輝く理想像と惨めな自分

東京都・28歳・女性


まず私がこの経験談を書こうとした時、どういう文章が求められてるのか、まとまった文章じゃなきゃいけないんじゃないか?という強迫的概念を感じて、

私は、
私は、まで書いては何度も文章を消しました。このーーしなければならない、ーーでなければならない、という思考が私の生きづらさを際立たせてるように感じます。

きっかけ、かはわかりませんが幼少より母はヒステリック、父はそんな母の言いなりになって捻くれている、そんな家庭で育っちました。私は生活の様々な場面でお前はーーであれ、と理想像を押し付けられ、そして自己を否定されてきたと思います。
出来が良く無かった私は怒鳴られる事も叩かれる事もあって、それを避けたいが為に、与えられた理想像に応えるためウソをつきカンニングをしていました。
最終的に私は慣れ切った嘘とカンニングで親の指定した国立大学への推薦を手に入れました。学生時代の嘘とカンニングの積み重ねの結果である合格通知の絶望感は忘れられません。

大学は他県で実家から離れられたものの、過去の過ちが常に脳裏に付き纏い、定期的な親の連絡から逃れられない不安感も重なりそして不登校になりました。
暫くは騙し騙し親に隠していたものの、バレた時は本当に怖かったです。2度とこういった隠し事がバレるわけにはいかないとその時思いました。

バレた後も大学に行く事は長く続かず、これは卒業できないと感じた私は親の納得するであろう”地元での正社員”をポジション を手に入れ大学を中退、晴れて地方スーパー正社員となった私は其の場凌ぎな職場で数年間を浪費しました。

実家暮らしと職場環境の悪さにより限界が来ていたところで転機が訪れました。ネットの友人(S氏)が店を開くからそこで働かないかと誘って来たのです。当時私はリアルの人間は信じられないと思っていたのに、ネットの人間は信じられると思っていたのです。今思えばとてもバカな事なんですが。

私はその話にのり親を説得、実家を出て東京に移り住み後はネットのS氏の店に雇ってもらうのを待つだけとなりました。
しかしそんな話はうまく行きません。本来なら9月に引っ越しを終え10月には雇用、のはずが翌年の7月まで延びたのです。それに関して補償はほとんどない状態で、不安が募り貯金が減る日々を過ごしたのちの雇用で待っていたのは更なる地獄でした。

私は大学受験前後から鬱病を患い精神障害等級2である事を事前にS氏には伝え、了承してもらっていたはずが
少しのミスで罵倒、知らない事が有れば無知と馬鹿にし、やることする事間違っていると感情的に述べ、意味もなくこれだから〇〇さん(私)は、と嘲笑するのです。これには本当に驚きました。何故私がどんな状態か、そしてこの職が初めてであるかを知ったS氏がそんな事をするのか私には理解できません。
怒鳴られた時には落ち込みで体調を崩し翌日休む様にもなりました。
その後も理不尽言動は続き、後に雇った子に関して数ヶ月の雇用の違いで前職でも同じ飲食をやっていたその子が私よりうん万給料が高いのはいいとして、やる事は同じながら責任は全て私で有ると、更に私に対して怒るようになりました。
この人はヤバイ、そう感じて次の就職先を探しだす前に私は店長から実質クビを言い渡されました。

“仕事を辞める”か”ピーク時だけ出勤する月10万のパートになる”かでした。後者でどうやって生きていけばいいというのか、と聞くとS氏はダブルワークするか障害年金でも受け取れば良いじゃないか。と言い放ちました。後のS氏の心配は私を雇って半年でクビにした事で受け取っていたトライアル雇用助成金が大丈夫か、なんて事でした。疲れきった私はS氏の元で働く事を辞めることを選ぶしか有りませんでした。

そこからは次の職探し(勿論親を納得させる”正社員’)と暫く生き延びるための職探しでした。私は前職で雇用される迄に待たされた期間で貯蓄を失いローンが有り、また今住んでいるアパートの更新も控えておりお金が必要でした。しかし、前職S氏の所為で失業保険が使えず、親を頼るなんてもっての外、そんな私は短期間のパートをまず見つけると同時に、体を売ることを決めました。
パートは給料の良い夜間のものを選び、体を売るのも触らせるだけでなくほぼ本番に近い事をするものを選びました。『兎に角金を稼がねば』そればかりが私を動かして居ました。性的行為なんてのはその仕事が初めてでした、あるとすれば大学時代知らない人に襲われて胸を触られるとこまでで逃げたぐらいのとこまででした。
それでもなんとかなるものでこの2つの仕事のダブルワークで、私は現在の仕事が決まるまで生活を繋ぎました。今思えばなんでこんな頑張ったのかわかりません、そこまで追い詰められてるなら死んでよかったのに、と思います。
笑えることにS氏の元でパワハラを受けたり、体を売ったりしてるその間も親には『ちゃんと一人暮らししてるよ』なんて自分は嘘を付いて過ごして居ました、あんまりにも虚しい嘘に自分に反吐がでます。

そんな自分の意思に反した日々を過ごしてる付けがきたのでしょうか、今はそれなりにホワイトな職についてるはずなのにどんどん頭は回らなくなり、集中力はすぐ途切れ、突発的希死念慮に苛まれ、指を動かすのも億劫になるようになりました。テレワークで本当に助かりました、おかげで時間外に埋め合わせをしてもバレる事はありません。でもそろそろ追いつかなくなって来ました、もうダメかもしれません。
他の人が普通にできるような仕事すら今の自分には凄く難しい状態でそれが凄く悔しくて、情けなさに悲しくて、時が経てば立つほど、私の中に根付いたこの呪いのような理想像と、身から出た錆のような現状の差は開いていくばかりで、毎日毎日罪が重ねられていくようです。

P.S.
『当時私はリアルの人間は信じられないと思っていたのに、ネットの人間は信じられると思っていたのです。』と書いた理由は、
中学2年生の頃、中学では同学年の問題児が1つのクラスに集められました、その中に孤立しがちな私も入れられたのです。
中学の年頃の子は誰かを下にする事で承認欲求を得たがるようで(後に教育大学で学んだ事ですが)、その対象に選ばれたのが私で登校から授業中、休憩時間、下校後のネットでまでいじめを受けました。
その時私は親に助けを求めたのですが親には「そんな話は聞きたくない!!」と怒鳴られたのがきっかけで、親を信じられず、また問題児を集めるようなクラス編成をした教師という存在が信じられず、同級生も信じられなくなりました。

唯一そんな私に優しい言葉をかけてくれたのがネット(オンラインゲーム)の世界でした。あの世界で居場所があったからこそ私は存在できたのだと思います。それからネットの人なら信頼できるなんて今考えればバカなことを考えるようになりました。
その後はネットでも掲示板での嫌がらせ行為を受けて考えを改め、S氏の件で誰も信用できない状態へとなりました。
信じるのは程々に、期待はしないように、まずは疑うように、リアルもネットも同じで人間関係ではこれを心がけるようにしています。

感想1

なりたくもない理想像を押し付けられて、本来の自分を否定されるというのは、家族であっても、理不尽で到底許容できないことだと思います。親の勝手な理想像に当てはるために嘘やカンニングをしなければならないのは息苦しい日々だったろうと想像しました。
進学先(大学)や就職先を選ぶときは、一人の大人として選択の自由があるはずなのに、親の理想像に従わされるというのは、本当に心がすり減ることだったのではないかと思います。

実家にいることに耐えられず、家を出るために行った東京の職場は、地獄、パワハラの一言に尽きる場所だったのだなと思いました。「この職場、おかしいな」と思ったときに、安心して相談できるような場所や人がパッと思いつくような社会であれば、動けなくなるまで毎日暴言を浴びながら耐えなくても済んだかもしれないのに、そのような社会になっていなくて、申し訳なく思います。

怒鳴られ脅されるような環境に長くいると、自分に否がなくても否があるように感じてしまう感覚が染みついてしまいそうです。なので、日頃から自分を責める気持ちが湧いてきてもおかしくはありませんが、そういった環境にいた影響かもしれません。

これまでも現在も、安心して過ごせる場所や話せる相手は少なかったと思うので、今仕事が思うようにできないことや、派遣先の人からの評価など、色々なことが怖く感じても自然なことではないでしょうか。

中学校でいじめの対象にされたときに、周りに助けてくれる人がいなかったようでした。そうなるとリアルで会う人を信用できなくなるのも理解できます。ネットでは居場所を感じられた経験があるのかなと読み取りましたが、他にももっとこんな場所や助けがあったら良いなと思うものはありますか?ぜひ意見を聞いてみたいです。

感想2

経験談読ませて頂きました。ずっと理想像を押しつけられ、理想像とは違う部分を否定・あるいは無いものとされてきたのですね。生き残るために必死で理想像に近い部分を作り出すためにエネルギーを相当使い、人が居ない所では動けないくらいぐったりしている姿を想像しました。

同時に、他者からの理不尽なモラハラやいじめ、パワハラも長年経験しているので、人への不信が強くあっても自然だと思いますし、人への不信からますます理想とは違う自分を表に出すことが出来なくなってもいるのではないかなと私は思いました。

家を出た後の店長からのパワハラは、本当に余計で、読んでいて私も許せない気持ちになりましたし、収入がなくここには書かれていない体験の中であなたがどんな気持ちでいたのかも気になりますが、私は、あなたが実家から離れたことで少しは気を楽にできる時間が出来ているといいなと思いました。

リアルで人を信用できずネットに居場所を求めることも自然なことだと私は思いますが、何者にでもなれるネットでもあるので、せっかくならそのままのあなたを表現できる場所もあっていいのかもしれないなと思いました。その一つとしてこの死にトリも活用して頂けたらと思います。