希死念慮と生きる 死にたがりの私

20代・女性


私は家族や周りの人に恵まれ、今まで何不自由なく生きてきました。しかし、うつ病の発症により私の人生は180度変わり、毎日が生きづらくなってしまいました。

私は物心ついたときから、世界で一番自分自身が嫌いでした。きっかけらしいきっかけは思いつきませんが、強いて言えば小学生の頃、勉強に厳しかった親の影響かもしれません。常に良い成績をとらなければならないというプレッシャーがあり、100点をとっても「当たり前」と言って褒められることはありませんでした。そうした経験から、いつしか自分自身を他人と比較するようになり、自分は人よりも劣っていると思うようになりました。何事も器用にできず悩んだこともありますが、小学生から大学生の間は、自分の欠点を努力でカバーすることができたため、人よりも何倍何十倍と努力をすることで、自分自身を責めることなく、劣等感を逃すことができたのだと思います。また人間関係についても、周りの顔色を伺いながらではありますが、比較的良好な関係を築けていたと思います。これから先も、上手に劣等感と付き合っていけると信じていましたが、社会人になり、現実を突きつけられました。

新卒で入社した会社は、いわゆる「ブラック企業」というものでした。入社して2週間で「想像していた人と違ったから辞めてほしい、違う人を雇えばよかった」と言われました。その後、周りのフォローがあり、何とか継続して働けるようになりましたが、事あるごとに上司から「○○さん(同僚)よりできない」と同僚と比較され、誰にでもできる雑務しか仕事を与えてもらえなくなりました。何かミスがあれば、同僚の中で一番できの悪い私に押し付けられ、理不尽な罵声、辞めてもらうなどの脅し、人格否定と感じてしまうほどの言動の中、認めてもらいたくて必死に努力しましたが、その努力が報われることはありませんでした。すぐにそんな会社辞めてしまったらよかったのですが、なかなか内定が貰えず、苦労してやっと内定をもらったこの会社を手放すことができず、ただすがりたい一心で働き続けました。その後何とか働いていましたが、ある時上司から解雇通告をされました。今でも上司の嬉しそうな顔は忘れられません。あの時は苦しみ、悲しみを感じてしまうと、辛くてたまらないと体が無意識に反応したのでしょうか。毎日自分の心を殺し、心だけ死んだ状態で生きていたので、解雇通告をされた時は不思議なほど何とも感じませんでした。「自分は何もできない人間」「生きていても価値のない人間」「自分のせいでこんなことになった」と自分を責め続けました。努力しても自分は変われない、劣った人間なんだと、劣等感に拍車を掛けました。そしてこのことは、私にとって大きな挫折であり、ショックな出来事であったため、誰にもこの思いを打ち明けることはできませんでした。その後、転職活動を行い、幸運にも別の企業とご縁があり、2年働いたブラック企業を退職しました。

転職先は打って変わって、仕事も楽しく、人間関係も良好で、少しずつ感情を取り戻していきました。私という存在や努力、結果を評価して下さる上司に出会い、多少の劣等感や自己嫌悪がありながらも、最初の2年間は、充実した毎日を送れており、劣等感と上手く付き合いながら生きていける、自分のことを好きになれる気がしました。しかし、3年目を迎え、前職の上司のように、私の中で「他人と比較する」という物差しを蘇らせてしまいました。おそらく私の後輩がとても優秀であったこと、今までほしくてたまらなかった「期待」が私の中で重いものになってしまったこと、結果を残さなければならないと自分自身を追い込んだことが影響していたのだと思います。自分の短所と他人の長所を比較し、できないところばかりに目がいくようになりました。毎日帰宅中は心の中で反省会を行い、できないところは睡眠時間を削ってでも対策を考え、人よりも秀でたものがほしいあまりに、したくもない勉強に時間を使っていました。社会人は幼少期の頃とは違い、努力しても結果に繋がらない、相手の優れているところにはかなわないこともあるということがわかっていましたが、努力という名の無理を重ね続けました。今思えば自信のない自分を隠すため、自分の行動を正当化するため、できなくても仕方ないと言って欲しいあまりの行動で、心身ともに大きな負担になっていたのでしょう。

もうあんなみじめな思いはしたくない、私の居場所を失いたくない、認めてほしいという承認欲求、これらの感情で心が支配され、いつしか会社で求められている人物像を演じるようになりました。「明るくて、いつも前向きで、元気な自分」を演じていると、本当の自分がますます嫌いになり、次第に本当の自分と演じている自分の区別がつかなくなくなりました。この頃は常に孤独感を感じていました。この時点で誰かに相談すればもう少し別の道が開けたのかもしれませんが、「こう思う自分はおかしい、弱い人間だと思われたくない」という、変なプライドから、誰にも相談することはありませんでした。

そのような状態で相変わらず自分の居場所を守るために仕事をしていたため、どす黒い感情から希死念慮に変わるのはとても早かったです。毎日朝から晩まで死にたいという気持ちを抱えながら、外では精一杯の笑顔をつくり自分自身を演じ続けました。もうこの頃にはうつ病だとわかっていましたが、居場所を守るためひたすら仕事にしがみついていました。最初は死にたいと思い続けるだけだったが、次第に行動に移すようになりました。自傷行為、自殺企図、自殺未遂。自分で自分を殺したくてたまらなくなりました。その後、職場で自殺をしようとしたところを上司が見つけ、そのまま会社を休職することになりました。

当時の私は、初めて自分の存在を認めてもらえたことに仕事という世界に依存していたため、休まないといけないという事実を到底受け入れられませんでした。捨てられた、もう居場所がどこにもない、夢も希望もすべて消えてなくなったと、絶望的な気持ちになりました。そして休んだことによって周りの人に迷惑をかけてしまったことの自責の念、罪悪感が毎日襲い掛かり、苦しくて死にたい気持ちに拍車をかけました。生きている意味が見つけられず、毎日のように死に場所を探しました。

今思うと、幼少期から自分の中には希死念慮があって、見ないふりをしていたのだと思います。物心ついたときから世界中で一番嫌いな自分を殺したいと思っていました。ただ幸運なことに、家族や周りの人に恵まれていたおかげで、その気持ちに蓋をすることができた、生きている意味があると錯覚することができたのだと思います。しかし、一度開けてしまった希死念慮はあふれんばかりになり、もう二度と蓋ができないような気がします。「症状がそうさせているだけだ」と言ってくれる人もいますが、潜在的に私の心にあり、これから先一生付き合っていく存在になると思います。私にとって死とは怖いものではなく、選択肢の1つにすぎない、とてもハードルが低いものになりました。

世の中には、もっと苦しい思いをされて死にたいけれど生きているという方がたくさんいる中、私は恵まれているにも関わらず、「こんなことで死ぬなんて信じられない」という方もいらっしゃると思います。しかし、私のように笑顔の裏で、自分自身に縛られ、生きていることが辛い、死にたいという気持ちを抱えながら生きている人がいるということを知って頂ければ今私が生きていることに意味があるのかもしれません。

私はいつか希死念慮に飲み込まれて自分で死を選ぶ日が来ると思っています。それが明日なのか、1ヶ月後なのか、1年後なのかわかりません。その日が来るまでは、一生懸命生きていこうと思います。

最後になりますが、この拙い文章を読んで下さった皆様、および今まで支えてくれた方々へ、心より感謝いたします。ありがとうございました。

感想1

経験談、読ませていただきました。

読んで、とても丁寧に率直に複雑な葛藤を表現した文章だと思いました。

幼少期から見ないふりをしてきたかもしれないという希死念慮に気付き、その希死念慮に飲み込まれていつか自ら死を選ぶのだろうと確信しながら、それまで一生懸命生きていこうと思う強い意志の共存を感じ、これほど真剣に生きている人はあまりいないのではないかと思いました。いつか自ら死を選ぶことと、それまで一生懸命生きようとすることは一見、矛盾することのようにも思えるのに不思議と一貫性があり、全然おかしいと思いませんでした。そうしてよく考えてみると、余命宣告された人がその日が来るまで懸命に生きようとすることと何も変わらないことだと気づきました。

私は、あなたの死にたい気持ちと生きたいという気持ちを同じぐらい強く感じ、どちらもリアリティのある自然な気持ちだと思いました。それを病気だとか症状だという人もいるかもしれませんが、もしも、病気や症状が背景にあったとしても、病気や症状を原因にして、「病気じゃなかったら本来はなかったもの」「治ればなくなる」「持ってはいけない」として扱うのはあなたの真剣さに失礼なことだと思いました。

そうはいっても、相反する強い気持ちとともに実際に日々生きていくことはさぞかし苦しいことだろうと想像します。恵まれていることを理由に死にたい気持ちや苦しい気持ち否定することは誰もできないと思います。日々の苦しさは紛れもないことで、感じる苦しさに正しさや間違いはないと思うからです。

あなたはご自身のことを「笑顔の裏で、自分自身に縛られ、生きていることが辛い、死にたいという気持ちを抱えながら生きている人」と表現しましたが、そうした人がほかにも少なからずいることは、このサイトを始めてよくわかったことです。だからこそ、もう少しあなたの話を聞いてみたいと思いました。いつ、希死念慮があなたを飲み込んでしまうかわかりませんが、その日が来るまでは死にトリをよろしくお願いします。

感想2

まず、貴重な経験と思いを伝えていただき、ありがとうございます。

書かれていた母親さんの言葉、1社目の上司の行為は、権力の濫用だと思いました。誰でも周りの人と比較することはあると思います。「Aというスキルでは、私はあの人に叶わないけれど、Bについての知識は、私の方がたくさん持っている」というように、お互いの得意分野の違いを認めるための「比較」は、よくあるのではないかと思います。しかし、権力で威圧された状況では、そうした比べ方をする余力もなく、「私は全てにおいて劣っている」と思ってしまうのだろうと考えました。

「毎日自分の心を殺し、心だけ死んだ状態で生きていた」ということもあり、「心が生きることができない」という意味での「できなさ」も、自信の喪失に関係していたのだろうかと想像しました。

また、子どもの頃から「周りの顔色を伺いながら」生きてこられたというのが気になりました。現在も、周りの顔色を伺っていて、そのこと自体が余計に自信を失くさせているのではないか、と思ったからです。周りの顔色を伺うということは、周りの人がつくった「合格ライン」のような基準に自分を合わせようとすることだと思います。それは、ときに自分自身を否定して曲げてでも合わせようとしなくてはいけなさそうです。そうして自分で自分を否定してしまったら、自信もどこかへ行ってしまいそうだなぁと思いました。

2つ目の会社で、初めて自分の存在を認めてもらえた、とありました。しかし、冒頭では「今まで何不自由なく生きてきました」と、子ども時代から鬱を発症するまでは生きるのがつらくなかったかのように書かれていました。自分の存在を認められていなかったのに、本当に不自由がなかったのだろうかと、疑問に感じてしまいました。

私には、あなたが昔からずっと自分の存在を認めてもらえないことで生きるのが辛く感じ、でも昔は辛さを逃がしたり押し殺したりしていて、今はその辛い思いが「殺さないで…!」と主張してくるようになったように見えました。なので、あなたの死にたい思いは、「そのままの自分では存在することが認められないのなら死にたい」ということなのかなぁと推測しました。

死にたい思いは「一生付き合っていく存在」と書かれていましたが、この死にトリ(「死にたい」のトリセツ)は、その付き合い方をみんなで一緒に考えて、「私はこんなふうに付き合っているよ」と知恵を交流する場なのだろうなぁと、改めて考えさせられました。これからもあなたの知恵をぜひ教えてもらえたら助かります。

お返事

【感想1を書いて下さった方へ】

経験談を読んで下さり、また希死念慮を受け止めて下さりありがとうございます。

世の中では希死念慮=悪、まるで禁忌のように扱われることも多く、「死にたいと言ってはいけない」と、死にたい感情についてなかなか理解されないことも多かったので、抱えていたものが少し軽くなった気がします。

私は自殺未遂などを通して「死」という局面に嫌というほど向き合ったせいか、「生」についても深く向き合うことができたと思っています。まるで、振り子のように生と死の感情が揺れ動き、「死にたい」という感情が大きければ大きいほど、「生きたい」という感情も大きくなっていると感じています。「苦しくて辛いから逃げたい」、でも、「幸せになりたい」、「すべてを捨ててしまいたい」、でも、「誰かと繋がっていたい」、「死にたい」でも「生きたい」。この数々の矛盾が、私のすべてであると思っています。希死念慮を含めたものが自分自身だと思っています。

私は本当に何不自由なく生きていると思っています。周りの人に「生きていてほしい」と言われ、大切にされている実感もあります。しかしそのような他人からの愛をもってしてもぬぐい切れないどす黒い感情、まるで魂が引きちぎられるかのような苦しみに襲われて、どうすればその呪縛から解放されるのかわからず、ただ自分の心を傷つけ続けています。

しかし、この経験を通じて、「生」がいかに尊いかということがわかった気がします。できるだけ「死」に抗い続け、「生」を選び続けることができればと思っています。

【感想2を書いて下さった方へ】

経験談を読んで下さり、また私の気持ちを考察して下さりありがとうございました。自分では気づけなかった新しい視点があると知り、とても新鮮でした。

ご指摘いただいた通り、「何不自由なく生きてきた」と冒頭で書いていながら、潜在的に幼少期から生きづらさを感じていたと思います。このようなたとえがいいのかはわかりませんが、一般の人と比べて「金銭的にも恵まれ、周りからの愛情もあった」けれども、それだけではぬぐい切れない「生きづらさ」を感じていたのかもしれません。幼少期の頃の記憶が曖昧なので憶測になってしまいますが、どこかでその愛情も「条件付きの愛情」だと感じていたのかもしれません。

また、子どもの頃から「周りの顔色を伺いながら」生きていた、という点は、現在でも続いています。本文中にも書かせて頂きましたが、「明るくて、いつも前向きで、元気な自分」を演じていましたが、それは偽りの私であり、今となっては本当の自分がどんな人だったか、それさえもわからなくなってしまいました。

私は自分の中から自分自身の価値を見出すことができません。自分の存在そのものもわからなくなり、まるで自分と世界の境界線が見えなくなる、息をしているのかどうかわからなくなる感覚になります。そんな私の輪郭を確認し、存在価値を感じられるものが他人との接触や評価でした。他人の承認なしでは生きていけなくなっていました。そのために自分自身を演じ続け、これから先も演じ続けていくつもりでしたが、やはり心の奥底深くでは、「ありのままの自分」をさらけ出したい、何の取り柄がなくても受け入れてほしい、そんな思いでいっぱいだったのかなと改めて感じています。


感想を書いて下さってありがとうございました。

今回経験談を掲載してくださったり、感想を書いてくださったお掛けで、自分自身が今まで封じ込めて見ないふりをしていた気持ちと向き合うことができ、今後希死念慮や生きづらさを抱えていきながらどのように生きていくかを整理することができたと思っています。「もう少し話を聞いてみたい」「これからも知恵を教えてもらえたら」とのことですが、もしこのたいしたことない経験が誰かのためになるのであれば、喜んでお話させて頂きたいと考えておりますので、また機会があれば、どうかよろしくお願いいたします。