私はヒーローなんかじゃない

埼玉県・34歳・女性


 私が最初に自分への違和感を覚えたのは、中学生くらいの頃だった気がする。周りの人に比べて、明らかに友達が少なかった。休み時間には一人で机に伏せていることもあり、特定の友達がいなかったことは今でも鮮明に覚えている。だけど、なぜ友達がいないのかは、わからなかった。

 私の両親は、私が幼稚園の頃までは優しかったような気がする。だけど小学校に上がって、テストや成績で点数がつけられるようになってから、褒められた記憶は正直ただのひとつもない。本当に褒められなかったのか、褒められたと感じなかったのか、どちらかはわからない。でも、とにかく一つも覚えていない。代わりに、怒られたことはいくつでも思い出せる。父親が勉強に厳しく、母親は生活に厳しかった。今思えば、母親は父親に逆らえず、自分が怒られたくなかったから、私を縛って私に八つ当たりしていたのだと思う。父親は怒鳴ったり物を投げたり(ついでに話も長い)、母親はヒステリーに感情を爆発させていた。私は小学校高学年の頃には、言い返すことを諦め、それぞれの怒りが過ぎ去るのを、ただひたすら耐えて待っていた。そんな家に帰りたくなくて、自宅の前で立ち尽くしたこともある。中学で成績表が相対評価に変わり、主要5科目すべてで5段階中の「4」を取って帰った私に浴びせられた言葉は「4段階評価か」だった。次回オール5を取れなかったら外出禁止だと言われた。今思えば普通に虐待だ。

 おかげで高校の頃には、数学で1を取って、社会で5を取っているクラスメイトがうらやましかった。5をとれない自分に価値がないと思っていたし、自分の好きなこと、得意なことを認識していることが、とにかくうらやましかった。勉強は面白くなく、親のためにやっていた。そんなネガティブな目的で受験勉強をしていた私が、本気で行きたい大学を目指している他の受験生に勝てるはずもなく、名の知れた一流大学に行ってほしかった親の希望とは裏腹に、中等程度の大学でしか合格通知をもらえなかった。そこにしか合格しなかった私に対して一流大卒の父親が放った生涯忘れない言葉は、「●●大学(合格した大学)に通ってるやつなど人間ではない」である。このときばかりは自分の存在が完全に否定されたことに耐えきれず、母親が仲裁に入るくらい叫ぶように泣いた。それでも父親は「自分でもそう思ってるから泣くんだろ」などと訳のわからないことを言っていた。

 そんな私は、大学に入るとついに両親の言いつけに背くようになり、門限23時を頻繁に破るようになった。はじめのうちは目くじらを立てていた親も、繰り返すうちに徐々に何も言わなくなった。ただ、これまで押さえつけられていた反動は半端でなかった。友達はいないが家には帰りたくないため、自分の体を家賃代わりに、男の家を渡り歩いた。求められることを愛情と勘違いし、喜びを感じるようになった。そうして過ごすうちに、私は恋愛依存になっていった。彼氏がいないと情緒不安定になった。だけど、より愛されている実感がほしかったから、新しく情熱的に私を求めてくれる人が現れると、すぐに相手を替えた。おかげで、元彼の数は両手で数えても足りない。さらに悪いことに、その傾向は今でも完全には治っていない。

 この頃には、友達がいない理由もなんとなくわかり始めていた。嫌われたくないのだ。誰にも。そう思って生きてきたから、人とのやりとりも、知らないうちに嫌われないこと最優先でこなしてきた。だから、人と話すととても疲れるのだ。さらに、この人と話していても楽しくないと思われることが怖くて、人と話すことを避けるようになっていた。誰かと二人で深い仲になることを恐れて、日々浅い人間関係をこなしていた。そんな私を、信用して深い仲になってくれる人は、もちろんいなかった。

 社会人になると、これまで蓄積してきた自己評価の低さ、対人関係への恐怖が、仕事で顕在化した。やりたいことがなかった私は、唯一アルバイトで経験のある、接客業の仕事に就いてしまった(ちなみに失敗も極度に恐れているので、やったことのないことにチャレンジする勇気もなかった)。待っていたのは、もちろん千差万別な客とのやりとりだ。昨年、不運にも私の担当下で事故が頻発し、私は半年ほど日々クレーム対応に追われることになった。食事が喉を通らなくなり、休日も常に仕事のことが頭から離れず、プライベートもないがしろになり、今年になって退職した。そして、それを乗り越えられなかった私を、私は今でも許せない。

 実は今年になって、自分を変えたいと一念発起し、約2万円を支出して、アダルトチルドレン(=生きづらさを感じる人)を改善するというマニュアルのデータを購入した。それによると私は、優秀でなければ認められないという条件付きの愛を享受してきた「ヒーロー型アダルトチルドレン」らしい。そのままの自分が認められて受け入れられる感覚がなく、愛情とは苦労した上で獲得できるものと考えている。さらに、「死にたいのトリセツ」でも、「人生ハードモード」の判定をいただいている。特に、「安心・安全がほしい」という項目で理想と現実のギャップが大きいという結果が出た。総括すると、私のさしあたっての課題は「自分のハードルを下げること」、「自分の感情を感じ、表現すること」となるようだ。そのために、訓練を続けなくてはならない。私は自分を犠牲にして他の皆を笑顔にするヒーローなどではないのだ。

 ここまで決意を述べておいてなんだが、私は今、彼氏にフラれそうになっている。だから情緒不安定となり、この「死にたいのトリセツ」にたどり着き、こうしてレポートを書いている。あれだけ決意しておいて情緒不安定になどなっているのだから、自分を変えるのは本当に大変だ。だが、自分の生きづらさに気づいていることでスタート地点には立てている。さらに、このレポートで自分の生きづらさを表現できて、少し心が軽くなったような気もする。このような機会をいただけたことに感謝するとともに、少しでも生きやすくなるよう、これから力を傾けていきたいと思う。

感想1

投稿ありがとうございます。

堂々としていて、それでいて繊細な文章だと感じました。文章からあなたのお人柄を想像しながら、何度も読み返しました。大枠として、父親の価値観からの脱却、これからは自分自身の価値観で歩んでいく宣言であると、私は受け止めました。

家庭の中で、父親さんの存在感というか権力が大きかったのだなと想像しました。そんな父親さんが、『成績=こどもの評価』という価値観であれば、オール5を取れない自分に価値がないと、あなたが思い込んでしまうのは、やむをえない環境であったのではないかと考えました。なぜならば、子どもの頃は、近しい距離にいる大人の価値観が社会の価値観であると信じてしまうだろうと思うからです。

しかしながら、大学受験の際に父親さんに完全否定されたことに対して、母親さんが仲裁に入るほどにあなたは泣き叫んだという場面を聞き、あなたは父親さんの価値観が全てでないと全身で訴え始めたのだと私は想像しました。

大学入学後の門限破りについては、自分を主張し、自分を取り戻す一環の行為であるようも映りました。恋愛依存という方法で、あなた自身を支えたのだと私は理解しました。今もその傾向が続いていると教えて下さいましたが、「求められることを愛情と勘違いしていた」とあなたが整理されていると知り、今後、あなたの恋愛になにかしらの変化がおこる可能性があるのではないかと感じました。

友達がいない理由について、中学時代には整理できなかったことが整理できてきたのですね。嫌われないことを優先に関係性を築づくのは、どんなにか疲れることだろうと共感しました。しかしながら、無理をして集団に属することをしなかったというのは、あなたの強さでもあるように私は考えました。

社会人生活を経て、自分を変えたいと一念発起したのですね。アダルトチルドレンという切り口で自分自身を分析して、これまでとは違う角度で自分を理解しようと向き合っているのだと想像しました。死にたいのトリセツも加味すると、「自分自身のハードルを下げることと、感情を感じて表現すること」がさしあたっての課題なのですね。訓練という言葉がストイックだな、と心に留まりました。

この投稿があなたの助けになったと聞き、とても嬉しいです。同時に、あなたの投稿は私たちの道標になります。ありがとうございました。

感想2

経験談読ませて頂きました。

まず私は、投稿者さんが「思考に長けている」と思いました。文章から経験や自分自身について客観的に整理されてきているように感じ、投稿者さんが理性や客観性や思考で生き抜いてきたのかなと思いました。

投稿者さんの高校時代までの話を読み、学校に行き始めて社会から評価されることに合わせるかのように親から厳しい評価を受け、怒られ責められ否定される中で、自分自身の価値基準も厳しい基準で取り込まざるえなかったのではないかなと想像しました。成績や学力といった人間のの一部分でだけ評価され存在まで否定されたら、親だけでなく他者からの評価が怖くて仕方がなくなるだろうし、他者から評価されないように人との関係を避けたり浅くしたりするのも自然なことだと私は思いました。

私は、最初に投稿者さんが理性と客観性と思考で生き抜いてきたのかなと書きましたが、裏を返すと、理性で感情を押し殺してきたとも言えるのかなと思いました。自分の感情があると苦しくてしかたなかったのではないか、いつしか自分の感情を感じにくくなるのではないかと私の頭に浮かんできました。自分の感情が感じにくいと、自分のしたいことがわからなかったり、他者基準で判断するしかなかったり、自分の軸がなく他者に振り回されて疲弊してきたのではないかと思いました。人に嫌われることが死活問題にもなりそうな投稿者さんがクレーム対応をしなければならないのは、生きた心地がしなかったのではないかと思いました。そんな投稿者さんに私は、人は勝手に怒ったりする、そして怒るのは怒る人自身の問題(責任)であることを伝えたいと思いました。そう言う私自身も人が怒っているとそれだけでソワソワ落ち着かないのですが、自分の責任ではないこと、過剰に他者の責任を自分が負う必要はないことを知っておくと、少しは気が楽にならないかなと思い伝えたくなりました。

親から厳しく責められてきた経験自体もしんどい記憶だと思いますが、社会人となった今は、自分自身の価値基準と実際の自分とのギャップに自己否定がつきまとい、自分の存在価値にまで響いたり、他者に怒られないよう(自分の評価を保てるよう)に頑張り過ぎてしまうなど「育った環境の影響」でも苦しくなってきて、自分を変えようとしているのかなと思いました。(勝手な想像なので違っていたらすみません。)

自分を変えるのは簡単ではないと思いますし、自分のバランスを保つために依存するものが必要な時もあると思いますが、投稿者さんが言う通り、気づくことから始まっていくと私も思います。

同時に生きづらさは社会の側の問題が大きいと私は考えているので、投稿者さんが周囲の評価を過剰に気にしなくても済む安全な環境があったらいいのになと思いました。

今後も迷った時には、死にトリに立ち寄ってヒントを得たり、この経験談の投稿のように参加して社会にヒントをくれたりして頂けたら嬉しいです。

経験談の投稿ありがとうございました。 最後に私からも「あなたはヒーローなんかにならなくていい」とお伝えいたします。

お返事

感想を拝見しました。
率直に、涙が流れました。
自分の気持ちを表現することなどないので、当然自分の気持ちに寄り添ってもらった経験がありません。
まずは、受け止めてもらい、共感してもらい、寄り添ってもらったことが嬉しかったのだと思います。

そして、新たな発見もありました。
私は今まで、友達がいないことや恋愛依存は、自分の欠点だと思っていました。
よく、短所も言い方を換えれば長所になると言いますよね。
けれど、どうしても自分の短所を言い換える言葉を見つけられませんでした。
私の欠点は、言い換えることすらできない、決定的な短所だと思い込んでいました。
なのに、たった2千字そこらの文章を読んでもらっただけで、それらを簡単に長所に言い換えてもらえました。
長所、とまでは呼べなかったとしても、少なくとも短所ではなくなりました。
友達がいない惨めでかわいそうな自分を、自分の「強さ」。
恋愛依存でだらしなく他者の存在なくして自分の幸せを感じられない不幸でみっともない過去を、「自分を支えた方法」。
私にはなかった新しい考え方を教えていただき、とても新鮮な気持ちです。

さらに、「人は勝手に怒ったりする、そして怒るのは怒る人自身の問題(責任)であると考える」というアドバイスも、まさに今私が取り組んでいることで、驚きました。
私はこれまで勝手に他者の気持ちを想像し、思い込み、その思い込みに基づいて他者とのコミュニケーションをとっていました。
しかし、他者の気持ちなど、実際のところはわかりようがありません。
そんな答えの出ないことを考えて勝手に疲弊するのではなく、自分を表現した結果他者がどう思おうと、それは私の責任範疇ではないと考える練習を、今おこなっています。
他者の気持ちを想像してしまいそうになったら、「他人の気持ちはわからない」と心の中でつぶやくようにしています。

そのようなことを続けながら、少しずつ自分にも変化が現れていると感じます。
しかし、この感想の冒頭、私は「嬉しかったのだと思います」と綴りました。

迷いましたが、単純に「嬉しかった」とは書けませんでした。
泣いた理由ははっきりわからないが、多分嬉しかったからだろう、としか思えなかったことが理由です。
理性で押さえつけていた自分の気持ちを感じることが、まだ十分にはできていないようなのです。

けれど、私にはできると信じています。
努力を続ける覚悟もできています。
いつかありのままの自分を表現しながら生きられるまで、まだ弱い私はもう少しこの「死にトリ」のお世話になりたいと思います。