てんこ盛りな生きざま

51歳・女性

生きづらいと思ってなん十年経つんだろうか?
5人兄弟の末っ子に生まれて、両親44歳の高齢出産。宗教にはまってた両親。
居場所がなくて16歳で中絶。
17歳で長男産んで、21歳で長女産んでDV夫に愛想つかしてがむしゃらに介護の仕事した。キツいけど楽しかった。
離婚もしてくれず…実父他界で落ち込んだりして1年後夫やっと仕事し出しだした…ずる休みしながらやけどそして3ヶ月
新年会温泉で死んだ迎えに旅館キツかった…

生活の為に人の心を支えたい
とケアマネになり仕事に明け暮れ長女が引きこもり環境変えたくて再婚。

相手の連れ子2人…娘明るくなったけど
1年後娘が事故死…その1年後実母の看取り
わずか二週間不完全燃焼…生活はそれでも続く

中学3年と高校3年の男の子養育中
稼がねば…ケアマネの有効期限はあと2年だけど非常勤で違う仕事してます。
今年の4月に壊れて双極性障害で措置入院
今は仕事復帰してますが…早く寿命が尽きないか祈る日々…

孫3人年子の成長だけが楽しみですが…

ほんと生きづらいなぁ

とつぶやき生きるしかないです。

感想1

経験談を投稿いただき、ありがとうございます。読んだ率直な感想として、おっしゃる通りに、「てんこ盛りな生きざま」で、怒涛の日々を送られているのだなと感じました。

中絶、死別……と、周囲の人が亡くなる経験の度に気持ちが沈むことが想像でき、投稿者様に大きな影響を与えていたのかなと思いました。

ですが、気持ちが沈んでいたとしても、介護の仕事をしたり、ケアマネになったり、環境を変えるために再婚したりなど、自分の力で道を切り開いてこられた方なのかなとも想像しました。

きつい、つらいという経験をしたらエネルギーが無くなりそうなものですが、そこを力に変えられていたのだなと思いました。「がむしゃらに」「生活はそれでも続く」「稼がねば」といった言葉から責任感と力の強さが感じられ、いくらつらくとも頑張ってしまう方なのかな、と考えていました。これまで相当に頑張ってこられたから、4月には少しお休みが必要になったのかなととらえていました。もしかしたら、頑張らなければならないという気持ちが強すぎると休む、という思考に及びづらい状況にあったのかなとも思っています。

「孫3人の成長が楽しみ」、というのがこの中にあって投稿者様の中で救いなのかなと感じました。その一つさえあれば生きられるか、というと難しいのかもしれませんが、自分の中で「○○があるから生きられる(気がする)」と思うのも一つの生きる手段かなと考えてしまいました。

感想2

経験談を書いてくださり、ありがとうございます。

これまでの人生で起こったことを表現する短い文章に独特の感性を感じました。それは表現の個性なのか、自分に起こったことへの受け止めの個性なのはわかりませんが、キツかったことを含めて人生を引き受けてこれまで生きてきたのだろう姿を思い浮かべていました。

最後に書いてありますが、まさに人生の「つぶやき」が凝縮されているように私は感じました。数々の「キツかった」体験について書いていて、その経験の重さもとても感じたのですが、キツさだけではなく、それを必死に乗り越えようとしてきたたくましさのようなものも感じ、周囲からは明るく頑張る存在(あるときは母親、ある時は支援者、ある時は妻、ある時はおばあちゃんなどそれぞれの役割として)と思われてきたのではないかと勝手に想像していました。そうはいっても、これまでの経験をすべて引き受け続けて生きていくのはキツことだろうと思いますし、あなたが早く寿命が尽きないかと祈りたくなる気持ちも当然だと思いました。

こうして、ご自身のこれまでを振り返るのは初めてでしょうか?
私はあなたの経験談を読み知りたいと思ったことがあります。どうして書いてみようと思ったのか(きっかけや理由)と経験談を書いてみたことで何か変わったことや感じたことはあるのかなぁということです。もしよかったら教えてください。

お返事

感想の中の質問ですが、投稿しようと思ったきっかけは…私の経験は周囲であまりないと思う嘘みたいな本当の話で…自分を振り返りますが人生の選択を間違えることも多く誰かのエールになればど自叙伝を書きたいと思っていました。文才がなく諦めていました。死にたいけど死ねないそんな時、自分の経験を箇条書きにすると何故だか幾分落ち着く…そんな時死にトリのLINEを知り恐れなく送信してしまった経緯です。

高齢出産が特別ではなくなった時代に子育てに悩んでいる親もいるのではないか…高齢出産の子供の立場で私事の意見を伝えられたらと思ったのも理由の1つです。