死ぬ気で頑張った結果


東京都・26歳・女


私がはじめて死にたくなったのは就職して1年目の時です。

父親は過干渉、母親は精神疾患があり、家では気が休まらないことも多かったため、早く自立したいと思っていました。

就職は、大学で勉強したことを活かせる仕事に就きたいと思い、大手医療機関の技術職に就職しました。
しかし職場は、部長や主任が気に入らない人を部署全員でいじめるようなところでした。私も気に入らなかったようで、入職して2ヶ月目には嫌みを言われるようになりました。例えば、「あなたは院長のお気に入りだから採ったんだよ」「今までも、かわいい事をアピールしてきたんでしょ」等言われ、仕事も「わからないので教えていただけないでしょうか?」と聞くと「わからないならやらなくていい」「これはできる人がいっぱいいるから、まだ出来なくていい」等教えてもらえないこともありました。

最初は、社会人でそんな幼稚なことあるわけない、機嫌が悪いのかな、言葉のチョイスが下手なだけかなと思い、気にしないようにしていました。が、どんどん精神は病んで、死にたい気持ちが出てくるようになりました。精神的に追い込まれると、薬を大量にのみ病院に運ばれることも何度かありました。ただ、仕事自体はやりがいがあり好きだったこと・一人前になるまではそこで頑張ろうと思っていたため、殆ど休まずに出勤していました。


2年目の終わりに、新しいプロジェクトのメンバーに選ばれ、本社勤務に異動になりました。先輩を飛ばしての選出だったため、その時も嫌みを言われましたが、私としては今までの頑張りを評価してもらったこと、嫌みの上司から離れられることが凄く嬉しかったです。

異動になってからは、職場環境も合っていて仕事に行くことが楽しいと思っていましたが、異動から1年後、疲労が蓄積していたのか、ベッドから起き上がれない日が続くようになり仕事を休む日が増えていきました。欠勤が続くようになり、今まで頑張ってきたプロジェクトから外され、発表予定であった学会参加もなくなりました。希望もなくなり、環境を変えた方が良いと思い転職し、それを機にお金もなかったため実家に戻ってきました。
これで再出発できると思っていましたが、転職先の主任さんからも「信用できない」等と否定的な言葉を言われることが多く(今思えば、そういう言葉が印象に残ってるだけかもしれませんが)、死ぬことしか考えられなくなり、自宅でガス自殺をはかりました。
幸い、母親が発見し助かりましたが、集中治療室→閉鎖病棟で3ヶ月の入院になり仕事も失いました。
今は退院しているものの、今でも昔言われた事は傷として残っているし、仕事もなかなか決まらず、希望もなく今の状況に絶望しています。

私が未熟だったのか、運が悪かったのか、社会に出ればこれくらい普通なのか…と考え続けています。

感想1

書かれていた内容から仕事場での状況を想像して、息苦しい、つらい感覚になりました。そのなかでほとんど休まずに出勤されていたとなると、書かれているように、「疲労が蓄積」してきて体が動かなくなってしまうのも当然だと思います。それもまた苦しかっただろうと想像しました。

これまでにたくさん努力してこられたのでしょうから、休んで力を蓄える時間も大切になりそうです。また、心地よくいられる瞬間をじっくりと探す時間も必要だと思います。なにか好きなことはありますか? (私は最近、編み物をしています)

あなたが一命をとりとめられ、こうして経験談のやりとりのなかであなたとかかわれたことをとてもうれしく思います。ご自身のことを教えていただくことで、私も、自分自身のことを考えたり、「死にたい」という気持ちについて学んだり、思い出したり、考えたりする機会をもらっています。探り探りですが、私はこの世の中で、ままならない状況もたくさんあるなかでも、こうやって他者とかかわれることを大事にしていきたいです。
経験談を送っていただきありがとうございました。

感想2

文章を読ませていただいて、目の前にある物事に誠実に向き合ってきた人なのだろうと思いました。そして今も、人生に真剣に向き合おうとしているからこそ、絶望するのだろうと思います(絶望するのは悪いことではありませんよ)。

いじめや嫌味は、言われる側ではなく、言う側の問題だと、私は思います。本来あってはならないことなので、周囲の人や第三者が止めなければならないのですが、加害者が職場の上の立場に立っていたことで、抑止が難しくなってしまったのだろうと考えました。立場が上であることを利用して人を傷つけるのは、権力の濫用であり、パワーハラスメントと言えると思います。

おそらく上司らは、あなたが就職する前から、色々な部下に対して同じようなハラスメントを繰り返していて、周囲も止めることができないまま、パターン化していたのだろうと思います。また、嫌味を言うことでしか自分の承認欲求を満たせない、未熟な大人だったのだろうなと。

組織というものは本来、人々が協力して、一人ではできないような仕事をするために創られる共同体だと思っていますが、このように立場の強い人が弱い人を“承認欲求の道具”のように扱ってしまう文化を内包したり受け継いだりしてしまう暴力的な装置にもなり得るのだな、と考えさせられました。だからこそ、組織内のハラスメントを抑止するための行動や介入も必要なはずで、それを十分にしてこなかったのは社会の責任だと、私は思いました。

また、嫌味を言う上司のことを「気にしないように」しながら、死にたい気持ちになっても仕事をほとんど休まず続けていたというお話がありました。ここから、これまでも何かあったときに周囲の人に相談したり、助けを求めることが少なかったのでは?と想像しました。

両親の過干渉や精神疾患があり、気の休まらない家庭環境で育ったということだったので、家では頼れる人が見つからず、一人で我慢することが多かったのではないでしょうか。そのため、人を頼るという習慣があまり身に付いていなかったりするのかな、と考えました(そうだとしても、あなたのせいではありませんよ)。

今のあなたの絶望的な気持ちや状況を何とかするために、社会にどんな制度や取り組みがあればよいと思いますか?
私たちも一緒に希望を探していけたらと思ったので、よければ意見を聞かせてください。

お返事

過激な文があったにも関わらず、お読みいただき、ありがとうございます。
自分が悪かったのか…と思い悩むことも多かったため、肯定していただける内容でとても嬉しかったです。

これまで色んな人に傷つけられた反面、自殺未遂後、支えてくれる家族や友達がいることに気付きました(今回、感想を下さった事にも感謝です)。
まだ死にたい気持ちがゼロになった訳ではなく、元の生活に戻るにも時間がかかりそうですが、少しずつ周囲の支えをかりながら過ごしていけたらいいなと思います。

今回の経験で、入院や失業が困窮を引き起こすこと、社会的偏見があることにも悩みました。
社会支援や復帰がしやすい世の中だといいなと感じています。