普通が普通にできない

大阪府・18歳・女


私は18歳女、高校3年生です。

幼少の頃両親が離婚しましたが公務員の母に育てられ、経済面で不自由を感じることはありませんでした。

中学受験もさせてもらい、私立の中高一貫進学校に通って6年目です。
自分で言うのはおこがましいですが、私は周りの子達よりも色々なことがよくできました。
習い事でも勉強でも困らなかったし、友達に教えることも好きでした。

転機は、中学3年の秋です。
大きな行事の前、色々なことが忙しく、急にしんどく思えて、ある日学校で涙が止まらなくなり、早退しました。それから、週単位で休むようになりました。
自分に何が起きているのか分かりませんでした。今となって向き合っても、何が直接の原因だったのかは分かりません。
その頃初めて、心療内科に通いました。

中学3年の秋冬には色々な感情が巡り、色々なことがありましたが、年が明けてしばらくは落ち着きました。無事中学を卒業し内部進学をして、高校に入学しました。

しかし、高校入学後にまた不登校気味になりました。
1年次は20日程、2年次は50日程欠席し、3年のいまも20日を超える欠席があります。
1日休むと精神的に深く落ち込んで、数日間物もろくに食べずにずっとベッドで寝ています。毎日、今日は遅れてでも行こうと思いながら、行けずに苦しい思いをします。なんで自分には皆が普通に出来ることが出来ないんだろう、昔普通に出来ていたことが出来なくなってしまったんだろう、そうやって自己嫌悪に陥ります。
いつかきっと、前みたいに戻れる。
そう思っても3年間変われない自分が、本当に情けなくて嫌いです。

いつからか、人の目をすごく気にするようになりました。どう思われているのか凄く気になるようになりました。
真面目な友人たちが多く、私など怠けているようにしか見えないんだろう。
先生たちは、私を落ちぶれたと思っているんだろうか。
母には理解して貰えるとも思えず、理解して貰いたいとも思わなくなり、話してほしいと言われるけれど、話したくありません。母も私の目から見て精神的に不安定なところがあると思っていて、学校に行かない私を、好きなようにすればいいと諦める時もあれば、寝ている身体を叩いて話をしろ、話を聞けと泣いてくることもあります。
家も学校も、安心できる場所ではありません。
いくつか通った病院は、どれも続きませんでした。カウンセラーさん、お医者さんに話をする時にも気を遣うようになってしまって、ストレスだったからです。

そうしているうちに、もう高校生活が終わります。周りでは友人たちが大学受験の勉強に打ち込んでいます。
私も、勉強しています。
ですが、苦しいです。
大学に行ったところで自分には何も出来ないんだろう。今も、勉強は決して追いついていないし、仲の良い友達でさえきっと、私を努力出来ない奴だと軽蔑してる。
私だって、出来るものなら毎日毎日将来に向かって真剣に努力したいし、頑張ってみたい。
でも、出来ない。

未来のことを考え前向きに思える心とともに、いつも、死んでしまってもいい、死んでしまいたいという思いが潜んでいます。
でも、私が死ぬことによって悲しみを与えるかもしれない周囲の人のことを考えると、実行はできていません。

将来が見えず、いつも心が疲れて、泣いて、また頑張ってみては頑張れなくなり、消えたいと願い、迫る時間に、焦り、苦しい。
思い描いた自分になれていない自分、当たり前のことが出来ない自分、生きづらくて苦しくて、本当に消えてしまいたい。
いつか物凄く辛い出来事が起きたら、私は死を選んでしまうのかもしれません。

感想1

経験談を送っていただきありがとうございます。

中学3年の時には、しんどくなる直接的な原因はなかったとしても、色々なものが溜まってキャパオーバーしたのかなと、読んでいて思いました。
また、周りの人が見えていないようなところまで、多くの物事を感じとって、考えていたのかな、と想像していました。敏感で豊かな想像力を持っているがゆえに、人目が気になりやすい面もあるのかなぁと…。

学校には、行きたいという気持ちか、行かなければという気持ち、どちらが大きいのかな?と気になりました。ご友人などで、思いを伝えられる相手がもしいれば、少し客観的に自分を見てもらえたり、全てを理解し合えなかったとしても、味方になってくれる人もいるのかなと考えました。

それから、家庭にも居づらさがあるのだと思いました。
母親さんの精神的な不安定さに引きずられそうになるのを、必死で防ごうとしているような印象を受けました。母親さんとは「話したくない」と意思を持てるのは、自分でいようとする力があるからなのではないかと思いました。

また、家と学校と病院のほかにも、もっと色んな人と交流できるところがあれば、気の合う人に出会える可能性はありそうだなと考えました。もしかするとそれは、大学かもしれないし、アルバイトかもしれないし、インターネット上のコミュニティかもしれません。
そこでは、同じように苦しい思いを抱えている人もいるだろうと思います。

経験談のなかで、いつも死んでしまってもいい、死んでしまいたいという思いが潜んでいる、という部分を、その思いを想像しながら、何度も読んでいました。あなたの思いを軽くすることもできないかもしれないけれど、否定はしたくないし、大切に受け止めたいなと、私は思いました。同時に、前向きな思いもあると書かれていたので、機会があれば聞かせてもらえたらなと思いました。

感想2
経験談を投稿いただき、ありがとうございます。
いつも死んでしまいたいという言葉が頭の中に浮かぶくらいに、常につらさを抱えていらっしゃるのだと読み取りました。

中学校3年生の時に学校に行けなくなったことがあったのは、これまで知らず知らずのうちに頑張りすぎていたこともあるのかな……?と想像していました。また、他者からどう思われているかを感じ取ったり考えたり、察する(こういったことは、結構エネルギーを消費する行為だと思います)力がある人なのかなと考えていました。そうなると、心をすり減らしてしまっている部分もありそうだなと感じます。
それに、自己嫌悪は自分の中でぐるぐると回り、より苦しみが増すところがあるな、と共感していました。

また、人の目が気になるようになったのは、「普通ではなくなってしまった」という認識が投稿者様の中で生まれてしまったからなのかな、と推測します。
もし、「普通でなければならない」という社会からの無言の圧力がなければ、そして、「普通に合わせなくても生きやすい環境」ならしんどくならずにすむのかもしれないと、そんな世界を想像してしまいました。

それから、日常では相手に気を遣ったり、相手が自分のことをどう思っているのかを想像することで発信が難しくなっているのかなと感じました。自分よりも他者のことを考える時間が多いように思えて、そうなると、自分の気持ちを感じ取り、それを大事にしながら関わっていくことも難しくなってしまうのかなとイメージしていました。
ですが、今回投稿いただけた経験談を読むと、ご自身の感情が表現できているように感じ取れました。

思考は膨らんで、自分では扱いきれないくらいになってしまうこともあるかと思います。身近な人たちとのやりとりで難しそうなら、インターネット上のコミュニティでも、安心できる居場所が見つかれば、そこで発信してもらえたらなと個人的に思いました。
そうすると、共感してくれる人や味方のように感じられる人が現れたり、抱えているものが軽くなる瞬間があるかもしれないなと考えました。