿者さんにとって必要なことなのかと考えると、複雑な気持ちになりました。

私自身も、温かさはどうしたら手に入るのだろう、と考えることがあります(答えは出ていません……)。文章を読んで、そのことについて個人的に一緒に考えてみたいなと感じました。