これでも生きているといえるか

40代・女性


死にたいと検索してサイトを見つけました。40代後半、女性です。

ずっと生きているのがつらかった。若い時は「いつかは乗り越えて違う景色が見える、いい事があるかもしれない」と思い、歯を食いしばるように生きてきました。また、今思うと毎日が恐怖と息を詰めるようにしていた生育環境から、自分の頭がいかれているのではないかという恐れがいつもあります。人から「まともな人間」に見えるようにしなければ、という思いからブレーキを握りしめながらペダルを踏むように生きてきました。基本的に自分がこうしたい、と思うのと反対のことをすればうまくいくようです。努力の甲斐か、人からは元気そうに、すくすくと育ってきたように見えるようです。でも内心はいつも石の塊が腹の中にあるようです。今の年齢までがんばってきてもこうなら、後は年をとるだけと思うと、今死ぬのと、老いていく自分を見ながら苦しいままこの先を生きるのとどちらがより苦しいのでしょうか。

こうなった経緯は以下の事柄が影響していると思います。

・父親。酒癖と女癖が悪く暴力をふるう。愛人と母と父の修羅場で父が母親の髪をひきずって愛人の女性のアパートの階段から引きずり下ろしたことも覚えています。職業は何をやっていたかよくわかりません。別居したり同居したりしていました。昼間も家にいて窓とカーテンを閉め切ってテレビを見ていたことが多く、基本的にいつも不機嫌なうえにちょっとしたきっかけで爆発的に怒ったり暴力をふるったりすることがしばしばあり、父親が家にいる時は息をひそめていました。収入は不安定(定収入無く、家賃も常に滞納していました。そういうときも父親自身は家主に謝るなど前に出たりもせず、母親に支払いに行かせていました。(弱い者にはキレたり、大口はたたいても結局は臆病者だったのでしょう)。書き出すと震えがくるくらいひどい父親でした。私が成人して一人暮らしし、父母も縁を切るように別居していた時に脳梗塞になったのですが、恥知らずにも救急車でなく母親に電話して助けを求めてきました。その後しばらく入院した(しかも妹が働いている病院に入院した。妹はものすごく嫌がっていました)自活していた私も兄も妹も介護に駆り出され、さっさと死ねばいいのにその後15年くらいも生きていました。やっと死にました。

・母親は私が4歳の頃にエホバの証人に入信しました。今も信者です。私たち子供も週に3回の集会、土曜と日曜の布教活動などずっとやらされました。母が入信した当時1970年代後半はもうすぐ「大患難」が来てこの世が終わると言われていた時代で、今のエホバのような生易しいものではありませんでした。もちろん体罰も日常茶飯事でした。(ムチの道具は男性用の川のベルトや布団たたき、裁縫用の竹のものさしなど。痛くて泣くとムチが加算され、泣き止むまでぶたれます)お正月、クリスマス、子供の日やその他の祝日などはすべてサタン由来の祝い事なので祝いません。誕生日もです。(私はクリスマスイブが誕生日なのですが、両方もちろんプレゼントも何もなしです)校歌も国家も歌ってはいけません。でも「いけない」と親が禁止するのではなく子供が「私がそう望むから」やりません、と学校の先生に説明(証言といいます)しなくてはなりません。だから心を偽装します。本当の本当のところは「校歌歌ったっていいんじゃないかな。みんなからまたいじめられるの嫌だな」と思いながら、「エホバが校歌を歌うことを喜ばれないので、私はそれに従い「たい」です」と感情を捻じ曲げることが常でした。

さらに、エホバの証人ではない「世の人」とは遊んだり仲良くしたりしてはいけないというしつけでした。(そんなこと言われなくてもいじめられていましたから誰も仲良くしてくれませんでしたが・・)私は男女女の3人兄妹の中間子で一番母親から厳しくされていました(見込みがあると思われていたようです)ほめられることはめったにありませんでした。周りの兄弟、姉妹(エホバの証人同士はそう呼び合う)の中でもしかしてこの人はわかってくれるかな・・と思う人に気持ちを話すとその人たちは100%母親の側に立ち、「お母さんは大変だから、助けてあげてね。悲しませないでね」と言われました。

・両親とも在日韓国人です。私は今は帰化していますが、中身は何一つ変わりません。日本の人から嫌われる韓国人です。(この死にたい体験談の中の人からも嫌われるのかもしれません。また投稿する資格もないのかもしれません)

・子供時代はいじめられ続けました。(引っ越してばかりで貧乏でエホバで韓国人で父親はアル中だからあたりまえですよね。成人するまでの引っ越し回数が13回くらいでした。)どのくらい貧乏かというと家庭科の調理実習で使うキッチンペーパーを持っていかなくてはならないとき、「そんなの買えない」と、トイレ用のチリ紙(今もあるのでしょうか?B5くらいのサイズの縮緬のような紙)をもっていかされました。

こんな事情です。あまり華々しい?エピソードはないのですが、ずっと苦しいままの道のりでした。お決まりの流れで私は20歳前後で過食嘔吐をはじめ、やめられません。しかし絶対に貧乏をしたくなくて、就職氷河期だったので何十社も落ちたあげくどうにか正社員として就職し、収入だけは確保しています。過食は家計を圧迫しないように食パンとか予算内で食べています。ばかです。

誰かに聞いてほしい、でも思い出すのはつらい、殴り書きのような拙い文章をお読みいただきありがとうございました。

感想1

このサイトを見つけて経験談を投稿いただき、ありがとうございます。

子ども時代に両親から暴力を受け、学校でもいじめを受けていたとなると、どこにも居場所がなく、安心感がなかったのではないかなと考えていました。また、もしかしたらわかってくれるかもと思う人に母親に関する悩みを話しても味方になってくれなかった経験から、さらにそれが強化されているように感じました。

痛くても怖くても、とにかく生きるためには父親にも母親にも従うしかなく、自身の感情や意見を出せることはあまりなかったのではないかと考えました。それに、自らの生育環境からまともな人間にならなければならないと感じて、相当に気負いながら、自らに付いている傷を癒すことなく前に進もうとしてこられたのかなと思っていました。でもそうすると、「ブレーキを握りしめながらペダルを踏むように生きてきました」とあるように、自分を抑えることにたくさんのエネルギーを消費してしまって、自分が進みたい方向には進めなかったように感じられ、そして、つらさや苦しさの発散で行きついた先が過食嘔吐だったのだろうかと感じました。過食嘔吐についても、家計を圧迫しないように……という話から、節度を守っているというか、ある程度制御した状態で発散しているのかなと思ってしまいました(だから、もしかしたら発散しきれていなくて、余計に蓄積されていくのかな?とも想像していました)。

さきほども話しましたが、これまではあまり自分の感情を表に出してきたことはなかったのかな、と思っていました。そのため、ここで経験談を投稿いただけてうれしく思います。

「後は年をとるだけと思うと、今死ぬのと、老いていく自分を見ながら苦しいままこの先を生きるのとどちらがより苦しいのでしょうか。」とありました。これについて、どちらも苦しいかもしれないと個人的に思いました。死ぬときに感じるであろう痛みも、この先の可能性を0にしてしまうことも、また、現時点で投稿者様が抱えているつらさを持ち続けるのもしんどさがあるように思いました。でも、少しでも気持ちを吐き出すことができれば、心が軽くなったりすることもあるのかなと思っています。自分の中につらさを抱え込んでいても、あなた自身が“こんなふうでありたい”と思うような方向にはいかないように感じていました。だから、もしよかったら、気持ちを吐き出すためにネットの居場所など活用していただけたらな、と思いました。

感想2

経験談を書いて送ってくださりありがとうございました。とても貴重な経験を聞くことができました。「死にたい」の検索で死にトリを見つけてくれたことを感謝します。奇しくも、私はあなたと同年代です。同じ時代にこの社会で生きてきた仲間としてあなたがずっと心の奥にしまってきた情景や気持ちを受け止めました。そして、いろいろな気持ちを抱いています。それをどこまでうまくお伝えできるか自信がないのですが、できるだけ伝わるように書きたいと思いました。

まず、「日本の人から嫌われる韓国人」とありました。あなた自身の経験で、韓国人ということで嫌われることがたくさんあったのだと思いますし、私も周囲でそのようなことを聞いたことがあります。でも、私は何人だからと言って好きだとか嫌いだとか決めることの理由が全く分かりません。心からそういったいわれのない偏見や差別がなくなってもらいたいと思います。そうは思っているのですが、実際になくなりません。あなたのように理不尽な思いをする人がいます。それがとても悔しいですし、大きな謎です。この経験談を書いたことで、また嫌われるのではないかとのことですが、私は経験を教えてくれたことへの感謝の気持ちと、実際に会って話をしたい気持ちになりましたが、嫌いになるような理由はありませんでした。もちろん投稿する資格がないことなんてありません。死にトリの経験談は死にたいほどつらい気持ちをお持ちの方ならどんな人にも投稿する権利があり、あなたの投稿も私たちにとって社会を知り、感じ、考え、行動するきっかけになる大切な経験談です。

「まともな人間」に見えるように歯を食いしばって生きてきたとのことですが、あなたはそもそもとてもまともな人間だと思いました。何をまともというのかは人によって異なると思いますが、私の個人的な経験や感覚から、仮に私にとっての「まともな人ランキング」をつくったとしたら、かなり上位に入ります。そして、タイトルにある「これでも生きていると言えるのか」という問いに対して、私は明確に「生きていると思えました」と答えます。ただ、そうはいってもあなた自身は「生きていると言えるのか?」と疑問に感じているのだろうと思います。おそらく、「何とか生きてきた」とか「生きてきてしまった」という感覚なのかもしれません。

もし、可能なら何かの機会に実際にお話を聞かせてもらいたいと思いました。あなたから社会はどう見えているのか?どんなことが必要で、私たちにできることは何か?あなたの腹の中にある石の塊と一緒に向き合いたいと思いました。意見を聞かせてもらいたいと思いました。よろしければ、今後とも、死にトリに来てもらえたらと思います。よろしくお願いします。

お返事

感想を何度も読み返しました。1の方はお若い方なのかなと思い浮かべています。断定しない、人を受け入れようとする優しい方なのだろうと思いました。2のかたは私と同世代ということですが、ご自分の考えを見せてくださりつつ私を理解しようとしてくださることがとても伝わってきました。お会いしてお話できたら安らぐことだろうと感じました。

こんな、息をしているだけの無駄飯食いに「生きているといえる」と言っていただけてとてもうれしかったし、「生きてきてしまった」という心境を読み当てていただいたことも嬉しかったです。