生きるを学んだ

千葉 20代  男


私は、死にたい。というより自信がないから逃げたかった

私が過去に、体験した話をします

一昨年の春、私は一度思い悩み、大量服薬を経験しました。

今の自分の生き方を思い、これからの人生を想ふと、生きることから逃げたくなったから。

別に、死にたかった訳ではなかったけれど、生きたくなかったから。

私は、両親からも身近な人達からも、愛されて育ちました。何一つ不自由もしてないくらいに愛情をもらい、気づいたら大人になってた。でも、他人と何かが違う自分自身にも、大人になるにつれて次第に自分を理解してきた。

考えてみたけど、初めは分からなかった。どうして人と違うのか。どうしてみんなと同じように生きていけないのか。自分には何が足りないのか。判らなかった。

そうしていると大人になって気づいた。

私は、発達が人より遅れているのかと。

未だにわからない。人と比べたりも出来ない。でも、自分の事だから自分が一番よくわかります

体験してきたことをお話するつもりですが、愚痴として使います。

私は心が他人より幼い。だから、まともになれないのでしょうか。

人と比べたがり、他人の幸せそうな風景を羨ましいと思うだけで。まるで何も出来ないかのように生きてる事が嫌になって。 思い詰めてしまって、薬に手を出してしまった事がありました。

隣の芝は青い  と聞いたことがあるけど、その言葉にとらわれて何でも羨ましがって、自分を駄目にして

だから、薬に目映りしてしまった

薬を50~60粒飲んでしまった。

一度倒れて、意識が朦朧としていたときに、家族の声がしてた。名前を呼ばれていた。

でも、声が出せない。体が動かなかった。目を閉じた。

意識が朦朧の中で、気づいたら救急車の中にいて、母が側で泣いてた。

ああ、何してんだろって思いながら意識が朦朧としていながら後悔してた。

また、意識がなくなって気づいたら病院のベッドで眠っていた。

周りから名前を呼ばれていたことに気づいてた。でも、声がでない。苦しくて

何度も体内の薬を吐いて苦しくて声が出せないくらいに吐いて苦しくて吐いた。

意識が遠退いて、亡き祖父から、(生きろ)って言われたような気がして、目が覚めたら今度は自宅の布団で3日間眠っていたらしい。

大量服薬をした経験から、気づいた。

薬は、人を駄目にする。下手をすれば、本当に簡単に死に至ること。

だから、薬は怖いんだって

気づかせてくれた。

今も、正直なところ、生きたくない。

でも、いつか自分に自信が持てるような大人になれるまで。

生きていたくなった俺がいる。

死にたいと自分に自信が持てない人に、薬だけは絶対に飲んではいけないことを伝えたくて。メッセージをしてる。

生きるってたいへんだけど、まだ生きていたくないけど、何となく今日も生きてる自分がいる ありがとうございました

感想1

 自分と他人との違い、それを実感する経験が小さい頃から何度も積み重なってきたんですね。その違いをあなたは「自分の心が他人より幼い」と表現されていて、そこから、周りの物ばかり欲しがる幼い子がイメージとして浮かんできました。その欲しがった果てに、薬に手を伸ばしてしまった。きっとそういうことなのかなと、想像させていただきました。そして意識が朦朧とした三日間のことは、簡単には言い表せない怖さがあると思います。ただ、今こうしてあなたの経験談を読めていることが単純に嬉しいです。

 ただ、他人の幸せを羨ましく思うことを、「幼さ」と感じるのはどうしてなんだろう、どんな経験をされてきたんだろう、そんなことも思いました。自分よりも幸せそうな人を羨む気持ちは、多かれ少なかれ誰しもが持っている感覚だと思います。でもそれだけでは済まない苦しさがきっとあなたにはあったんだろうと感じました。だからこそ、それがどんな苦しさだったのかもっと聞いてみたい気持ちが生まれました。

 そんな苦しさの中で行なった大量服薬を通して、「生きるを学んだ」ということで、タイトルの解釈はあっているでしょうか? 「生きる」って一体どういうことなんだろう。私もよく悩みます。そしてどれだけ悩んでも、その答えはまだ全然わかりません。だからこそ、あなたが「生きる」ことについてどう思い、何を感じたのかがとても気になります。でもあなたが大量服薬を通して感じたことは、あなたにしかわからないもので、あなただけが感じることができるものなんだろう、とも思います。他人にはなく、あなたにしかない経験を通して、あなただけの学びがあったんだろうと、想像しています。

「でも、いつか自分に自信が持てるような大人になれるまで。
生きていたくなった俺がいる。」

この言葉がとても好きです。きっとあなたにしか言えない言葉だなあと感じました。死を近いところで実感し、でも生きたいとは思えない。正反対のような気持ちを持っているあなただからこそ、出てきたのかなと思います。

 他人を羨んで自分を駄目にしてしまう、そう言われていましたが、あなたの文章を読んでいくにつれ、あなただけの経験、あなたにしかわからない学びや思いがたくさんあるのだなと、私は感じました。周りを見れば色んな嫉妬や羨望の気持ちが生まれるかとは思います。でもあなた自身で得た経験や感情も大事なのかもなあ、なんてことを勝手ながら思いました。
ちなみに、私個人の考えではありますが、生きる喜びを感じている人よりも、あなたのような生きづらさを感じながらも生きている人の言葉の方が、より伝わってくるなと思います。

 だからというわけではありませんが、これからも今回のように、あなただけの経験を通して感じたことを、メッセージにして伝えていただけたら嬉しいなと思いました。

感想2

「まともになれないのでしょうか?」と書かれていて、あなたの思う「まとも」とは何なのだろう、と聞いてみたくなりました。

他人を羨ましいなと思うことは、多かれ少なかれ誰でもありそうな気がしますし、悪いことではないと思います。

また、自身の経験を振り返って、そこから気付きを得ることができる方なのだと思いました。それは、あなたにとっては必然的なことなのかもしれませんが、誰でも簡単にできるわけではないと思うのです。

私はこの経験談から、人と同じではなくても、自分に自信を持ってもいいんだな、と思わされました。ここでの自信とは、何かができることよりも、生きていること・存在していることそのものへの自信なのだろうと思いました。

「何となく今日も生きてる自分がいる」という報告が嬉しかったです。

感想

読んでくれてありがとうございます
正直、自分が思っていた回答とは違い、おもろいなあ と思いながら、でもありがとうと思った。
自信なんて、ないです。だから生きて自分自身を確かめたい気持ちです。かも知れない
あまり笑わない俺ですが、少し笑えました。読んでくださる人がいて、温かい気持ちになります。感謝

ここからは、質問の回答

[生きることを学んだ]→生きるとは

60錠の薬を飲んだことで、飲んだ罪悪感、飲んだことで長く苦しみもがき、嘔吐し辛さや自身で痛みを知れたことで、まだ痛みを知り得る感情があると経験して感じられた。意識がなくなり、生死をさ迷う経験を出来たことで、生きることのありがたさを知れた。

(まとも)とは

出来るのにやらないこと
周りと比べて、みんなが当たり前に出来ていることが出来ないこと
なのかもしれません。わかりません

貴女様の回答、嬉しかったです
ありがとう

最後にこれも縁なので、
薬は、医師により適した量を飲んでください。