いつか終わりが来る

【東京都・25歳・女】


家を出てからすでに2年が経とうとしているのに、いまだに親から言われた数々の言葉が忘れられず、涙が出る。

母は私を何かエリートのような人間に育てたかったのだと思う。
英才教育を施され、幼稚園受験や中学校受験をさせられた。
しかし、私はどこも受からなかった。
強い気持ちをもって臨んだことなどないが、「なんとなく」で受かる人もいるのだから、私が必死に努力しても落ちたかもしれない。

母は、教育費をどぶに捨てたとよく言っていた。
そして、私が幼稚園受験の時にひどい態度(同じ受験生の子におもちゃを貸さなかった)をとっていた、と私を叱るときに繰り返し蒸し返した。

例えばこんな風に
「あんたは昔からわがままで自分勝手だった。幼稚園受験の時だって・・・」
それ以外にも、私を叱るときには、必ず「昔のやらかしたエピソード」を蒸し返され、そのたびに私は反発しつつも、その時の羞恥心がワーッとよみがえり、消えてしまいたいような気持になった。

それから、私はよく、自分の同級生や、母の友人の子供とよく比較された。
「隣の○○ちゃんは身長が170cmあるんだって!ずっとバレエを習っていたから、すらっとしていて綺麗よねぇ」

こういう時母は、基本的にけたたましい声で喋ることが多かったので、その時はものすごく不快だった。そして、私が成人するころには、普段の母の声を聴いただけでも不快で気が滅入るようになった。
「○○ちゃんは、塾の無料期間を使って塾に通っているから、ほとんどお金がかかってないんですって。お前にはとてもお金がかかっていたけれど」
「お前みたいなやつ、みんなに嫌われる。」
「誰もお前みたいなやつと結婚したがらないから、山で自給自足の生活をすれば?」
「結婚しないなら、一人で生きていくしかないんだよ。最期は野垂れ死ぬんだよ」
などと言われた。親からは極端な「暗い将来予想図」を聞かされた。

他にも、
「隣の子はお手伝いをよくするのに、お前は何もしない」
「いつも本ばかり読んでいるが、くだらない本を読んでいても、脳みそが腐るだけだ」

大人になり、一人暮らしをし、自分の面倒を自分で見ることができるようになってから振り返ると、全く親の手伝いをしなかったし、家族のことが嫌いすぎて、親を喜ばせようと思わず、母の日・父の日にプレゼントをあげたこともなかった。
自分の誕生日は祝われていたので、プレゼントにはいつも図書カードをもらっていたにも関わらず。

母が何を望んでいるのかをくみ取って、喜ばせようとしなければいけなかったと今はわかる。というか、私はほかの子たちが当然のようにやっていることをやっていなかったのだ。手伝いをしたり、親に感謝するとか。母から、「お前は発達障害だ」とよく言われていたが、確かに私は発達障害っぽいところがある。察しがものすごく悪いのだ。

私と母の関係は中学を卒業したあたりから最悪になった。ちょうどそのころ3.11があったから、家庭の経済状況もよくなかったのかもしれない。

私と母は毎日けんかをしていて、私は本当に心の底から親に死んでほしいと思うようになった。それか、私がさっさと死にたいとおもった。
母にも平気で「死ね」と怒鳴っていた。父親は、テレビを見ていたり、「仕事で疲れているのに」と、無関心だった。たまに母から言われて、父は私に拳骨したり、腹を殴ったりしてきた。
私が殴られると、母は決まって「おじいちゃんが怒ると、私(母)の頭を抱えてテレビの角に頭をぶつけていたんだから、お父さんはやさしいのよ」とよく言っていた。その時の口調はなんだか誇らしげに聞こえた。

大人になって、糞みたいな仕事をつづけながら、ふと昔の自分を振り返ると、殺してやりたいくらい生意気で利かん気な子供だったとわかる。親の望みをまるで汲み取らず、振る舞いも理性的ではなかった。

そして、母は虐待を受けていたんだろうなと薄っすらと思う。それはニュースになるようなひどいものではなく、「教育」の範疇に収まるレベルなのだろうが。

母の昔の話を聞いていると、母が生まれたころ、母の両親は最も忙しくて、あまり面倒を見てあげられなかったみたいだった。そして、母の妹たちが生まれたころには仕事も余裕ができ、妹たちには多少英才教育を施したりしていたらしかった。そして、母の父は(私のおじいちゃん)は、近所の子供と母をよく比べていたらしい。

そうやって、母のことを理解しようとしてみる。あるいは、自分の子供時代の振る舞いを省みる。だからと言って、今更仲直りもできない。

お互いに言ってはいけないことを言いすぎてしまった。母は未だに母親のように娘を気遣うメールを寄越すが、宛名を見るだけで昔言われた数々の言葉がフラッシュバックし、憎しみで涙が出てくる。

だから、私はメールを返信しないでいる。なぜ、離れてから距離を縮めようとしてくるのかわからない。ずっと「早く出ていけ」と言われ続けた、本当にたたき出されたこともあるのに。

やっと家を出れた。今更、「いい母親」と、誰もがそんな感想を持つようなメールを送ってこないでほしい。
しかし私はすこしだけメールが来るのを待っている。依存したくないから、最近は宛名を見たら中身を見ずに消すようにしている。
本当にずっと一人で生きていきたいから。

感想1

投稿をありがとうございました。

「家を出て」2年経ってもなお繰り返し突き刺さってくる言葉の棘、それは当時子どもだった投稿者さんの心を押し潰すには十分すぎたはずです。読み進めるうちに、「早く逃げて!」と願っている自分がいました。

けれども体験談の後半では、一人暮らしを始めた投稿者さんは自分にも非があったのではないかと省みられています。更には母親の生まれ育った背景を慮り理解しようとさえ試みておられます。

私は最初に「大人になっても、こんなに心を支配されてしまうのか」「自分を苦しめた相手でも、正当化しなくてはならないのだろうか」と思いました。けれども繰り返して読むと、投稿者さんの親から言われた言葉への解釈は、投稿者さんの意思で選択したもので理性的で論理的だと思えてきました。ご自分で「察しがものすごく悪い」とはおっしゃっていますが、これは投稿者さんが過去の出来事に意味付けをすることに時間を要しただけのことで、被害者・加害者の立場を越えて柔軟に考えられ冷静に書かれたものだと思うようになりました。投稿者さんが時間をかけて過去の出来事に意味付けをなさった上で、被害者・加害者の立場を越えて柔軟に考えられ冷静に書かれたものだと思えるようになりました。ご自分で「察しがものすごく悪い」とはおっしゃっていますが、私は決してそんなことはないと感じました。

また、「お互いに言ってはいけないこと~」と許されざる相手であっても対等に扱い尊重されています。だから投稿者さんは、もともとすばらしいバランス感覚の持ち主で、本当は誰も傷つけたくはないのだと思います。それでお母さんからのメールを待ったり消去してしまうことに、少しばかり抵抗を感じておられるのかと思いました。でも今は投稿者さんご自身の感覚を信じて一人の暮らしを優先して、自由や境界を守って欲しいと思いました。

涙が出るような記憶がよみがえっては繰り返し苛まれることに「いつか終わりが来る」ように、私も願わずにはいられません。

感想2

最後の一文を読んで、思わず、「よく言葉にしてくれました…」と心の底から肯定したい気持ちになりました。誰にも自分の人生の邪魔はさせないという宣言のように聞こえたのです。(なんだか上から目線に聞こえたらすみません、他の表現が見つかりませんでした。)

母親さんのあなたに対する態度の裏にある育ちの背景を、十二分に推察されているのを読み、私はその推察や振り返りを、親ではなく今後のあなたのために使ってほしいと思いました。

もうこれ以上、母親さんのためにしてあげることは何もないと思いました。というか、初めから、あなたが母親のために何かしてあげる必要なんてないのだと思います。

もし仮に、親に感謝したり手伝いしたりする人が多数派だとしても、それはある時代のある地域における偏った慣習でしかないのだと思います。多数派が従っている慣習だからといって、それが良いことだとは限りませんし、全員がそれに合わせるべきだとは思えません。

「親の望みをまるで汲み取らず…」とお話されていますが、むしろ「親が子どもの望みを汲み取るべきなのでは?」と思いました。けれども、経験談に出てきた母親さんの言葉は、「お前は〇〇だ」と決めつけるメッセージばかりで、子どもの望みを無視して親の望み(いい母親だと認められたい?)を優先しているように聞こえました。幼少期に満たされなかった承認欲求が膨らんでしまい、それを埋めるために「いい母親」を演じることで偽物の承認を貰おうとすることしかできなかったのだろうなと考えています。
そして、父親は母親の「道具」と化しているのかなと思いました。母親の命令だからといって、暴力を振るうことは許せない、悔しいです。

それから、現在の仕事を「糞みたい」と表現されていて、どのようなところが糞みたいなのか、気になってしまいました。逆に、「糞みたい」ではない仕事ってどうしたらつくれると思いますか?アイデアがあればぜひ教えてほしいです。

返信

●感想1さんへ

“投稿者さんが時間をかけて過去の出来事に意味付けをなさった上で、被害者・加害者の立場を越えて柔軟に考えられ冷静に書かれたものだと思えるようになりました。”

母に対して私が理解しようとしたり、自分の行為を省みたりできるようになったのは、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のような時間経過があったからだとわかりました。

感想をいただいてから改めて自分の経験談を読み直し、「子供の私が、大人になった自分がこんなことを考えているなんて到底受け入れられないかもなぁ」と思ったからです。

私の親に対する態度の悪さは、昔の自分が反抗していたからであって、大人になって俯瞰できるようになった自分が「もっと融和することができたのかも」なんて考えても、子供時代の自分には気づきようがないなと思いなおしました。

しかし一方で母親は父親のサポートなく私をいわゆるワンオペで育てていたことや、私の態度が反抗的であればあるほど、父親から「お前の教育が悪い」と責められていたことを思うと、どうすればぶつからずいることができたのかと思います。(母親は教師だったので、余計に傷ついたかもしれません)

今は実家を出てシェアハウスに住んでいて、平日夜はネトフリを見ながら食べ物をシェアしたりして過ごしています。(食べ物をシェアするのはコロナ的にあまりよくはないのですが)

お互い干渉しすぎず、ちょうどよい距離感の中で過ごすために、実家で私がどんな風にふるまうべきだったのか省みるようになったのは、シェアハウスでみんなと過ごすようになったことがきっかけです。(もちろん、自分だけが頑張っても人間関係はうまくいかないので、私が態度を改めても状況が変わらない可能性はありますが)

“でも今は投稿者さんご自身の感覚を信じて一人の暮らしを優先して、自由や境界を守って欲しいと思いました。”

「自由や境界を守ってほしい」という言葉が本当に嬉しかったです。

この経験談を送った一週間後、母にもう電話もメールもやめてという内容の、絶縁をお願いするメールを送りました。返信には、「貴方を傷つける事を言ってごめんなさい。(中略)私がもう少し言いかたを考えればよかったのに、私も心の余裕がありませんでした。」と書かれていました。初めて母から謝罪のメールが送られてきたのです。
やはり離れなければお互い気が付けなかったのだろうなと思います。
ずっと「早く出ていけ」と言われてきましたが、本当に出ていくし、連絡も取れなくなると思ってなかったのかなと。
絶縁宣言で一つの区切りをつけたこと、それから一か月の間何も音沙汰がなく、私の心も軽くなってきました。


●感想2さんへ

“最後の一文を読んで、思わず、「よく言葉にしてくれました…」と心の底から肯定したい気持ちになりました。誰にも自分の人生の邪魔はさせないという宣言のように聞こえたのです。”

この文章は嬉しかったです(涙)ありがとうございます。

母親のノイズがない環境で、自分の人生を進めていきたいという気持ちがあったので、あの結びにしました。

最近はノイズがなくなったので何がやりたいのか、どうしたいのかをとみに考えるようになりました。

私は今やっと生活の基盤ができたばかりですが、20代後半ですので「自分にとっての」より良い人生が送れるように動けたらいいなと思います。

“私はその推察や振り返りを、親ではなく今後のあなたのために使ってほしいと思いました。”

理不尽なことを言われても、感情的にならず、相手の状況も想像しながら、冷静に反論できるようになれたらいいな……と今は考えています。ありがとうございます。

“もうこれ以上、母親さんのためにしてあげることは何もないと思いました。というか、初めから、あなたが母親のために何かしてあげる必要なんてないのだと思います。”

この経験談を書く少し前から、両親と接触する回数も減らしているのに、なぜ私の頭が母親からの言葉を思い出し続けるのかわからずにいました。

普通に考えれば、会わない人のことを思い出す回数はどんどん減っていくはずなのに……。

両親から「みんな親に感謝するものだ」と言われ続けていたので、罪悪感があり、気にかけていたのだと思います。

自分の人生はそこそこ重要な時期に差し掛かっていることが感じられるので、できればもうこれ以上母のことについて気を病みたくないです。

そういう意味で、あなたの「初めから、あなたが母親のために何かしてあげる必要なんてないのだと思います。」という断言は、私にとってありがたかったです。

糞みたいな仕事とは
私はIT業界の片隅でSEをやっています。
ユーザの考慮が足りなくて私から確認することが多く、そしてユーザは上の判断がないと私に何も回答できないので、仕事が進まないことがままあります。

また、製造に入ってから自分の仕様確認不足に気が付くことが多いです。
そして、仕様が決まっていなくても、製造できるところは製造しなければならなくなったので、他のSEさんに、仕様が決まっていなくても進められるところ&もしくは、進めた後に仕様が変わっても少し修正すれば済むところからから渡しているのですが、仕様が少しでも変わるとカンカンに起こる人と仕事しているので、「なんでこんな簡単な仕様変更でカンカンに怒るのかな」と思いながら、相手をなだめてやってもらっています。

私のマネジメント能力が足りないのは事実なのですが、誰も補う人がいないので、製造したり確認したり仕様を書き足したりして進めています。

正直、最初は責任ある仕事を任されて嬉しかったのですが、今は「糞みたいな仕事」だなぁと思っています。(今やっている)仕事を任されるほど、私に実力があるとは思えないのですが。

それ以外の「糞みたいな仕事」は、「ブルシットジョブ-クソどうでもいい仕事-」と呼ばれるような仕事です。(同名の書籍があります。)

今の会社では、あってもなくても変わらないが、誰かに仕事を与えるために増やされたのではないか?と思うような仕事がままあります。
※エラーを検知するために、人間が毎日チェックしている等(エラー検知は基本的にシステムが監視しているのですが、部分的に人間がやっているものがあります。)

糞みたいな仕事をなくすには、個人でできることは仕事を進める技術を高くすることです。
そして会社は、会社が古くなればなるほど、「形骸化したルール」や「仕事内容の見直し」「運用の見直し」をこまめにする必要があると思います。