罪と罰

兵庫県 39歳  女

私には愛がわかるはずのない愛のない子だという自覚がありました。

母親は、私を32で産んでから関節リウマチにかかり、
10年前、59歳で亡くなりました。
とにかく父方の祖父母に対する不満や罵りがひどかったです。
祖父母のせいで病気になったとずっと言っていました。
病気で手が動かないことに対するイライラも私にぶつけられました。
母方の親族からはお前を産んだからそうなったのだと言われました。
私は私でどうしてうちのお母さんは健康なお母さんじゃないの?と思っていました。

私は小さい頃は忘れ物や遅刻が多かった子でした。
小学4年の時も、寝坊して誰もいない通学路を一人で走って小学校に向かうとき
半裸の男がバイクで近づいてきて、私の手をつかみ自分の性器をもむように脅されました。
私は叫んで助けを呼ぶことがパニックでできませんでした。
ただいう通りにしないとナイフで刺す。といわれそのまま性器をもみ、なめろと言われて
咥えました。やっと離してもらえた私は学校に行きました。
何で遅刻したかは言えません。何があったのかも言えません。

休み時間に泣いたら、あとは普通の顔をして授業を受けて、
何もなかったんだ。そんなことしたなんて知られるわけにはいかない。
細かな記憶は二週間くらいで抹消されました。
でも隠している。親にも先生にも言えない。刺されると脅されたからと言って
性器をなめた私は異常者だ。という気持ちだけがずっと心を支配していました。

高校生になって初めて男性に告白されました。
そのころには性行為の意味もだんだんと分かってくるころでした。
しらない人の性器をなめた私が誰かと性行為をする。そのことが気持ち悪かったです。
私はその男性の告白にはこたえられませんでした。理由を話せず無視したのです。
ただその男性に味方するものが多く、今度は高校内で精神的リンチが始まりました。
ごみを投げつけられたり、死ねと言われたり、誰にも助けを求められませんでした。
自分の内面が汚れた恥ずかしいものだと思っていて知られるわけにはいかなかったのです。
いじめはひどくなり、成績が下がり一浪しました。

そして地元の大学に入学したのですが、そこでもいじめが続いている気がしました。
どうして?私のうわさが広まっているの?町へ行っても、家にいても非難の声はします。
見張られているの?いつの間にか私は統合失調症を発症していたのです。
どこからが現実でどこからが幻聴だったのかはわかりません。
夜中、声のする方向に徘徊し中々戻ってこないこともありました。

ただ幻聴で周囲に殺されると思い込んだ私は駅で鏡をたたいて泣き叫び、
駆け付けた鉄道警察を蹴り、そのまま警察署に保護されました。
帰ってからも家族は家族の姿をしているけど本当は悪魔だから殺しなさい。とか
ここはあなたが本来いた世界ではないから逃げなさいとかいろいろな声が聞こえて暴れて眠れませんでした。
そのまま医療保護入院になり、四か月入院しました。
やっと声は幻聴だったことが理解できた私は、でも最初からすべて幻聴だったわけじゃない。
この病気の発症の原因は、告白してきた男性にある。
私は病気をだれかのせいにしたくて心の中でその男性を罵り続けました。
でもその男性はほかの女性と結婚し子供も生まれました。
最後に脅迫めいたメッセージを男性に送りそれをもとにブロックされ
私は愛と切り離されました。

男性経験がない。誰からも愛されない。醜い。
自分の評価がその点に固まり、他の評価が見えなくなりました。
病気になるまでは正社員でバリバリ働いて、自立して、プライベートも仕事も充実して
そう思い描いていました。
来るのはそれを果たした友人からの報告事。
それを祝えない私の醜さはやはり私が異常者なのだと思いました。
今は障害雇用のパートで働いています。
病気になりながらもそこそこの大学を出ましたが、
10年下の子に指示を受ける毎日です。
いじめられたことを憎んでも、今生きていられるのは障害になったおかげでもらえた障害年金と障害になったからもらえた手帳での障害者雇用です。
悔しかったです。生きる意味が分かりませんでした。

何とか正社員になれないか今までいろいろしましたが無理でした。
今は親の老齢年金も含めて生活できていますが、今後この生活が破綻していくことは目に見えています。

半裸の男に刺されて死んだ方が綺麗のままでいられたかな
半裸の男に出会った小4で私の人生は詰んだんだと思います。
じゃあ、その後の人生は何なのか。早く終わらせてほしい。
性行為って愛なんですか?
欲の処理でしかないと思います。
愛ある同士体外受精で妊娠すればいいとずっと思ってました。
異常者ですよね。

わかってほしいというより、おいてほしかった。
例え異常者でも一人では生きられないのだから。
いじめで存在を否定されたくなかった。
私は半裸の男に出会った瞬間に人生終わったなら
今生きている生活は何だろうかと思います。

事件って逮捕されて刑が執行されてそれで終わりじゃないですよね。
被害者も加害者もその後の生活があって、その後の生活の方が長いです。

いつまでも被害者で、いつまでも障害者で、いつまでも異常者でなければいけない
という心の十字架を背負っています。

普通ではない。異常者だ。幸せになってはいけない。
嘘をついて生きなければいけない。

感想1

お母様のご病気、家族との関係・・・描かれた様子に切なさを感じながら読み始めました。ご自身も忘れ物や遅刻が多かったという回想の後に語られる、人生を揺るがす出来事、そしてその後に周囲との齟齬から生じたと思われる発病・・・。

なにゆえにこれほどまでの苦しみを受けなくてはならないのか、しかもたったひとりで。そしてこれらのことは、自分から望んだり選択したわけでもないのに。投稿者さんは世の中のあらゆる不幸を全て引き受けてしまわれたのではないかとも思えました。

投稿者さんはご自身を「愛がわかるはずのない愛のない子」と評され、異常者とか、醜いといった表現の末に、幸せになってはいけない、嘘をついて生きなければならないとまで仰っています。けれども投稿者さんには何の落ち度もないのに犯罪の被害者にさせられたのです。幼少の時に受けた理不尽な暴力はこんなにも影響を与え、必要もなく自分を責め続けるものなのだと思い知らされています。こんなことが起こってしまう危険でゆがんだ社会であってはならないし、安心で自信を持って自由に生きられる社会にしなくてはならないと改めて強く思います。

加えて思ったことがあります。世の中や身近な相手からも執拗にマイナスの評価や言動そして攻撃を受け続けているので、投稿者さんが「マイナスでもいいから~」と思ってしまわないように、という願いです。これ以上自分を否定したり価値のないものとしたり、投稿者さんの人生の選択肢を狭めて欲しくないと思いました。

ですからこの場が投稿者さんのもやもやするものを吐き出せる場になったり、思いを受け止めることができて少しでも気持ちが切り替えられるきっかけになれることを祈ります。きっと思い出すことも忌まわしいようなことばかりだったと思います。投稿をありがとうございました。

感想2

性的暴行をした者の行動は、赦されるものではないと、憤りを感じました。
その時のあなたの行動は、命の危険に晒されての、やむを得ない行動で、正常だったと思います。

母親さんがイライラをあなたにぶつけたことは、正しくなかったと思います。ぶつけられる感情に対して、あなたが心の安全を守る方法のないまま、じっと耐えていたのかなと想像しました。

他人にいわゆる告白をされても、答える必要はなく、無視する権利は当然あると思います。あなたは当然の権利を行使しただけです。それは、集団で暴行をしてもいい理由にはなりません。(理由があっても暴行してはいけませんが。)

「病気を誰かのせいにしたい」と思うのは、自然なことだろうなと思います。あなたは悪いことをしていないのですから。

でも、思考が極端になってしまうのは苦しいなぁとも思います。考え方が固まってしまって苦しくなるのは、誰でもあり得ることだなと思いました。
自分が異常で醜いとするあなたの考え方を、否定したくはありません。でも、私の考えは違います。どこまでも正常な生き方をしている人だと思いました。

働く者と障害のある者に区分する雇用制度って、正しいのでしょうか?
私は、そんな仕組みは窮屈で不自由だなと思います。でも、どのように変えていけるのか分からず、手探り状態です。

人生が詰んだ後の人生(みたいな何か)、それも美しいと思います。
何かになりきれないままで、そこにあっていいのではないでしょうか。

返信

例えばもし大切な人ができたとして
こんなこと打ち明けたら、私はきっと受け入れられない。だから嘘をついて普通にとおもいながらも普通のかおをすることにもう疲れていました。異常者ではないといってくださり、ありがとうございます。私の周辺にこのはなしをすることはありませんが、異常ではないといっていただいたことで、ここにいていいんだよ。
生きていていいよといってもらえた気がします。ありがとうございました。