理由のないつらさ

福島県・25歳・女


私の生きていくことがつらい理由は多分、特にはない。

掘り返せばいくつか元凶はあるのかもしれないが、それを覆えるほどの幸せな時間も多かったし今だってあの頃に比べたら幸せだ。
それなのに20歳を超えてから、生きていくことのつらさがじわじわと広がっている。
原因はきっと中学生の頃のいじめと重なるように起こった両親の不仲のことで、何故か今になって傷が疼くのだ。

あの頃の私にはどこにも逃げ道がなかった。
学校ではいじめを受けながら学校一つらい部活でボロボロになって、家では両親のピリピリした空気の中でご飯を食べて風呂に入って寝る。
それのループだった。
部活なんて辞めればよかったなんてことは分かっている。
いくらでも逃げられる方法なんてあった。
でも弱かった私は逃げることすら怖くて出来なかった。
誰かに助けを求めることや不登校、保健室登校も弱い私には出来なかった。
あの頃の私は心が強かったから学校に行けたわけじゃない。
心が弱かったから逃げられなくて、死ねなかっただけなのだ。
あの頃の私を私は救えなかった。
だからあの頃見ないふりをした心の傷を今、自分の腕へ移しているのかもしれない。

自分がHSPだというのは何となく分かっているし、小さい頃から離人症でもあると思う。
中学の頃のいじめ、居場所のなさ。
でもそれが私の生きていくことがつらい理由かと問われたら、きっと違う。
それなのに心の中には確かに死にたい、消えたい気持ちがずっとある。


今はメディアがHSPや鬱のことを取り上げることも増え、昔よりは生きづらさを感じている人達の声が届くように、少しずつ受け入れられるようになった。
いいことなのは分かっている。
でもこの受け入れられつつある世界が私にはつらい。

私には「生きていくことのつらさ」にちゃんとした理由がない。
だから私は身動きが取れない。
理由があれば私も逃げ道を探せるのだろうか。
理由があれば死にたい気持ちを消す方法が分かるのだろうか。
生きづらさを抱える人達の理由が世間に認められれば認められるほど、私のこの生きるつらさは増していくのだろう。

理由のないつらさは「甘え」。
理由もなく死にたい気持ちが消えないのは「構って欲しいから」。

そう自分に言い聞かせて
明るい曲を聞きながら、死にたい気持ちを誤魔化して生きていくしかない。

このつらさの理由が見つかる日を信じて。

感想1

経験談を送ってくださりありがとうございます。大人になってから、決して良い思い出とは言えない出来事が思い出されると、自分のことのはずなのにどこか客観的に見えて、当時はそこまで見えていなかった問題が自責に繋がったり、もう今更そんなこと考えてもあの頃の辛さはどうすることもできないことに何とも言えない気持ちになることがあるのかなと自分の経験も踏まえて感じています。「あの頃の私は私を救えなかった」とありましたが、あの頃のあなたは“逃げないこと”が自分を守る方法の一つでもあったのではないかなとも想像していました。環境的にも逃げたかったけど逃げられなかったのかもしれないですが、当時のあなたにとって逃げること=自分はしてはいけないことと思っていたりしたのかなとも。(あくまで私の想像なので全然違っていたらすみません)もしそうだとするのなら、それはあなたが弱かったからとかではなく、いじめや両親の不仲の中で生き抜く術が当時はそれしかなく、むしろそれを一人で抱えながら過ごしてきたことを考えると私はあなたが弱いとは思えないなと感じました。

また、あなたが感じている理由のない生きづらさについて読んでいると、どうしてこの社会は理由があること前提に何事も存在しているというような雰囲気というかなんとなく理由のないことがダメなことというような感じなのだろうと考えさせられました。人は根拠がないと不安になるからなのか、まして感情は目に見えないからせめて理由をつけることで存在を証明するためなのか、とか色々と。でも私は死にたいと思うことは他人が評価したり決めることではないと思いますし、あなたの感じている死にたい思いやつらさを一緒に深めていって最終的にあなたの中で納得のいく理由が見つかる機会があるといいなと勝手ながら思っています。そして、きっとあなたと同じように理由がないことで苦しいと感じている人(私もその中の一人です)がいると思うのでそういう人たちが少しでも自然体でいられるためにはどういった社会が必要なのかこれからも一緒に考えてくれると嬉しいなと思いました。

感想2

小説のような文章だと思いました。そういう文章を書くセンスのある方なのだろうと思いました。

私は、生きるのがつらいことに理由は必要ないのでは?と思いますが、あなたは理由を探しているようでした。自発的に、というよりも、世間から「つらい理由を証明してください」と言われているような気持ちにさせられて、追い立てられている様子をイメージしてしまいます。

それから、他人を頼ることが難しい環境で生きてこられたのかなと思いました。だから、「自分のことは自分で何とかするしかない」というふうに考えているのかなぁと想像します。

中学生の頃に押し殺してきたつらさは、当時は直視できないくらい重かったのでは?と思いました。だから、大人になってから疼くのも自然なことだと思うのです。それほどの過去のつらさは、言葉に表現しきれないものだろうと想像しますし、腕を傷つけることも表現の一つなのかなと思います。

でも、初めに書かせてもらったように、文章で表現するセンスを持っていそうなので、これまでのあなたの物語をゆっくり言葉に紡いでみるのはどうかなぁと思いました。

感想を読んで

長い間ずっと、理由もない生きづらさを感じているのは自分の弱さだと思っていました。

しかし、今までの自分のことを知っていただきその上で「弱くない」という言葉が本当に嬉しかったです。

何事にも理由がないと許されない社会についても共感したくださる方がいて、自分だけの思いではないのだと感じることが出来ました。

また、「文章で表現する才能を持っているかもしれない」という自分では全く気がつけなかった面を知ることが出来たのも嬉しく思っています。

何らかの形で持っているかもしれない才能を生かせたら、私も誰かの心を救えるのかもしれないと思えるようになりました。