死にたいけど死にたくない。

17歳・女性

今高校3年です。毎日「死にたい」って思ってしまう。

2年に上がったばかりの頃、部活で部員が3人にだった。その中に3年の先輩が1人いたが、その先輩は大人しめの人で、なぜか先輩がいる中で顧問から私がリーダーを任された。まさかのリーダーを任されるとは。そして部活に新入りが入ってくる時期になると、同じ2年の子が4人と1年生が2人入ってきた。こんなにメンバーが入ってきたのは初めてらしい。人数が多くなったことで、去年の活動に比べて余裕が出た。しかし新しく入ったメンバーは練習が終わる度にすぐに休む。横の椅子に毎回座ってボーッとしたりスマホをいじったり…そのためすぐに次の練習ができず時間がもったいなく感じた。その度にメンバーに怒ってた。「なにやってるの?」「早く準備して」「まだ?」そうやって部活の空気は当然悪くなった。しかし怒ってもメンバーがダラダラするのは変わらなかった。

そんな周りの状況を見てると、「なぜ自分だけがきちんとしないといけないのか」「周りのみんなはこんなにダラダラしてるのに…」「リーダーなんてやりたくないのに、なんでリーダーをやらされたんだ」などそんなことばっかり考えてしまい、ついにサボってしまった。「みんなダラダラしてるんだから、こんな自分がサボっただけで別に良いでしょ。それに自分だってダラダラしたい」そんな思いで無断でサボり、部活に行かず学校にある椅子でボーッと過ごした。すると部員の一人が来た。「なにやってるの?なんで来ないの?どうした?練習できないよ。」と言ってきた。結局その日は部活に行かなかった。次の日には学校を休んだ。久々に休んで心がスッキリした。

そして翌日からまた普通に登校した。しかし空気はさらに悪くなっていた。その原因が私のサボりとも知らずに。次第に同じメンバーで友達だった子(A子)とギクシャクした。いやあれは喧嘩?かな。そして部活の空気を少しでも元に戻したかったのでA子に私から謝った。すると怒った理由が「いつも注意してくるクセに前に1回サボったじゃん。そんなやつに注意されたくない」と言ってきた。「確かにサボったけど…。良いじゃん。A子だって学校休むじゃん。練習終わったら、毎回椅子に座るじゃん。私だって休みたかった。なんで?私は休んだらダメなの?ちゃんとしなきゃいけないの?みんなダラダラしてるならサボるのと一緒じゃん…。」そんなことばかり考えた。こんなことを思う私はきっと最低な人間なんだろうか。それからサボるという考えをなくした。とにかく「自分がきちんとしないと。」そう思った。そして部活以外にも、学校生活では先生から色々なことを任されていたので、部活以外でも忙しかった。だけどあんなことがあったので、休みたくても休めなくて必死にやった。また勉強面でもとくに検定を頑張った。それでも頑張ってると同時に精神的に病んでた。毎日「死にたい。辛い。苦しい。休みたい。もう嫌だ。何もやりたくない。誰か助けて…。」心の中では必死にそう叫んでた。それでもそんなことをお構いなしに、現実では任された仕事が同じ時期に重なり、休みがない時期もあった。もはや疲れすぎて、疲れてるのか分からなかった。いや正確には頭が疲れてた。頭だけが重い感じで、何も考えることができなかった。

そして3年になった頃、部活で私がリーダーだと大変だからという理由でB子がリーダーになった。何も言えなかった。でも正直心の中では「なんで?なんでB子がリーダーなの?」そう思ってた。今でもB子がリーダーをしてる、そして指示も出してくる。毎日がイライラだ。部活以外でも忙しいので、リーダーをやめれたことは大きいがすごく嫌だった。納得できない。自分の方が何倍も頑張ってる。部活も1回サボったこと以外ではちゃんとしてたつもりだ。部活以外だってそうだ。普通の学校生活でもこっちはボランティアや検定やイベントなど色んなことをしてる。学校だって3年になってから、1回も遅刻もしてないし休んでない。それに比べB子は度々休むし、遅刻もする。授業にだって遅れてくることもある。そんなやつがリーダーなんて納得したくなかった。

そしてまた死にたくなった。もう嫌だ。これじゃ何のために頑張ってきたのか分からない。私は上の立場に立ちたくて、誰かに頼ってもらいたくて、そのために色々と頑張ってきた。「こんなやつが仕事を任されるなら、これで必死になってる自分はきっと馬鹿なんだ」と思った。自分が生きてる価値が分からなかった。生まれつき病気があったり、中学校では不登校になったり、最悪な人生だと思ってた。やっと高校で居場所ができた気がした。だから余計に頑張れた。そして先生にも仕事を任されるようになった。なのに3年になって、こんな仕打ちを受けるとは思わなかった。だから余計に理解できなかった。今は、何をどう頑張れば良いのかさえ分からない。

今も部活以外では忙しい。文化祭実行委員に入ってたり、学校説明会の司会をやらされたり…

死にたいし、辛いし、休みたい。でもこんなんで休んだらダメだ。

「みんな頑張ってるのに、自分だけ休むなんて出来ない。」「何も頑張ってないのに、なんでこんなに疲れるんだろう」「なんでなにもしてないのに、こんなに疲れてるの?」いつの間にか、私の頭はこんな言葉ばっかり。そして死にたい気持ちもあるが死ぬのは怖い。また今、普通の暮らしが出来てるのは私を助けてくれた医療従事者の方たちのお陰なので、それを考えると「死んだらダメ」だと思った。死にたいのに、死にたくない。でも生きたくもない。

こんな自分が「死にたい」なんて思ったらダメだ。せっかく助けていただいた命なのに。頭では分かってるのに…。「死にたい」なんて思うのは、あまりにも贅沢な悩みだから、こんな自分にイライラしてくる。もう今は生きてるだけで精一杯。これからどうすればいいんだろう…。

(なんか文章まとまってなくてすみません)

感想1

経験談の投稿ありがとうございます。読ませてもらって、学生時代の人間関係の複雑さと、自分の頑張りが報われない中で、必死にもがいている様子が伝わってきました。

相反する気持ちを持ちながら、日常を一人で頑張り続けるのはとても孤独を感じるのでは?と感じています。「何も頑張ってないのに、なんでこんなに疲れるんだろう」と書かれていましたが、あなたには頑張っていないように感じる日常でも、いろいろな役割をこなしながら生活している現状は「頑張っていない~」という表現をするのではなく、「頑張りきっている生活だからこそ、疲れてしまっている」という状況なのかなと私は思いました。

あなたにとっては、まとまっていない文章かもしれませんが(私には十分にまとまっているように感じました)、文章を書く中で少しでも気持ちの整理を行えたりするのであれば、日常のいろいろなことを、こうやって経験談にだったり、とりコミュにだったり吐き出してもらえたらと思います。あなたがあなたらしく、色々感じているものをアウトプットする中で、あなたの中で渦巻いている感情が少しでも軽くなるように、死にトリのサイトを活用してほしいです。また、今は死にトリの中にはないけれど、苦しいときにこんな風な使い方ができたらいいのにというアイディアを教えてもらいたいです。よければ、返信お待ちしています。

感想2

経験談の投稿ありがとうございます。様々なものを抱え込み、いっぱいいっぱいになっている思いが伝わってきました。

責任感があるからこそ任される仕事、任されたからにはきちんとやりたいという意識の高さ、が周囲から評価され、様々な係やリーダー的な役割を任されているのでは、と感じました。

あなたはいつも一生懸命やっているのに、あなたはやって当たり前、みんなは休んでいるのにあなたはたった一回、無断で休んだだけで責められるのは理不尽だと感じました。リーダーの交代は負担が減ったと同時に、気持ち的に納得がいかないのも当然だと思います。

本当は休みたい、だけどたくさんのことを頑張ってきて、そして実際出来てしまうので、より周囲からの期待、や、求められるもの、「この人ならこれくらいできて当たり前」というハードルが高くなっているように感じました。

「上の立場に立ちたくて、誰かに頼ってもらいたくて、そのために色々と頑張ってきた」と表現されていましたが、中学校の頃との自分と変わりたくてそれほど頑張っているのかな?と、個人的に感じました。何かを任され、それを達成し、そのようにして自分を認め、居場所を作ってきたのでは…それはあなたの責任感と能力がなせる業なので、大切にしていい能力だとも思いますが、人のできる範囲、には誰しも限界がありますので、自分のガソリンが枯渇する前にガソリンスタンドに行って補給が出来たり、今はガス欠気味だから…と、時としてNoと断ることが出来たら、今のいっぱいいっぱいな状態も少し緩和できるのではないか、と感じました。

今回の部活のリーダー交代は本当に理不尽ですが、人はだれしも完璧ではないし、多少のミスをしたり、少しばかり仕事を断ったからといって、できない自分を責めなくても、十分たくさんのことを積み重ねてきているのでは…と思いました。

また、死にたいと思ってはいけない、と思わなくてよいのではないでしょうか?あなたが思っている以上にあなたは頑張っているし、あなたが思っている以上に、周りの人は見えないところで休んでいたり、頑張っていない部分もたくさんあって、頑張っているあなた、だけしか認められない、頑張らなければ居場所がなくなる、というわけでもないように思いますし、つらい、いやだ、などの否定的な感情に蓋をしてしまうと、膿んであふれて死にたくなってしまうほど膨れ上がってきてしまうと思うので、人と比べて自分はどうか、からもう少し、自分の今の正直な想い、これまで積み重ねてきたことなどを認めてあげてもいいのでは、と感じました。

お返事

まずは私の経験談を読んでいただきありがとうございます。感想を読んでて、無意識に涙が出ました。それぐらい私の心に刺さりました。また感想を読んだ上で、私が思っていないことを書いていたり、気付けなかった部分などが知れました。
経験談に書いたような本当の私の気持ちは、周囲の人に話せなくて。もし話したら「こいつはこんなやつだったのか」って思われたくなくて…今回初めて、このような本音を書きました。

感想のコメントの中にある「何かを任され、それを達成し、そのようにして自分を認め、居場所を作ってきたのでは…」とありますが、まさにそれです。私はそれでしか自分を認められません。経験談に「検定も頑張った」と検定のことに触れていますが、私の学校ではメインの検定は商業系です。しかし肝心な商業科目の先生が居ないという訳の分からない学校なので、当然、誰からも教えてもらうことができず合格者が少ないです。なので自分一人の力で取ると、まぁまぁ褒められます。だから検定も頑張っているのかなって自分自身で思いました。今では頑張ってきたお陰で1級まで取ることができました。

経験談を書いてから、その間に様々なことがあり、今では任されてることもなくなり、のんびり過ごせています。ただのんびり過ごせているからといって、部活での立ち位置が替わる訳でもないし、むしろ上の立場から少し下がったような気がして、あまり良い気分とは言えません。今こうしてのんびりしてる間にも、誰か他の子が頑張っているのではと思うと、逆に何かを任されたいと思ってしまいます。
ですが、この、のんびりできてる今は「学校」のことを考えず、のんびりしまくろうと思っています。

最後に素敵な感想のコメントをいただいて、とても嬉しかったです。初めてこのような優しい言葉をいただきました。このいただいた言葉を胸に、残りの3ヶ月の学校生活も乗り越えようと思います。本当にありがとうございました。