洗脳教育の末路


沖縄/20代/男性


幼少期に親の離婚が原因で人間不信に陥りました。
他人を信用出来ないが故に、他人の望む理想像を無意識に演じてしまう事が原因で、一人になった時とてつもない孤独に苦しみます。
その癖、他人には一切興味を示さず、恋愛以前の友好関係すら全く見向きもしません。
「優しい」「しっかりしてる」等、他者の関心を聞いたところで私の心は満たされないのです。
何故なら、相手が望む像を演じてしまうのだから、余程の畜生でない限りは、上記の好印象を持たれて当然なのです。
『簡単に他人を信用させてしまう』
それが特技なのか、幼少期からの呪縛なのか、いずれにしろ共通するのは「他人を留めている」事実です。

親が家を出て行った時の後ろ姿は今でも忘れません。
子供には善悪の判断を親に下すだけの精神力は無く、ただひたすらに『お父さんが悪い』と言われたところで、それは一種の洗脳に等しく、実際に離婚の経緯を探れば、互いに非があるなんてオチは多々あるのでしょう。
かく言う私も洗脳教育をされた被害者です。
その影響で『親がおかしい』と気づいた時には手遅れで、既に他人とのズレは広がっており、ここから遠くに見える人達のように、和気藹々と人生を謳歌する事など到底叶わないと悟りました。

一人は寂しいから、他人の望む像を演じてでも関係を保とう。そうすれば一人にはならないのだから。

そうやって他人を繋ぎ止め、過去のトラウマに紐付ける事でようやく「仮初の安心」を得る事が出来ましたが、それと同時に失った時の傷は深く、到底耐えられるものではありません。
ならいっその事、傷付くのなら尚更、一人で居た方が良い。今の苦しみで済むならそれでいい。
そう、今の結論に至った経緯が以上です。

親は「とりあえず」で私を生みました
育てられる保証もない、国からのお情けで育てられているのにも関わらず「女手一つで育てたから偉い」と自負しています。
働いても国へ給料を返還するだけで、私には働く意味がない。
数少ない夢を仕事にする為に行動を起こしても、私を搾取する対象が増える一方。
苦肉の策で家を出て一人暮らしをしても、保証人の親に信用情報の事故があれば、契約上の話は選択肢を限定されてしまいます。
それでも「親孝行をしろ」「生きてれば良いことある」等の魔法の言葉で悪戯に私を蝕み続け、自己満足の為に私の感情を搾取する他人様に頭が上がりません。

いつしか、生きているうちに頑張って死ぬ80年も、今すぐ死ねば結果的な死は変わらないと気づき、行動に移しました。
今に至るまで、入退院は有りませんが、某著書のマニュアルを参考に行動を起こしましたが『死』は私を受け入れてくれませんでした。
『高層ビルから転落死』『ダイビング中に溺死』そんなニュースを見る度に、自分は死ぬことも出来ない哀れな人間なんだ。と、更にこの世との繋がりを拒絶します。

恐らく、私が死ぬときは更に哀れで悲惨な状況なのでしょう。
他人を拒み続けた結果がそれなら仕方ありませんが、これ以上傷つくよりも、23年の歳月に孤独に幕を下ろす事が私の最適解なのだと思います。

「自殺はいけない」と「生きていれば良いことある」と、そう言う人達は必ず「生きる」という不確定な正論を肯定しない限り、執拗に否定し続け粘着してきます。
その癖、生きている理由を問うてみれば皆「生きている意味なんかない」等と口にするのですからお笑い種です。
きっと私と同じ様に『死』を望む人達にとっては
その言葉こそ『死ぬきっかけ』であり
真に望むのは『死んでも良い』という肯定の言葉なのでしょう。

きっとこの世にいる限り、その言葉に苦しみ続けるのでしょう。
だから、私は今までもこれからも一人で生きていきます。
私の命が呆気なく最後を迎えたその時は、届かずともこの気持ちに同情し、肯定してくださる方達へ、私も同じ様に肯定の言葉をお返しします。

感想1

経験談を投稿いただき、ありがとうございます。

文章中に、周囲の人たちに「死にたい」気持ちを否定されているような記述がありました。「死にたい」気持ちは本人が感じていることで、誰かがその気持ちを否定できるものではない、と私は思います。

そして、他人の望む像を演じてまでも一人になりたくないという気持ちと、他人を失うのが怖いから一人になりたいという二つの感情がぶつかって、今は一人が良いという考えに至ったとのことでした。でも、比較してそちらが楽だと判断したとはいえ、今抱えている苦しみも相当なものではないかと思いました。

また、推測なのですが、投稿者様は死についてであったり、もしかしたら他のことについても深く考える方なのではないかと感じました。ですが周囲の人たちはなかなかその部分を深めようとか、聴いてみようとはならなかったのかな、と思いました(深く考えたり、話し合ったりすることって結構なエネルギーを使うので、周囲にはその余裕はなかったのかもしれません……)。そうなると、話を聞いてもらえない、というフラストレーションがたまってしまい、余計に辛くなる側面があったのではないかと推測しました。

そのため、もしよかったら、この死にトリや他の場所でもまたお話頂ければ、投稿者様と似たような感情を持っている人とつながれたりするのかな、と思いました。

感想2

経験談を投稿してくださり、ありがとうございます。

他人が望む理想像を演じてきたことにより、どこで誰と一緒にいても孤独が埋まることはなく、むしろ孤独や寂しさが募っていったのだろうなと理解しました。その寂しさが、一人になってしまうのを避けるために他人の理想像を演じさせるというループになっていたのかなと考えました。そして、今はそのループを抜け出して一人になったほうがましだと考えているのかと思います。

幼い頃に「お父さんが悪い」と洗脳教育を受けたことで、「自分も悪いことをしたら見捨てられるのではないか」という不安があったりもしたのでしょうか。

また、これまで親に洗脳され、親の都合に沿うような感じ方、考え方をすることを強要されてきたのかと思います。自分の感情や思考を親に操作された経験があり、今もその影響を受けながら生きていれば、仕事などをしていても「他人に搾取されている」という気持ちが強まるかもしれないと考えました。そのことは、この世との繋がりを拒絶しようとする十分な理由になりそうです。

不確定なことを確定した事実のように言うのは、道理がないし、賢くないなぁと思います。一方、不確定なことを押し付けられても疑い、おかしいと気づくことのできるあなたは、賢明な洞察力を持っているのだなと思います。元来の素質もあるとは思いますが、もしかすると、洗脳教育を受けて後から「親はおかしい」「あれは洗脳だった」と気づいたことで、他人がさも正しいかのように言ってくることを疑い、吟味し、本質を掴もうとする習慣が強化されたのかもしれないと考えました。

また、これまで他人に共感を示すことはあっても、自分の気持ちを表現して共感してもらうような経験は少なかったのだろうと推測します。あなたと同じような感じ方、考え方を持つ人は、おそらく人を信用できるような経験も少なかったことで、声を上げることを諦めてしまっているだけで、今の社会には多くいるのではないでしょうか。

私はあなたの言葉をこれからも社会に発信していただけたらなと思いました。

お返事

推察されている通り、私は取捨選択をかなりの頻度で行う人間だと思います。
『○○って知ってる?』と蘊蓄を語る人の横で、正しい情報を突き付け論破する様な人間が私です。
幼い頃からの習慣で、何かを調べるときは必ず公的機関の発表を探る性格なので、検索結果の上位に満足している人とは会話が弾まないのも納得しています。
実際に事実を突き付けて相手の尊厳を脅かす事はしませんが、それをしないのは相手を思ったからではなく、その労力に見合わないからという損得勘定によるものです。

 楽観的に相手や空間に思考の権利を譲渡して楽しめる人達の様に、自分もその一員になれればこの様な辟易する人生にはならなかったのでしょう。
そんな人間臭さとは程遠い、コミュニケーション能力が欠落した人間が自分だと痛感する度に『生きる意味』を考えては『死ぬ選択』に至る毎日です。

恐らく私と一緒にいたいと思う人は、私の過去など関係ないと、その明るさを押しつけて塗り潰してくれる様な人か、同じ様な過去を持っているからこそ、真に共感出来る人のどちらかだと思います。
そんな『一緒にいたい』と思える人がいれば、この世に留まる理由にもなるのでしょう。
上部だけでも私を理解出来る方が身近にいれば、少しは救われたのだろうと思いましたが、そんな願望を抱く方がお笑い種ですね。