死にたい 死ねない

【大阪府・20代・女】


 私が初めて死にたいと思ったのは小学校高学年の頃でした。気持ちには波がありますが、死にたいと思いながら生きてきて10年ほどになります。しかし死ぬことが怖いのと、私が死ぬことで周りの人にトラウマや精神的ショックを与えてしまうと申し訳ないのでなかなか決断ができません。

 私の死にたい理由は自分が嫌いだからだと思います。これは誰に何を言われても変えることができる気がしません。自分がとにかく嫌いで生きてることが許せないのです。

 これまで多くのサイトで死にたい理由の分析をしてきました。それらを通して気づいたのは、自分が嫌いなのは子供の頃の経験が原因かもしれないということです。

 私の家の父親は昔から高圧的でした。俺の言うことが聞けないなら出ていけというタイプで、家の全ての決定権は父親にありました。自分しか正しくないと思っていて、他人に言われたことも絶対受け入れません。(以前、医者の言うことを聞き入れずに持病が悪化したとき、医者のせいにして病院を3ヶ所ほど点々としたこともありました。)自分は家のことを何もしていないのに家族にはとてもうるさいです。食事は○品以上、掃除が行き届いていない、部屋の温度が保たれていない。こんなのばっかりです。常に頑張っている姿を見せないと機嫌が悪くなり、少しテレビを見ただけでも怒られます。文句を言えば稼いでるのは俺だと言う。すべて父親の言いなりにしてきたにも関わらず、私や家族に気に入らないことがあると母親の育て方が悪いとキレるのです。とにかく母親が思い通りにならないとすぐ不機嫌になります。兄弟の中で母似の私へもあたりが強く、すること全て決められてきました。

 中学生の頃、私は県内で1番のA高校に行こうとしていました。けれど父親はお前には無理だと言い、3ランク下の高校を受けるよう指示してきました。それでも抵抗して結局は1ランク下の高校を受けたのですが、受かった報告をしたときに勉強してないのによく受かったと笑われました。私よりも当日の点数が低かった子が何人もA高校に行ったのに悔しかったです。今は行った高校のことも好きなのですが、A高校は地元でも特別扱いだったので未だにもやもやしています。結局高校では勉強しなくなって成績も散々になったので、そのことを考えるとなんとも言えないかもしれませんが…。しかし、それさえも母親のせいにされていました。お前の育て方が悪いと食事のたびに怒鳴られて本当に申し訳なかったです。そこから勉強して何度か良い成績をとりましたが、そのたびに今回はテストのレベルが低かったと言われて褒められたことはありません。

 大学受験も父親に決定権がありました。私は自分の意見がほとんどありませんが、それでも好きなことはあり、通いたいと思える大学がありました。自分の中に願望ができたことは珍しかったので、嬉しいと同時に少し希望が湧きました。しかし父親は知名度がないという理由で受験を許しませんでした。結局、父親の決めた実力に見合わない大学ばかり出願しました。かなりの数を受けましたが、受かったのは成績をもとに選んだ今の大学だけでした。今の大学も友人もとても好きです。ただ、常にあの大学を受けていたらどうなっていただろうと思ってしまいます。

 付き合う友達や恋人についても文句を言われてきました。彼氏ができたときもバレるととても怒られ、別れざるを得ませんでした。友人の悪口を私の前で言われることもあり、非常に苦痛でした。

 容姿についても見るたびに太っている、見た目が良くないと言われてきました。確かに小学生の頃の私はとても太っていたのですが、今はかなり体重を落としました。見てわかるような肥満ではないと思うのですが、態度は変わりません。かといっておしゃれをしたり化粧すると似合ってないだのモテるためだの言われます。

 私が鬱になりかけたときも甘えと言われました。髪がストレスでほぼ抜け落ちているのにもかかわらず、ハゲなどと笑われることもありました。

 反論できない私が悪いとも思います。自分の意見がないため、付け込まれてしまうこともわかるのですが、どうしたらいいのかわかりません。私は性格も容姿も能力にも自信が持てないので、言われたことはそうなんだろうと思ってしまいます。私が甘えているだけで親の言っていることは実際、正しいのかもしれません。

 ただ、否定され続けてきて、私は自分で判断するということができなくなりました。重要な問題から、日常の些細なことまで自分の意思がわかりません。何が食べたいかや何が欲しいかなどの、正誤がないことで頭を抱えてしまいます。

 最近は好きなことでさえも疑うようになってしまいました。私は本当にこれが好きなのか、周りが評価しているから好きなのではないか。少しでもマイナスな意見を聞くと実はそれほど好きではなかったかもしれないと思ってしまいます。自分が好きだと思って始めたことや好きな人に対してそう思ってしまうのはとても辛いです。自分の意見を持つにはどうしたらいいのでしょうか。

 また、私には嫌いな人間がいません。弱い故に嫌うことができないというのと、自分が嫌いなので、他人のすることが全て正しく思えてしまいます。例えば、ひどい言葉や暴力を受けても、駄目な私を罰してくれる人だと思ってしまいます。私の好きな人たちにこれらが向けられると許せないのですが、自分には良いと思ってしまいます。とにかく自分が嫌いなせいで、辛い思いをしても、相手は私のせいでもっと不快な思いをしているだろうからと申し訳ない気持ちが勝ちます。

 周りの友達はとても良い人ばかりで親切にしてくれるのですが、これに対しても嬉しいと同時に申し訳ない気持ちになります。そうやって悩んだ挙げ句、価値のない人間に良い人たちが関わってしまうのは辛いと思い、自ら離れていくので友達もどんどん減っていきます。そのくせに寂しがりやで認めてもらいたいという気持ちが強いので自分の面倒くささに腹が立ちます。

 同時に怒りの感情もほとんど湧きません。これも嫌いな人がいない理由とほぼ同じです。なにより、自身が怒られることを極度に恐れているので相手にも同じ気持ちになってほしくないというのがあります。他人に嫌な思いをさせてしまうのが許せないため、自分が我慢したり、辛い思いをするのに抵抗はありません。何事も私が許せば、誰も傷つくことがないので、1番の解決方法なのではないかなと思うのです。この考え方は穏やかな人になりたいという私のエゴも大きいです。しかし、周りの人からは否定されることが多いため悩んでいます。「どうしてそんな態度でいられるのか」と呆れられることが多く、私が間違っているとなると、この性格も直さなければいけないのではないかと不安になります。

 ただ、最近は何故か人にイラッとすることが増えてきています。辛いことがあったときに相手を許せる自分は、唯一理想の自分に近い気がしていて、好きでした。それなのに、今は相手に嫌悪感を持ってしまい、そんな自分の気持ちが許せません。

 最近、親から離婚を考えていると言われました。小さい頃から喧嘩の絶えない両親でしたが、最近は特にエスカレートしていた気がします。私はそれすらも良いのか悪いのかわかりません。母と兄弟、父親はお互いに疎ましがっているので、良い選択なのかもしれません。けれど、私はここまでされても父親のことを嫌いになれません。できるなら家族仲良く暮らしていきたいと思っています。現実的に難しいことも、私の理想が他の家族を傷つけることもわかっています。けれど、どうにかならないのかと思ってしまいます。もし離婚が決まったら、他の家族は母親の味方なので、父親は孤独になる可能性が高いです。そうなったら私は父親に付いていってしまいそうな気がします。

 私は今、大学に通っているのですが将来に何も希望が持てません。いつか状況が変わるかもしれないと思ってきましたが、この10年間、かえって自分への嫌悪感が増しただけでした。私は結婚をしたいわけでもほしいものがあるわけでも就きたい仕事があるわけでもありません。将来、親のようになってしまうのも嫌なので、早いうちに死にたいです。今決断しないと、これから先も今までと同じか、それ以上に辛い思いをし続けるような気がします。ここまでお金をかけて育ててくれた親にも大学の友人にも本当に申し訳ないとは思いますが…。せめて少し貯金を作ってから。いつものごとく友人との関係が切れてから。ひっそり消えることができたらいいのですが。

この文章を書き終わったあとにふと思ったのですが、私が今まで死ぬことができなかった1番の理由は、自分が犠牲にならないと矛先が周りに向くということかもしれません。私が死ぬと確実に父親は母を責めます。大好きな友達を勝手に自殺の原因にされ、家に乗り込むようなこともすると思います。遺書を書いても絶対に信じない自信があります。私の死が父の行動を過激化させて、母や兄弟が余計に辛い思いをする可能性もあります。それはやりきれません。これに気づいてしまったらもう死ぬことはできないかもしれません。結局私は自分を殺して生きるしかないのでしょうか。

 整理されていない文章で申し訳ありません。最後まで目を通していただき、ありがとうございました。

感想1

経験談を投稿いただき、ありがとうございます。

多くのサイトで死にたい理由を分析してきたとのことですが、自身の「死にたい」に対して向き合おうとする意識が強いのだなと感じました。

さて、文章中盤くらいに「反論できない私が悪い」とありました。ですが、ここまで父親に高圧的な態度をとられ、自身の意思が全く通らない経験を積み重ねていれば何も言う気力がなくなってしまうのも不思議はないと思いました。また、自分の意思を持ってもそれが意味をなさないのであれば、意思を持つことをやめてしまうのも違和感は覚えませんでした。

これまでの経験や環境から、「自分が犠牲にならないと矛先が周りに向く」という思考になり、周囲に悪い影響がいかないように行動することが最善策になってしまっている状況なのだなと感じました。それを変えるのはとても難しいことかもしれません。ですが自分のなかで起きていることに気付き、それが外とのかかわりの中でうまくいかないことの原因だと自分で整理できているのは、考える力があるからなのだろうと思います。自分のことをものすごく分析されているのだなあと思いました。

文章を読んでいて、家の中や友達関係でも、今はリラックスできる感じはあまりないのかな……?と思っていました。安心できる環境があれば少し気持ちが楽になったり、また同じような経験をしたことがある人どうしなら、相手に申し訳なさを感じて自ら離れてしまうことも少ないかもしれません。その居場所として、死にトリの場所を使ってみるのも一つの手かもしれないな、と思いました。いろいろなことで不安になったりつらくなったり、イラっとするのは悪いことではないし、素直に感じていいものだと思います。でもそれを抱えておくよりも話したりつながったほうが自分を殺さずに、生かしてあげられるのではないかとも考えました。機会があれば、ネット上の居場所を探してみてもらえたらなと思いました。

感想2

 経験談を投稿していただき、ありがとうございます。これまでずっと父親さんに振り回され、それがスタンダードになっているのかなという印象を抱いています。読みながら、どうして父親さんはあなたを思い通りにしたいのだろうと考えました。私の勝手な推測ですが、父親さんはあなたより優位な立場を維持したかったのかなと思いました。あなたを父親さんが決めた基準に当てはめ、叱責することで相対的に自分の立場を高めていたのではないでしょうか。なので、実際のあなたは父親さんが評価するほど悪くないし、弱くない可能性があるなと考えています。

 自分の意見が持てないとおっしゃっていますが、父親さんの意見をそれだけ押し付けられていれば、持てなくても不思議ではないと感じました。むしろ、自分の意見があるほど、それが通らない現実に絶望してしまうのではないですか?そう考えると、自分の意見を持たないようにして、なんとか自分を守っていたようにも思えます。それをふまえ、自分の意見を持ちたいなら、父親さんから離れてみるのは手段の一つかなとおせっかいですが思っています。それはそれで恐ろしいことかもしれませんが、頭の片隅にでも置いておいてほしいです。

「私は自分を殺して生きるしかないのでしょうか」という最後の一文で、なんともいえない気持ちになりました。私は苦しくて死にたい人は死ねばいいと思ってはいません。でも、死にたい人にとって最後の救いになっているであろう死ですら、選択することはできないというのはとても残酷だなと感じます。死ねば楽になるかなと思いを馳せる事すらできないのは、つらいだろうと想像します。

お返事

拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

自分を変えようと、過去に精神科などに行ったこともあるのですが、私は虚栄心が強いため、父親のことや自分のダメなところを隠してしまって、どうしても相談することができませんでした。一生一人で悩んでいくのだろうと思っていたのですが、このような形でお話を聞いてくださった死にトリさんにはとても感謝しています。

今まで辛いと思いながらも、そう感じている自分に罪悪感がありました。経験談を書いた後も、自分の責任を周りのせいにしているようで、後悔していた部分もあったのですが、スタッフさんのコメントに少し救われました。

死にたいという気持ちは未だになくなってはいませんが、いただいたアドバイスもふまえ、少しずつ自分との向き合い方や周りの状況を変えてみたいと思いました。
ありがとうございました。