千葉県 桐谷 陽子さん


こんにちは。事務局のめりぃさんから、お声掛けいただいて、投稿する覚悟を決めました。桐谷陽子と申します。

私は、千葉県内でソーシャルワーカーとして働いています。数年おきに福祉関係の現場を渡り歩きながら(転職を繰り返しながら、汗)、主に相談支援の現場にいます。この数年、親和性が高いのは、(一社)ひと・くらしサポートネットちばという団体です。
https://www.hito-kura.net/

私が福祉関係の道に進みたいと言い出したのは、高校卒業後の進路を考えなければならない時期でした。「誰かの役に立ちたいから福祉関係」という単純な発想です。自分が何をしたいのかではなく、誰かの為に自分を生かすという発想だったと思います。『人の役に立たないと自分が成立しない』という考えが自分の中にあったからこその選択肢だったなと、今は自覚しています。

なぜ、そのような価値観をもっていたのかを自分なりに考えてみると、幼少期から家庭の中に、暴力をする人がいて、だいぶ長い間一緒に暮らしてきたことが、要素として外せないように思います。家庭の中がなるべく穏便であるように、こどもなりに心を砕いて、周囲が期待する役割を担っていたようにも思います。人の役にたつことで、自分が安定するとでもいいましょうか。うーん、大げさに言えば、そんな感じです。それから、日本昔話や世界の名作文学の影響を受け、善人でいることを自分に課していたような気もします。田舎の大家族で育った土地柄や、至極まっとうな両親の背中も影響して、人に後ろ指さされるようなことはしないという価値観でガンジガラメになっていたなぁと思います。ただ、両親や子供たちや現在の知人たちがこの話を聞いたら、「好き勝手やっている人が何を言っているの」と呆れられたりしそうな気もします。ともすれば、責められることもあるかもしれません。

多分、高校卒業後に地元を離れてから、大学生の頃に出会った友人や大人たちの影響と、福祉の仕事を始めてから出会ったNPO法人井戸端介護の伊藤英樹さん(勝手に名前乗せちゃった、ごめんなさいっ)や、相談者さんの影響を受けて、自分で自分に課していた枠組みから自由になっていったのだと思います。そして、世間の常識や誰かの常識に疑いを持つような気持ちも芽生えるようになりました。周囲にとって、取り扱いやすい人種から、取り扱いにくい人種になったのだと思います。

つまり、高校を卒業した頃から、約25年が経過した現在、自分は変化したのだと思います。

変化の要因は、自分の価値観が変化したということだと自覚しています。価値観とは、感じ方や振る舞いや、出来事の判断に影響することであって、それぞれの人を構成する要素になると思います。結果、周囲からの見え方も変化するということではなかろうかと思うのです。

いろいろと書き連ねましたが、私が力説したいのは、『価値観は変化する可能性がある』ということ、『価値観が変化することで、違う自分が引き出される可能性がある』ということ、『価値観の変化には、本との出会いや人との出会いが有効である』ということです。

このポータルサイトにアクセスして下さっている方の中には、人との出会いについて、色々と考えざるを得ない状況にいる方も少なくないと思います。このポータルサイトの他に、気軽に気持ちを吐露することのできる電話相談があって、私の知人が参画しているので、最後にご紹介したいと思います。https://www.since2011.net/yorisoi/

電話相談のメリットとしては、日常の生活の中に存在しない相手との会話であるので、利害関係がなく、後腐れがないこと。容姿や服装がみえないので、お互いにフラットに語り合いが始まることだと思います。電話をするたびに、相談員も異なるそうで、様々な年代やバックグラウンドの人と出会えるようです。悩みごとを発信する人(相談者)と、悩みごとを受け取る人(相談員)双方にとって、人生に大なり小なりの影響のある行為だと思います。もしよかったら、誰かと話すことで、価値観の再点検をしてみませんか。