30歳になると生きるのが楽になるらしい

長野県・30歳・女性


私は基本的に幸せです。
自分で言うのもなんですが、小さい時から成績は優秀、運動神経も良く、友達もいました。
現在も仕事ではとてもいい評価を頂けていますし、結婚もできました。
でもなぜか、もうずっと昔から、死にたい気持ちが拭えないのです。

自分の希望はほとんど叶っています。現実と願望のギャップもそれほどありません。それなのに、中学生位からでしょうか、ふらっと車道に出たり、手すりから身を投げたりしたくて堪らない時が、偶にどころか毎日のようにあるのです。

このままではまずい、と思って、私は自分にあるルールを課していました。絶対に自分から死んではならないというルールです。これだけは常に守らなければならない第一義のルールとして自分に言い聞かせなければならない程度には、いつも死にたいと思っていました。

自傷行為もなにもした事はなく、行動に移したことは一度もありません。これが本当に死にたいという事なのか、ただのファッション不幸耽溺お花畑脳なのではないかと思ったこともあります。もしかしたらそうなのかもしれません。でも、私はずっとずっと死にたいと思っています。

ひとつだけ心当たりがあります。母は、ヒステリックなひとでした。とても我が子に言う言葉ではない表現で罵ったあとに、子供の機嫌を取るようなひとでした。

一人だけいる弟は、大学から不登校になり1年半の引きこもり生活を経て、フリーターになりました。

私はずっと自分で自分の精神ケアをしてきました。言われた言葉に傷つき悔しくて泣きながら、どうすれば心が壊れないように、良い子のままで、成績優秀で自慢の娘のままでいられるか、常に自分の内面と戦ってきました。

本や漫画を読むのが好きでした。辛い過去があっても真っ直ぐで美しい主人公達のように、自分を捻じ曲げることはしたくありませんでした。卑屈になるのも、人間不信になるのも、自分のプライドにかけて絶対に許せなかった。こんな事で折れたくなかった。

そんな気持ちで今まで生きてきました。今では毎日楽しいです、と言えたら完璧だったのに。決まって月曜日の朝は死にたくなります。

最近は人間なんてみんなそんなものでは?と思うようにして、死にたいわ〜〜〜を心の中のただの口癖にして、なんとなく生きていくことかできるようになってきました。今年、30歳になります。

家庭環境で私よりよほど辛い思いをした方が、ぽつりと言っていました。30歳になると、生きるのが楽になるよ、と。毎朝その言葉を支えにして、仕事に向かっています。毎朝毎朝その言葉を胸の中で唱えるのです。

いつか楽になるのでしょうか。そうだととても嬉しいのですが。それともみんなこんなものなのでしょうか。

ただのファッション不幸気取りなのかもしれません。こんな一例もあるんだな、とご笑納下さいましたら幸いです。

感想1

最後まで読ませていただいて、最初に「私は基本的に幸せです。」と書かれている背景にはどんな気持ちがあったのかな…と、想像していました。

高いプライド、その高い理想をほとんど実現できる能力を持っていたことは分かりました。

一方で、母親の関わり方は、死にたいと思わせる十分な要因であるように思いました。傷つけながら束縛する親だったのではないでしょうか。プライドが高いあなたは「親に自分の人生を邪魔させるなんて許せない」という気持ちが強くあったのではないかと推察します。

また、「自分は幸せなのか不幸なのか?」という疑問を持っていそうです。幸せと不幸は、同時に感じてもいいし、どちらも感じなくてもいいし、自分が幸せなのか不幸なのかを判断する必要はないと思います。ただ、プライドが高い場合は「幸せに生きたい」という思いも(心の奥底に押し込められているかもしれませんが)強くありそうなので、「自分の人生がどうなっているのか分かりたい」のかもしれないなと推測しました。それはとても人間らしいことだなと感じます。

幸せの基準は人それぞれだと思いますが、あなたにとっての幸せとはどんなものなのか、よければ聞かせていただきたいと思いました。

感想2

経験談を投稿いただきありがとうございます。

本や漫画の主人公のようにありたいというお話がありました。ここから、「こうあるべき」だから「こうありたい」という理想通りに生きたい感情が強いのかなと思いました。そして、そのためにとても頑張れる強さのある方なのだなあと感じました。

母との関係性の中で、他の人を頼れず、自分で自分のケアをしなければならないというお話がありました。やはりつらいときは身近な人に支えてもらいたいように思うのですが、それができない状況は相当に苦しかったのではないかと思います。そして、そこで頑張れてしまうから、余計にしんどくなってしまうのかなあとも思いました。

また、今「死にたい」と感じていることは紛れもない事実だと思うので、ただ不幸を気取っている…と思わなくても、個人的にはいいと考えます。

だから、死にトリやそれ以外の場所でもまたそういった感情をお話しいただければ、共感や理解がある方とつながれるかもしれないと思いました。
機会があればまたお話ししていただきたいなと思います。

返信

30歳になれば楽になるらしい、と思っていた私もようやく30歳になりました。
感想を頂いてから、幸せになりたいと自分が強く願っていたことに気づかされました。

私は大丈夫、どこも傷つけられてなんかいない、だから幸せなはず。それならもっともっと頑張らなきゃ、毎日笑顔で、幸せに生きれなきゃ嘘だ。
そう思っていたのだと思います。

感想を頂いてすぐにはそう思えず、誰にも私の気持ちなんか理解できないと怒りを覚えていたような気もします。ですが、改めて落ちついて自分の書いた文章を読むと、妙に納得できました。

自分の幸せとはなにか、聞かせてくださいと書いて頂きました。
わたしにとっての幸せは何だったのでしょう。他人からの評価や、一般的な幸せをずっと追い求めてきた気がします。
やっと、そんなものを追い求めても、虚像でしかないことが分かってきました。
他人からの期待や評価をずっと求めていても、苦しくなるだけです。私は私であって、他人は他人。他人からの評価は私を傷つけることはない。私が毎日を暮らしていけるのならそれで良いのであって、誰かのために生きてもしょうがない。
そういう事を、やっと納得できました。そうしたら、気持ちが楽になりました。

きっかけは、30歳になったから……というわけではありません。当たり前です。年齢は精神の成長?ゆらぎ?に関係ありません。
私の場合は、一冊の本に出会ったことでした。ベストセラーすぎで紹介するのもおこがましいですが、「嫌われる勇気」という本です。過去に辛い思い出のある方には、正直おすすめできません。この本では因果を否定しています。辛い思い出があったから、今辛いのではない。今辛いのは、自分がそうしたいと思っているからだ、と書いてあります(私にはすべてをうまく説明できないので、詳細は本をお読みください)。そんなわけない、私がずっと死にたいと思ってしまうのは母の影響だ!と怒りを覚えたりもしましたが、読んでいくうちに納得しました。私がどれだけ、こうあって欲しいという他人の期待に押しつぶされてきたのかを。
それを全部やめて、自分のために生きようと思いました。そうしたら、あれだけ口ぐせのようだった「死にたい」という気持ちが、かなり良くなりました。

こちらのサイトに相談できたのは、1つのきっかけになったと思います。
こんな恥ずかしい一人語りに、丁寧に感想を下さって頭の下がる思いです。ありがとうございました。
おかげさまで、やっと少し生きるのが楽になりました。