普通になれという呪い

40歳・男性


私の両親や親戚は、とにかく普通になれ、当たり前になれを呪いのように言っていました。
長男として生まれた私は、両親がこうなって欲しいという望みを一身に受けてきました。
小さな子供の頃から、とにかく、何をしてもダメと言われて両親が望む人間になれと育てられ、それは親戚の人達も同じでした。
だから、人を信用できずイジメられても、相談も出来ず。
私にとっては両親は、小さい頃から信じられない存在であり、家の中と外では、全く態度が違う、二面性も持つ二重人格のような父と母でした。

そんな私にとって最も父母と思えるのは曾祖父だけでした。
曾祖父は、私の話を静かに聞いてくれて否定もしない。頷いて聞いてくれて、私にとって曾祖父だけが父母より親であると思う程です。
そんな曾祖父も高校生でなくなり、もう、誰も、両親や兄弟、親戚でさえも信用できなくなった私は、能力を求めつつ社会で生きていく自信を失っていました。

そして、病を患い、現在、信用のない両親と同居して、両親をモノとして分析するようになって、やっと両親が理解できました。
両親は、子供でした。父母は両方ともどちらかの片親を無くして、それが心の深い傷となっている。
それによって普通という呪いを求める甘えん坊になっているのを気付いたのです。

今の私にとって、両親は生きる為に共存している同居人です。
そう思うと不思議と怒りや腹が立たず、冷静になれます。
普通にこだわる父母達は、子供のような大人になってしまい、運良く生きているのです。
私の人生で、結婚も恋人もないでしょう。この普通になれという呪いのお陰で、私にはこの父母のような女ばかり出会います。
同じ事の繰り返しほど、愚かな事はありません。

しかし、私のこの普通になれの呪いは、弟達にはありませんでした。
なので、弟達は結婚して家庭を持ち、子供に恵まれて、両親が望む普通を叶えています。
私にとっての救いは、その呪いが弟達に来なかった事と、人生という地獄の中でどう生きるか?
それが生きていく意義になった事です。

感想1

 両親が自身では叶えられなかった「普通になる」という思いを呪いのようにかけてくる。きっとその「呪い」の影響は、ここに書かれていないものもたくさんあるでしょうし、もっと色んな苦しみを感じてこられたんだろうと思います。「普通になる」ことほど難しいものはないと私は思うのです。

 ただ、「普通になる」という言葉以上に、一番近い場所にいる両親があなたを追い詰めてくるというジレンマが、何よりもの「呪い」になったんだろうということを、あなたの文章から私は想像してしまいました。

 けれどその「呪い」は形が変わりつつあるのかもしれない、とも私は思いました。「親を大切にしよう」という言葉をよく耳にするこの社会で、私なら無意識に「親は大事な存在だ」って思ってしまいます。でもあなたが両親を「モノ」として考え、「親が近くにいる大きな意味を持つ存在だ」という思いを投げ捨てることで、呪いは形を変えたのかな、と。意味のない「モノ」からの言葉はあなたにとって大きな意味を持たなくなったのかもしれないと思いました。でも、「親はただのモノだと分析する」ということは、生半可には出来ないことだろうと思いますし、そこからもあなたが経験してきた苦しさの壮絶さを想像してしまいます。

 あなたの文章は冷静でわかりやすく、読んでいてスッと頭に入ってきました。でもそんな冷静な文章の中に、今まで感じてきた苦しさが凝縮されているようにも感じました。両親に対する憎しみのような感情はまだまだ根底にあるんだろう、とは思います。感じた苦しさを自分の中で押さえ込み、それを理知的な言葉に置き換える。それは簡単なことではないと思いますし、それをしながらあなたは今までの困難を乗り越えてこられたのかなとも感じました。

 最後に書かれていた「人生という地獄の中でどう生きるか?」という言葉。はじめその「地獄」というフレーズからネガティブなものなのかなと思ったのですが、読み返す内に、そこまでネガティブなものではないのでは、と思い始めました。「人生は地獄なんかじゃない」と言ってくる人も、世の中には確かにいるでしょう。でもあなたにとっては、人生は紛れもない地獄だったんだろうと思います。そんな地獄の中でどう生きるかを考える。決して天国ではない人生で。それを考えているということ自体が、両親の「呪い」は力を失いつつあるのかも?ということを意味しているのかなと勝手に想像してしまいました。

 ただ、地獄のような人生でどう生きるのか考えることも苦しいと思います。何か楽しみを見出すのか、それとも苦しさを諦めて受け入れていくのか・・・。私も正直答えは中々見つかりません。今どう思いながら生きているのか、よかったら教えてください。

 でも「地獄でどう生きるか」というその言葉は生きていく意義になっているようですね。それを意識しながら、あなたは今を生きておられるのだろうなと思います。だからこそ、両親からの「呪い」を自分の力で分析し理解したあなたなら、これからは親の「呪(のろ)い」とは違い、これからを生きていくための前向きな「呪(まじな)い」として、その言葉を自分にかけていけるんじゃないかなと思いました。

 改めて経験談を書いていただきありがとうございました。そして勝手に色々想像させて頂きました。的外れな部分もたくさんあるかもしれません・・・。 

 最後にもう一つだけ勝手に想像させていただくと、「父母のような女ばかり出会います」とありますが、もしかしたら「自分が得られないものを他人に押し付ける」という部分をあなたがとても察知しやすくならざるを得なかったのかな、と思いました。人は誰しも、多かれ少なかれそういった感情を抱いていて、あなたはその部分を色濃く感じてしまう、そんな一面もあるのかもしれないと思いました。

 あなたと同じように両親からの「呪い」で苦しんでいる方はたくさんいると思います。それを経験してきたあなたの知恵を、こういった場所でこれからも発信してもらえたらと思います。私自身もあなたの考えをもっと聞きたいなと思っています。

感想2

経験談を送って下さりありがとうございました。

 文末に「救い」のことが述べられていましたが,ごきょうだいへの慈しみ深い思い遣りが,弟さん方の救いであるばかりでなく,経験談を読まれた方や広く社会の「救い」になっていると私は思いました。

 投稿者さんは人生という地獄の中でどう生きるか?それが生きていく意義になったとおっしゃっています。親が望む生き方を強いられ,人生の選択肢を限りなく狭められながらも,これからどう生きるかを探ろうとされているしなやかな強さを私は感じました。そのことに私は希望を感じ、救いを見出した気がしたのです。

 経験談を読み,投稿者さんは自分ひとりでご両親の期待の全てを引き受け,辛く苦しく展望の見えない暮らしを強いられていたのではないかと私は想像しました。その理不尽さを観察・分析されて,ご両親を「子供」として解釈をされたのだと推測しました。私の知る多くの人たちは,たいていここで「反撃」や「攻撃」に転じます。

 けれどもそうした外向きの選択をなさらず誰も責めたり悪者扱いもせず,逆にご自分自身を責めるほど真摯に,親御さんや親戚の望みをたったひとりで引き受け背負ってこられたのではないでしょうか。

 私には想像できないほどの辛さ苦しさを,ごきょうだいには味わわせたくないというお気持ちは,投稿者さんの責任感の表れであり誰も傷つけたくないという優しさなのだろうと私は想像しました。そのために病を患うことやイジメを受けることといった,出会う必要のない不幸も背負い込んでしまったのではないかと思います。

 また,大人が子どもに示すべきは「選択肢」のはずが,「ダメという評価」ばかりが示されたことも悔やまれます。親や大人として子どもの将来を案じているつもりなのでしょうが,子どものためという一方的で迷惑な善意が,相手の思いを大切にする投稿者さんの心を支配したのだと思いました。

 そうした中でじっと耐え忍んだ投稿者さんの姿が外向きではないことを「内向き」と決めつけられたり,状況を俯瞰して冷静で居続けられることについて,周りから責められたりしてはいないか,少しばかり気がかりではあります。

 けれども投稿者さんは経験談の最後で,過去の呪いと決別してどう生きるかという問いを掲げておられます。長男であるが故に背負い込まされた呪いを冷静に観察し,我が身の処し方を追求する,いわば達観の境地の強さが宿っているように私は思いました。

 投稿者さんは周りのみんなのことを大切にされ,ものごとを深く考えられる方だと思います。これまでの親の望みという「呪い」を振り払い,どう生きるかの選択に歩み出された勇気に私は敬意を表します。今回の経験談の投稿が投稿者さんの人生において良い契機になることを願っています。

お返事

私自身、多くの方がこのように普通になれという呪いで苦しんでいる方達が多い
と思います。
親と子では今のご時世、体験する事が全く違うのを感じる事があります。
とくに私の世代、ロスジェネやらといわれた世代は、親の世代が発展を見たの
で、余計に勝者でありたい、勝ちたいという欲求が強くて、まるで戦う事が当た
り前という修羅道の住人のような方が多いです。

感想、読みました。
まさか、ここまで深い所まで視て頂けるとは思いもしませんでした。
驚きです。

わたくし自身、この文章を書いた後、様々な事があり、状況が変わりつつあります。
そして、最近になって得た言葉が、嫌われる事って大事であり、競争から降りて道を作る、そういう言葉を得ました。
きっと今でも、競争から降りれず、嫌われる事の大切さを知らない人達が多いか
もしれません。
感想にありましたネガティブって表裏一体なのだなぁ…と思いました。