独裁母と奴隷父

【山口県・35歳・女性】


 死にたいけど死ぬのも怖く、楽しく生きることができたら一番いいのですが、ずっとジェットコースターの一番上でヒヤヒヤするような、そんな気持ちで生きています。小さい頃は大人になれば変わると思っていましたが、現在35歳、無職、もう楽しく生きるなんて無理だろうと諦めて死ぬ時を待っています。

 両親や弟は自由に生きています。何故こうなったのか?いつも考えます。

 両親を見限ろうと決めたのは3歳の頃。それまでも弟ばかり甘やかす両親や祖母に反感を持っていました。弟がイタズラをしても、親が仕事でミスをしても、全て私の責任として怒られたり叩かれたりしていました。両親の仲も悪く、ストレスが溜まっていたのだと思います。3歳頃から父が私のパンツの中に指を入れて来たり、胸やお尻を触って来たりするようになりました。母や祖母に相談しましたが「あんたが悪いんじゃろ。いつも被害者面して!」と怒鳴られたり、聞こえてないフリで無視されたり。

 小学校3年生くらいの頃、両親が別居するとのことで私は弟と母に付いて行くことにしました。父も母も嫌いでしたが、父に触られる生活よりもマシだと思ったのです。母は「あんたは来なくていい。」と言っていましたが、母も人前で邪険にすることはできず、付いて行けました。

 別居先では前よりはマシな生活ができるだろうと思っていましたが、母は職場の上司で私の友達の父である男と堂々と不倫するようになりました。家に帰って来なかったり、連れ込んだり。別居先は小さなアパートなので自室などなく和室に布団を敷いて3人で川の字で寝ていたのですが、男を連れ込み私の隣の布団でヤリまくり。壁も隔てずヤリまくり。呆れました。軽蔑です。母は元々家事をしない人で、給食のパンを持って帰って夕飯に食べたり、病院にも連れて行ってくれず死ぬギリギリでどうにか生きて来ました。

 ある日アパートの鍵を室内に忘れて通学してしまい、弟と夜まで母が帰るのを待っている時がありました。いつものパターンだと夜11時くらいにならないと帰って来ないはずなので、2人で母の職場に行きました。母に「外で待ってて。」と言われましたが現れず、再びドアを開けました。すると母がガラスの大きな灰皿を片手に持っており、不倫相手が血だまりの上に倒れていました。何がどうなってああなったのか聞いても泣くばかり。未だに真相は分かりません。その後、男を病院に連れて行き、母と弟と私は車中で待っていました。母は「誰にも言わん?ねえ、誰かに聞かれたら何て言う?ママが逮捕されたら悲しいよね?」と質問攻め。不倫相手が頭を縫っている時に保身に走るばかり。別れるだろうと思いきや、車に戻って来た不倫相手は「大丈夫、殴られたとは言ってない。階段から落ちたってウソついた。」と言っていました。今となっては私が警察に通報するべきだったと後悔しています。

 数年絶ち、不倫相手の転勤先であるO市に引っ越した・・・と思いきや、転校の手続きがされておらず、軟禁生活が始まりました。本来なら学校に行っているはずの時間帯に子供が家にいると通報されるからと、息を潜めてヒッソリ過ごす生活が始まります。喋っただけで怒られ、母のお気に入りである弟は一緒に外出していましたが、私はずっと家で過ごしていました。

 数カ月経ち、アパートに戻ることになりました。男に依存しているのか、父と元鞘に戻ることになりました。

 元の生活に戻ると思いきや、母は父方の祖母を追い出し、父母弟私の4人での生活が始まりました。もう母の独裁制の始まりです。祖母という邪魔者はいませんから。父も反省したと口では言いながら触りまくり。弟はやはり非行に走り、私は生贄。気に入らないことがあれば竹の物差しで叩いたり、その辺の物を投げたり、怒鳴って来たり。いつ殺してくれるんだろうかと死ぬことを期待しながら、死ぬ一歩手前までしかいたぶってくれず、不謹慎ですが、本当に不謹慎ですが、親の子殺しのニュースを見て羨ましく感じてしまいました。

 高校は親に決められ、大学進学と留学を許すと言われ行った高校ですが、やはり大ウソでした。願書を出さなければならない時期になり、県外の大学のパンフレットをテーブルの上に置いていました。母が見るなりニヤニヤしながら「あんたを4年も学生続けさせるお金、うちにはありませーーーん!」と、本当に楽しそうに。親がこんなに私を嫌っているのも、少しは躾と称する部分もあったのではないかと、淡い淡い期待が少しはあったから耐えて来られた。だからご飯を弟には与えて私には与えてくれなくても、無理やり納得したフリをして来れた。不倫相手の頭を殴った事件も警察に通報しなかったのは母の為に動けば優しくなるかもという気持ちがあったから。でも私の我慢や努力は全て無駄だったとよく分かりました。

 高校卒業後もすべて決められ、全く興味のない専門学校に行きました。

奨学金は使い込まれました。通学費用も食費も何も出してくれないのでバイト漬けの日々でした。家には2万円入れていまいしたが、お金を渡してももらってないとウソを言い、バイト代ほとんど取られてました。やはり学生のバイト代だけでは親の言い値を払うことはできず、知らない人とホテルに行く生活に。家で母に叩かれたり父に触られたりするよりマシだったからです。とにかく親と関わりたくなくて学校もサボるようになりました。

 19歳の頃、嘔吐下痢が止まらず朝までトイレに籠っていたら、母に「臭い!あんた邪魔なんよ!」と怒鳴られました。息もできない状態の私を見て父が「そろそろ死ぬんじゃ・・・病院連れてった方が・・・」父の発言に違和感を感じつつ母に連れられ病院に行きました。2週間点滴だけの絶食生活になったものの嘔吐だけが治らず胃カメラしたところ「食道から腸にかけて炎症がひどく、臓器が成長してないせいで機能していない。胃には炎症だけじゃなく10年くらい前にできた穴が自然治癒したような傷跡が多数。慢性的な栄養失調脱水症状が原因。虐待だ!」と医者が怒ってました。母に言ってくれた嬉しさより、母からの報復に対する不安の方が大きかったです。

少し回復しご飯が食べられることになりました。医者は母にも「うどんやおかゆなど胃に負担のかからないものから始めて下さい。」と言いました。その日の夕食まさかのボンカレーでした。殺されると感じ、再び家に帰らない日々に戻りました。

普通の人なら妊娠の心配をするのでしょうが、私は慢性的な栄養失調脱水症状のせいで子宮が成長しておらず、初潮の頃からずっと生理不順なのに病院に連れて行ってくれなかったせいで妊娠できない子宮になったそうです。結婚は諦めています。

 私は人間が怖いし嫌いで信用できません。結局すべて人間関係ですよね、いつも痛感させられます。親以外の人間にも理不尽さを感じています。私の人間嫌いの根本は両親にあるのだと思いますが、親と同類の人間があまりに多すぎる。そして見て見ぬフリをする人間も多すぎます。それでは何も変わらない。国によって対策が違うようですが、外国の見習うべき部分を見習って改善すべきです。そこから海外に興味を持つようになり外国語学科を希望していましたが親に邪魔され、今では好きだった英語にもストレスを感じるように。何をするにも親の影が付きまとうんです。

 奨学金を使いこまれ、定期預金も奪われ、4000万円保証人にされ、職場に怒鳴り込まれ、私はあの人達の生贄です。死ぬ時は死体の上がらない方法で自殺すると決めています。せめて死亡保険をヤツらに渡したくないからです。

感想1

経験談を書いてくださり、ありがとうございます。

淡々と書かれていますが、内容は幼いころからとても過酷で受け入れがたい現実だっただろうと思います。ただ、それを受け入れざるを得ない状況であり、ほんのわずかな選択肢や希望を探しながらも、現実を受け止めてきたある種の強さを感じました。人に、攻撃力と防御力があるとしたら、あなたはとても防御力の強い人なのだろうと思いました。

冒頭に「楽しく生きることができたら」というくだりがありますが、最後は「自殺すると決めている」そして、「死亡保険をヤツらに渡したくない」ともおっしゃっています。それらの表現から私が思ったことは「ヤツらの存在のないところで楽しく生きてもらう方法はないか」ということです。これまで、一人の力ではそんなことはできないと何度も思ったかもしれませんが、今からでも家族の呪縛から逃れてあなたの人生を歩むことができるのなら、一緒に考えたいと思いました。現在35歳で無職とのことですが、経験談を読む限り、家族の言動に対する考察に独特のセンスを感じますし、過酷な状況でもサバイブしてきた底力、今の社会に対して外国の施策に見習い改善すべきとの意見もとても説得力があり、建設的だと思いました。つまり、今の社会を少しでもいい方向に変えていくための問題意識や経験を持っている貴重な人材だと思いました。そんなあなたが活躍できないのは本当にもったいないと思います。そうはいっても、これまで理不尽な状況にいたのですから、もう、疲れきってしまって働きたくもないとか、心身がしんどくてとても働けない状況なのかもしれません。それとも、おっしゃっている通り人間が怖く嫌いで信用できないのであれば、何をするのも嫌になりそうですから、そんなに簡単なことではないとも思います。

もしも、今からでも家族と縁を切って別の場所でリセットして生きていく気持ちがあるのでしたら、ご相談ください。一緒に方法を考えることはできます。もちろん、そんな気持ちにはなれず、いつか死体が上がらないように死にたい気持ちを持ち続けていたとしても、死にトリに何かの形で参加してもらえたらと思います。経験談にもありましたが、例えば外国の施策で参考になりそうなものの具体例や、こんな制度や支援の仕組みがあったら助かったのにと思うことなどあるのであれば、教えてもらえたらありがたいです。

感想2

経験談を読ませていただきました。両親の態度、行動、言葉から、目に見えないナイフでグサグサと刺されているような感覚だったのでは…と思いました。

離婚時にどちらの親と暮らすかで、母を選んだと書かれていましたが、私には「選ばされる不自由」という言葉が浮かびました。どちらを選んでも、安全な生活が保障されるわけではないのだから、自由のない状況であるように思いました。

両親への「軽蔑」という表現が印象に残っています。親は頼りにならなくて、生き延びるためには自分の力で何とかしなければならないことがたくさんあっただろうと考えています。そのように、養育責任を持つ大人が、子の安全を保護して教育を与える責任を果たせない状況にあると、今の社会では、他の人に気づいてもらうのも難しく、子どもは簡単に「死」の淵に追い込まれてしまうという現実を再認識させられました。未熟な社会だなぁと、悔しく思い、そんな社会の一員として恥ずかしくも思います。

とっくに軽蔑の対象である母が、自分に非があっても保身に走るばかりだったら、「呆れ」も通り越して、何か別の感情…「もはや、そういうものだ」と適応しようとしたりとか「どうでもいい」と無関心になったりもするのかな…?と想像しました。また、一番身近にいる人との関係で、そのような気持ちにさせられていれば、生きることにたいして無気力になりそうです。

母の「独裁制」とは、母が力尽くで家族を思いのままに動かそうとする組織体制のことだろうかと考えています。独裁者は、相手を自分の思い通りにするためなら手段は何でもありで、平気で嘘をつけるのだなと思います。「母の為に動けば優しくなるかも」という淡い淡い期待が完全に裏切られたときの失望感や虚しさ(?)は相当大きいものだろうと想像します。今でもそのことで心が痛むこともありそうだなと思います。

「私は人間が怖いし嫌いで信用できません。」との言葉を読み、それはそうなりますよね……と頷いてしまいました。

「外国の見習うべき部分を見習って改善すべき」という意見には、私も同意します。ところが、私の身近な地域の社会は、なかなか他の地域から学んで改善していくことができていないように思います。
私は、もっと色々な場所に視察見学や体験に行き、現実を知りたいと思っています。足を運ぶことが難しくても、オンラインを最大限に活用して学んでいきたいので、日々試行錯誤しています。
あなたが、「こんなツール・場所があったら、もっと社会を改善できるのに」と思うものはありますか?もしよければアイデアを聴きたいと思いました。

お返事

こんにちは。お忙しいところ経験談の返信ありがとうございます。
なかなか人に話すことができない内容なので、書いて送っただけでも涙が出て少しスッキリしました。
私の話を疑うことなく感想をいただけて、とても嬉しいです。

仕事が決まり働いています。
働き始めで疲れがどっと出て・・・返信が遅くなってしまい申し訳ありません。働く前に建設機械などの免許を取る学校に通っていたのですが、学校の先生からは『女性は無理だから諦めろ。その年齢で無理だから諦めろ。』と言われ続けていました。親に対する恨みや憎しみのような感情を先生にも感じ、協力はしなくていいが邪魔だけはするな!意地でもそういう仕事をしてやる!!と思い、今の会社に採用が決まって嬉しく思います。

何度も諦めろと言われ続けて諦めずにいれたのは、親や学校の先生だからって100%信用できるものとは限らないと、小さい頃から実体験で分かっているからかなーと思いました。小さい頃は人の言うことに従うのを良しとしていたというか、それしか選択肢がありませんでしたが、抗う正義もあると今では考えています。

死にトリさんから感想をいただいて、海外の施策や制度、仕組みなど、社会を改善できる方法を考えてみました。
そもそも日本人の同調意識というものが、良いようにも悪いようにも働いていると思います。
しつけと虐待の境界線を知らない日本人が多く、ニュースによると約半数の人が知らないらしいです。自分も厳密な境界線はよく分かりません。ここを明確にすべきではないでしょうか?
だから未だに、よその家のことには口出ししない、見て見ぬフリで虐待が放置されているのかなーと。

そういう日本の風潮って海外からしたらとても遅れているらしく、そのことをもっと知らしめれば、日本人の同調意識を刺激すれば、早くに改善に繋がるのではないかと思いました。同じ考えの人はたくさんいると思いますが、ただ訴えるのではなく、同調意識を刺激するやり方で、見せるより魅せる。

海外では学校の授業で、しつけと虐待の境界線についてや、安全な大人と危険な大人の違いも教えるそうです。
NPO法人を呼んで、何かあった時の対処法も教えるそうな!
幼少時の虐待のせいで大人になっても後遺症として残るということも、ちゃんと学校で教えるらしいです!!

よく考えてみれば、小さい頃は何かあっても、自分が悪いのかなーという思いが拭えず、被害に遭っているという自覚も薄く、信用できる大人が誰なのかも分からず、助けを求めるという概念がなかったです。
死にトリさんの方でも、しつけと虐待の境界線について、定期的にみんなに問いかけてはいかがでしょうか?

あと暴力に関してですが、夫が職場でイジメに遭い、そのストレスで妻に暴力を奮い、そのストレスで妻が子に虐待するというニュースも見ました。
虐待をなくすには、子供を保護すると同時に親のケアも大事なんだと思います。ここも日本人がもっと知っておくべきじゃないかと。精神状態を良好に保つってすごく大事で、私が働く会社でも、不安やストレスから事故に繋がると考えられています。

そして虐待にまで発展するということを、全ての会社や学校でも考えさせてほしいです。
不安やストレスを発散させる為に何ができるのか?趣味を持つってすごく大事ですよね。
流行とか関係なく、本当の意味で自分に合った趣味を探すことの大切さも死にトリさんに発信してもらえたらと思います。

いろいろ考えてみましたが、自分自身が強くなるのが一番の早道ではないでしょうか。
虐待の後遺症で悩んでいる人は、気分がうつ状態の人が多いと感じます。
好きなことに没頭している時や、ジムで無心に鍛えている時などは頭がスッキリします。
筋トレってストレスを発散させる効果があるらしく、試してみたところ本当だなーと感じました。鍛える時は、筋肉に刺激を与えているということを意識して体を動かすのが良いらしいのですが、その為かいつの間にやら嫌なこと忘れてます。体が疲れるおかげで寝る時もグッスリです。体を鍛えている人の方が見た目強そうに見えるので、イジメの標的になりにくいというメリットもあります。

日本の法律って、あまり子供に選択肢がないように感じます。全て親の裁量。
アメリカでは子供がお小遣い稼ぎに近所で芝刈りのバイトとかできるそうですが、日本にもこういうの導入して欲しいです。
日本だと『子供を働かせるなんて!』という反対意見がたくさん出そうですが、餓死するよりマシなような・・・
子供でもお小遣い稼ぎができる制度があれば、餓死する子供も減るし、万引きする子供も減るし、社会勉強にもなると思います。

虐待されてる子供って世の中全てが敵に見えますが、こういうところでコミュニティ広げることで、実は親身になってくれる大人もいるのだと思えるようになれば、子供も誰かにSOSを出しやすくなるのではないでしょうか。