根無し草のような心持

東京・40代・女


一度愛されてみたかった。というよりはむしろ、不可能な愛情を欲していた。

おぼろげな子供の頃の記憶の中、鮮烈に覚えている場面がある。

シーン1

真っ暗な夜の校庭。気まぐれに父親にランニングに連れ出された。恐らく6歳。父親はこちらを振り返らず、前を走る。苦しいけれど、死に物狂いで追いかける。少しでも遅れようものなら、彼の姿は闇に隠れてしまう。暗闇の中、一人取り残されてしまう。肺も心臓も心も限界を超えていたが、走り続けた。ふと彼は走る事をやめて言った。「意外とよく走った。」

シーン2

いつも背中や横顔を見せている父親がこちらを向く時は、攻撃して来る時。私を壊しに来る時。言葉で容姿をけなす。機嫌が悪いからと、足で蹴る等肉体的に痛めつけてくることもあった。体も痛かったが、心はもっと痛かった。ただ一度だけ、笑いながら性器を触ってきた事もあった。子供の私には理由は解らなかった。今でも理由は解らないけれど、私を尊重せず、玩具のように扱った事は理解した。

シーン3

ある日、父親が兄と山に行くと言い、私も行きたがった。父親は、一緒に連れて行くので待つように言った。部屋で待っていると、エンジンの音が聞こえ急いで外に出ると、父と兄の乗った車は走り去っていった。裏切られた気持ちで、大声で泣いた。その後も彼は何度でも期待させ、裏切った。

シーン4

7歳。土曜の午後は学校は休みなので、仲良くなった学校の友達の家に行く約束をした。一旦家に帰ると父親はなぜか私を繁華街へ連れていくと言った。友達との約束について告げても聞く耳は持たず怒り、恐怖で何も言えなくなった。結果約束をやぶり、以降、その友達ともう話す事はなくなった。

日常の風景

父親は私を殴り、母親を殴った。兄は、私を気まぐれに殴り続けた。抵抗は無意味だと悟り、ここではないどこかを空想しながら、早く彼の気が済んで暴力の雨が止む事だけを念じた。たいていは一時間以内で済んだ。体の痛みも、数日で治る事がほとんどだった。母親が殴られている時は、血が凍るようだった。父親は、得意気だった。

両親が不在の時は、兄は私を家の外に出した。もう入っていいとドアが開くまで、外に居た。夏は、蚊に刺された。

外では何事もない振りをした。本当の事は誰にも言えなかった。演技をし、家族について嘘をついた。嘘は習慣となり、私の一部になった。自覚なく、嘘や隠し事をするようになり、自分の心がわからなくなった。


20代、留学先で鬱状態になり、セラピーを受けた際、初めて家庭内暴力について他人に語った。セラピストは、暴力を受けていた間の母親の所在について質問した。すぐには思い出せなかった。その場には居なかったと思う、と言った。セッションを重ねていくにつれ、母親は暴力の場面に同席していた事を思い出した。母親は、暴力を止めなかった。私が傷つく事を容認していた。守ってくれなかった。記憶を改ざんしたのは、母親だけは愛してくれていると信じ支えにする為だった。無意識な自己防衛だった。そう信じる事で、ようやく生きていられたのだと思う。


記憶に残る恋人は、三人。

留学先で同棲した一人目は、求められるままに交際を始めた。付き合いが進むにつれ、私の自己評価が低いことにイラつくことがあった。事実、愛されている事が信じられず、不安感をぶつける場面が多々あった。

彼とは、性的な繋がりが一番強かった。本当はセックスはどうでも良かった。彼の関心を引くために、夢中なふりをした。その内、イメージと自分のギャップが辛くなり、性行為が出来なくなった。説明はしたけれど、彼は理解できない様子だった。その内一緒にいることが嫌になり、帰国してから消息を絶った。

帰国してから約4年付き合った二人目は、かなり年下だったものの、事あるごとに父親の事を連想させた。才能があり外面が良いところもよく似ている。二人きりになると、故意に言葉で傷つけてくるところも酷似している。最初は翌日謝って来たが、その内それもなくなり、躊躇なく感情のままに攻撃してくるようになった。私の話し方、心の内をなかなか明かさない事、政治的立ち位置等、内容は多岐に亘ったが、内容はいつも、私の性質を否定するものだった。意見を言おうとしても遮り、どなりつけ、挙句私は意見が無いと言う。たまに聞いても曲解し、自分のセオリー通りに私を悪者に仕立て上げ、吊し上げ、大声でいわれのない非難をする。一緒に時間を過ごし尽くす事で、彼に振り向いてほしかった。いつか愛して欲しかった。父親からついに受けられなかった愛情を彼から得たかった。別れた時は、体の一部がもがれたようだった。父親から受けられなかった愛情を彼から勝ち取る事で過去を克服しようとし、それが叶わなかったから。私は、同時に彼を愛していたのだろうか。それとも、彼を通して、自分の過去しか見ていなかったのだろうか。

その彼と別れ、喪失感で毎日泣き暮らしていた時に、三人目と出会った。お互いすぐに夢中になった。毎日会話をし、日々は興奮に包まれた。殺伐とした前の彼との関係の後だったので、相思相愛の喜びを噛みしめた。急な変化が起きたのは、ふとした事、私が疲れていた時に、ボディタッチをやんわり拒否した時だった。その時から、彼は急変した。元妻に拒否されていた事を思い出したと言い、一時間激しく非難され、気分が激しく変動する人間とは付き合えないと言われた。その翌日、あれは本心ではなかったと連絡があり謝って来たので受け入れ、また付き合う事になった。その後、何度も激しい非難と優しい謝罪が繰り返され、心が疲弊していった。麻痺した心はある日暴言を吐き、彼は怒りに狂い、その付き合いは二ヶ月足らずで終了した。今でもあれは何だったのか、よくわからない。双極性だったと言われれば信じられる。この関係は短かったけれど、人生のおさらいのような様相がある。彼が私を非難し突き放すにつれ、すがるような気持になった。今まで何度も経験した気持ち。校庭で、暗闇に消えてしまいそうな父親の背中。苦しい心。拒絶、否定。閉じたドア。その時に彼が言った言葉。

「お前の態度は、まるでクラブにどうにかして入れてもらおうとしているようだ」

そうだ、私の人生はいつも、閉じられたドアの前で、どうにか中に入れてもらおうとすがったり懇願したり、相手が欲しいものを与えたりしていた。すでに無関心だったり拒否されているのを知りながら、惨めに期待や夢を抱いて、いつかドアが開き愛情も素晴らしい人生もすべて手に入るような妄想を抱いて、その場に立ち尽くしていた。


世界のドアは、恐らく一つではない。
ドアが開かないなら、自分の為に用意されたドアを探す旅に出る事もできた。または、ドアの中に入れてもらう事より他の生き方を模索する選択肢もあった。それでも、子供の頃に手に入らなかったものを、どうにか取り戻したかった。自分に背中を向けたり攻撃を加える人間がいつか自分と向き合い受け入れ、愛情を注ぐ事を夢見ていた。そうすることで、過去を克服しようとしていた。ただ、現実には、無い場所でいくら待っても、不断の努力をもってしても、徒労に終わる。水脈の無いところをいくら掘っても、水は出てこない。それでも私は、試してみたかった。

苦しくても辛くても理由がわからなくても、夢をみていた時の方が幸せだったかもしれない、と思う事がある。それでも、学び以前の自分に戻る事は出来ない。過去の執着を認識する事で自由になったが、目的も行き場もない、大洋に浮かぶ根無し草のような心持。元気な時には、死ぬ前に一度、自分の人生に勝ちたいと思う。疲れた時には、勝たなくてもいいから、もう人生を終えたいと思う。

感想1

 これまでの人生をいくつかのシーンとして想起しているところから、あなたの中にそれらの記憶がまだ鮮明に残っているのだろうか、それぞれをバラバラに保存して自分を守っているのだろうか、などと考えました。いずれにしても、大きなダメージがあったのであろうと感じています。それだけのダメージなので、世界観や人格が自分の中にいくつもあるような状態になっても、不思議ではないと思いました。

 それぞれのシーンではおおむね、父親から暴力をふるわれ、置いていかれるイメージが共通していそうです。そこから考えると、恋人さんとのエピソードは、父親の面影を感じた男性を追いかけているような印象でした。もしかすると、それが冒頭の「不可能な愛情を欲していた」ということなのかなと解釈しました。

「ドアが開かないなら、自分の為に用意されたドアを探す旅に出る事もできた。または、ドアの中に入れてもらう事より他の生き方を模索する選択肢もあった。」とのことですが、目の前の手が届きそうな距離に欲しくて欲しくてたまらない愛情があれば、それに手を伸ばしてしまうのは自然なことです。恋人さんのひどい言動はあってはならないものですが、それを受けたときの「すがるような気持ち」は、あなたにとって苦しくも懐かしい感情だったかもしれないと想像しました。

今のあなたの心は「不可能な愛情を欲する気持ち」と「大洋に浮かぶ根無し草のような心持」の間で揺れ動いているのではないでしょうか。きっと以前よりは別のドアを探すことに現実味があるのではないだろうかと思いましたが、どうお考えでしょうか。もしよかったら教えてください。

文章を読んでいると、リアルな現実を突きつけられる一方で、どこかふわふわした、あいまいさも感じます。今のあなたがどこで何をして生きている人なのだろうと、ふと気になってしまいました。もしかしたら、現実では元気に明るくふるまっているかもとか、動けない日々が続いて苦しんでいるかもとか想像を膨らませましたが、全然イメージが持てませんでした。もし今も無理をしていたり、危険な環境にいるのなら、おせっかいながら心配でした。

感想2

ひとつの作品のようだと思いました。
作品を書くということは、(嘘の世界を作ることというよりも)自分が生きている世界のなかから物語を「発見」することだと思います。
あなたはきっと、世界から多くのことを見つけ、言葉にすることができる方なのでしょう。経験談の感想としてはふさわしくないのかもしれませんが、私はあなたの文章がもっと読みたいと感じました。

書かれている通り、世界には無数のドアがあるのだと思います。
でも、私たちにはすべてを見ることはできません。なぜなら私たちは鳥ではなく、星でもなく、地面に足をつく小さな人間だからです。
その人間なりに生きていくということは、自分の限られた視野のなかですべてを見つけて判断しなければいけないということだと思います。

ドアのなかに入れず立ち尽くしている感覚に、「もしかして、私のことかもしれない」と思いました。それから、その後の目的や行き場が失われたことによる喪失感を想像しました。
苦しさやつらさで満たされていたときのほうが、幸せだったと思うのは、道理かもしれません。ですが、その苦しさやつらさをまた願うのではなく、そのかわりに、なにか心地よい感覚が満たすことがあればいいと思いました。

ある詩人は、詩というものは、世界を凍らせるかもしれないような「ほんとのこと」を言うことだと書きました。
その意味で、この経験談は詩なのだと思います。
そもそも、もしかすると、ほかの多くの経験談もまたそうなのかもしれません。
そう気づけたことうれしく思います。
経験談の投稿、ありがとうございました。

お返事

感想1について、とても的を得た内容だと思いました。私の状況をよく要約してあると思います。現状については、仕事をこなし一人暮らしですが物理的には不自由のない恵まれた生活を送っています。まわりの方々は、私がこの様な問題を抱えている事すら気づかないと思います。時折、孤独と悲しみで心が痛い思いはしていますが、少しの希望をもってこれから少し良い人生を得るために、模索している現状です。お気遣い、本当に痛み入ります。ありがとうございます。

感想2について、なんだか褒めていただいているようで、嬉しい気持ちで読みました。現在カウンセリングを受けていて、その内容や感じた事のメモを取っています。将来カウンセリングが終わって人生を生きるスタミナを得た際、文章にまとめ、同じような悩みがありカウンセリングに興味のある方が読んで参考に出来るようなものにしたいと思っています。(読者は一人でも0人でも。。。)
詩についてのコメント、興味深いです。本当にありがとうこざいました。